第70話王女を招くギルドマスター


「も、申し訳ありません、エレジア様……こちらの要求を飲んでいただいて……」

「いいのよ、アルメ。私としても願ったり叶ったりだわ」


 一国の王女をこちらの都合でギルドに招いたことを申し訳なく思う私に対して、プリマシア王女様は笑みを返してくれた。

 もっとも気にしていないのは王女様だけで護衛の人たちは明らかに苛立った顔をしていたけれど、王女様がこう仰っておられるのに口は挟めないようだった。


「恐縮です、エレジア殿。こちらが我がギルド、ドラゴン・ファングです」

「ありがとう。フィリム……と言ったわね。フィリム様、貴方がアルメの面倒を見てくれたのね。それに関しても礼を言うわ」

「いえ、私は大したことはしていません。アルメが自力でなんとかしてきただけです」


 王女様にフィリムさんはそう返すも、謙遜もいいところだと私は思った。世間知らずの私がギルドの冒険者なんて仕事に慣れるまでフィリムさんの助けがなければ、とてもやっていけなかったに違いない。いや、今でもフィリムさん抜きで私と竜の女の子たちだけでやっていくのは難しいだろう。


「何故、あのエレジアという人がここにきているんだ?」

「さあ」

「アルメ様やフィリム様にも何か考えがあるのでしょう」


 竜の女の子たちは王女様をドラゴン・ファングの本部に招いたフィリムさんや私の考えが分からなかったのか、首を傾げていたが。エレジアという偽名を使っている王女様の本当の立場を知らなければ不思議に思ってしまうのも無理からぬこととで、まさかこの国の王女様だとは想像もついていないのだろう。一応、私と王女様の話は聞いていたハズだけど……うーん? あの喫茶店で王女様の気遣いで飲み物も食べ物も、色々と頼んでいたみたいなのでそちらに夢中で右耳から左耳に突き抜けていたのでしょうか。ミスラちゃんなら分かるけど、エスちゃんやリルフちゃんも、でしょうか……。

 うーん。エスちゃんもリルフちゃんも食いしん坊なんですね。ミスラちゃんならそういうこともありえると思っている時点でミスラちゃんには失礼ですが。


「うーん、三人とも……」


 とはいえ、流石に苦言の一つも呈するべきかと思ったが、そんな私を王女様が目で制する。


「いいのよアルメ。子供らしくて可愛いじゃない」

「は、はぁ……そうですか、エレジア様」


 言葉通り気にした様子もなく笑う王女様。本当に寛大なお方で良かった。


「ミスラを子供扱いするな!」


 かと思ったらそこに噛み付くミスラちゃん。顔面蒼白になる私。護衛の人たちも顔をぴくぴくさせている。王女様相手に怒鳴りつけた子供を見れば誰だってそんな反応になってしまう。


「ふふっ、ごめんなさいね。ミスラちゃん」


 それでもなお、微笑む王女様。その寛大さに密かに胸を撫で下ろす。不敬罪で死刑になってもおかしくないレベルだ。


「ミスラにちゃん付けしていいのはアルメだけ……」

「そのへんにしとく」

「ミスラは少し黙っておいてください」

「も、もがっ? むぐ……」


 なおも王女様に噛み付こうとするミスラちゃんを口を物理的に閉じさせたのはエスちゃんとリルフちゃんだった。


「申し訳ありません、エレジア様。うちのミスラが」

「すみません」


 そして、リルフちゃんとエスちゃんが王女様に謝る。


「別に気にしなくていいのに。そのくらいは」


 やはり気にした様子はなく王女様は笑っておられたが。


「……流石に肝が冷えた」

「……私もです。フィリムさん」


 豪胆な女戦士であるフィリムさんも腕を組みながら青い顔をしている。私は全力で相槌を打たざるを得なかった。フィリムさんは王女様の正体を多分、知らないはずだが、何らかの高貴な身分であるということは察しているのだろう。


「……まぁ、いい。エレジア殿。ウチのチビたちがご無礼をした」

「別に気にしていないわ。フィリム様」

「それはありがたいことです。とりあえずギルドマスターのイルフィを紹介いたします。この国を襲う危機に対して有益な話になると思います」

「ありがたいことね。そのイルフィという人とお話させていただくわ」


 分かってはいたけど、やはり王女様にイルフィさんを紹介するのですね。イルフィさんは無礼を働く人ではないし、常人を超越する叡智を秘めている。王女様にとっても有益な時間になるとは思うけれど、若干の不安が胸をよぎるのはイルフィさんの全くつかみどころのない性格を知っているが故でしょうか。


「私も同席します」

「ありがとう、アルメ」


 私の申し出を王女様は笑顔で承諾する。


「ミスラも!」

「ミスラはさがっているべき」

「ここは辞退するのが淑女の嗜みですわ、ミスラ」


 意気揚々と前に出ようとしたミスラちゃんを、エスちゃんとリルフちゃんが思いっ切りひきとめて……いや腕を回してがんじがらめにして物理的に止めていた。たしかに竜の子である彼女らも同席してもらった方がいい話もあるだろうけれど、今回に限っては私たちに任せてほしい、かな。

 もがもが、うー、うー、言ってるミスラちゃんを不憫に思う気持ちはあったものの、ここはエスちゃんとリルフちゃんに任せることにする。

 そして、ギルドマスターのイルフィさんの部屋の前に行き、フィリムさんが先に入った後、部屋に招かれる王女様。当然、護衛の人たちや私も続いて入る。


「ようこそ。お待ちしておりました。エレジア様。ボクはイルフィ。このギルド、ドラゴン・ファングの主です」


 礼式に沿った作法で王女様を迎えるイルフィさん。その所作の一つ一つは体から指先一本に至るまで洗練された淑女というものだったが……。


「……女の子?」


 王女様が驚いたようにそう呟いてしまうのも、無理はない話でしょう……。

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