第69話ひとまずの安堵。そして次へと繋がる道
「来たか……随分、遅かったがな」
フィリムさんがそう言いながら剣を空振りする。その刀身にびっしょりとついていた魔物たちの返り血が勢いに乗って、刃を離れて、中空に舞った。
それだけの長時間、魔物たちとの激戦をくぐりぬけてきた証拠だ。ようやく、アルカコス王国軍の援軍が到着してくれた。これでなんとか持ち直せるだろう。
「これで、王都の魔物たちは……」
「なんとか追い返せるだろうな」
私の言葉に頷くフィリムさん。大丈夫だろうとは思っていたが、彼女に肯定されると実感として強くなる。
「なら、竜の子たちも」
「とりあえずは休ませてやろう。今はこれ以上、戦う必要もないだろう。お前もよくやったな、アルメ」
「……いえ。私は大したことは」
前線で剣や自らの腕や足で魔物たちと戦っていたフィリムさんや竜の女の子たちに比べれば私は光の波動を放っていただけだ。疲弊はしているが、それでも彼女たちに比べれば軽いものだ。みんなは私以上に苦しい戦いを乗り越えたのだから、私だけ根を上げるワケにはいかない。
「みんな。もう大丈夫。後は兵士の人たちに任せておきましょう」
私は竜の子たち三人。ミスラちゃんとエスちゃんとリルフちゃんに呼び掛ける。竜の子たちは私の方を見て、流石に安心した様子だった。
「疲れたぞ、お姉ちゃん」
「……おなじく」
「今回は根を上げさせてもらいますわ。アルメ様」
異口同音の三人の言葉を聞くまでもなく、肩で息をしている姿を見ればこの子たちが疲れ果てていることは分かる。かなり無理をさせてしまった、と反省する。
「ごめんなさい。私が弱いから……」
「いや、そこでお姉ちゃんが自分を責めるのは違うと思うが……」
私の謝罪の言葉にミスラちゃんが困った顔になる。エスちゃんとリルフちゃんもそれに同意した。
「アルメのせいじゃない」
「そうですわね。ミスラとエスの言う通り。アルメ様もがんばって戦ったのですから」
「そんな、私は大したことはしていないわ」
せっかくそう言ってくれているのに申し訳ないが、やはり私は自分自身がそこまでのことができたとは思わない。この子たちやフィリムさんに任せて、自分は楽をしていた実感がある。ならば改めろ、とは自分でも思うが、今の私に前線で剣を振るって戦う実力はない。この子たちに頼らなければならないのが現実だ。自分の非力がとことん恨めしい。
「本当に自己評価が低いな、アルメ」
「フィリムさん……。でも、事実です」
「お前がそう思うのは自由だが。私もチビたちもそうは思っていないがな」
ありがたい言葉をかけてくれるが、やはり……。
「まぁ、いい。とりあえず今は危機を脱したと見るべきだろう」
剣を腰の鞘に納めるフィリムさん。それが戦いの終わりを告げる合図のような気がした。
ちらり、と駆け付けてくれた兵士の人たちの方を見ると、まだ剣を振るって魔物たちと戦っていた。
「……いいんでしょうか」
「少なくとも私たちにこれ以上の戦闘は無理だ。兵士たちも国民を守ることで給料を貰っているんだ。せいぜい、給料分の働きはしてもらわないとな」
たしかに今回の私たちは報酬を貰って戦っているワケではなく、ボランティアで町の人々を守るために戦っていた。兵士の皆さんが貰ったお金の分だけ戦えと言うのはその通りかもしれない。しかし、私は傲慢な考えかもしれないと自覚しているが、無条件で多くの人を助けるための行動をしたい。それが聖女であった頃の矜持であり、今も持ち続けている考えだ。
(でも……)
その考えは私一人の考えだ。私一人でそれを行える力がない以上、竜の子たちやフィリムさんに無理をさせてまで自らの矜持を守ろうなんてつもりはない。いかに善意と言い、正義を振りかざしても、周りの迷惑を考えない行動は、ただの自分勝手だ。
「アルメお姉ちゃん」
私の思考を断ち切るようにかけられたミスラちゃんの声にハッとする。
「ど、どうしたの、ミスラちゃん?」
せっかく危機を乗り越えたのに、ここで私が辛気臭い顔をしていてはこの子たちも不安になるだろう。努めて私は自然な笑顔を作った。
「いや……随分、兵士の人たちが来るのが遅かったと思ってな」
「それは仕方がないわ。王都全体が魔物に襲われるなんて前例がないことだもの。皆さん、手一杯で……」
「ほんとうにそう?」
私とミスラちゃんの会話にエスちゃんが割り込んでくる。
「本当にって……?」
「アルメ。これはわたしたちの勘だけど、なにかあったきがする」
「何か……?」
失礼ながら、ミスラちゃんとエスちゃんの言っていることの意味が分からない。何かとは。なんだろう。国民を守るべき王国軍が意図的に救助の手を遅らせることなどありえるのか。
「そんなことが……」
「ふむ……」
困惑する私の隣でフィリムさんも何かを考えているようだ。私には皆目見当もつかないことだけど、生物の頂点である竜の子供たちや歴戦の戦士のフィリムさんには何か分かることがあるのだろうか。
「アルメティニス!」
そう思っていると喫茶店の扉が開き、護衛の人たちをも置いてけぼりにしてプリマシア王女様が飛び出てこられた。王女様……貴方の身が無事でまずは一安心です。
「大丈夫!? アルメティニス」
「私は大丈夫です、プリマ……いえ、エレジア様」
「そう、良かった。貴方が無事で」
本心から私の身を案じていてくれたことが分かる王女様のお顔だった。遅れて護衛の人たちも追いついてくる。
「エレジア様。これ以上、ここにいるのは危険かと……」
「王国軍も出てきました。ここに御身がいることを知られては」
「……そうね」
護衛の人たちの進言に王女様は頷く。現在のアルカコス王国が抱えている問題の解決策を探るため、極秘裏に王城を出てきたと仰られていた。それなら護衛の人たちが言う通り、王国軍の兵士に存在を知られるのはまずいことだろう。
「ごめんなさい、アルメティ……いえ、アルメ。ここは」
「はい。私は気にしておりません。御身の安全を第一に行動なされてください」
せっかくの再会。天が与えてくれた幸運をみすみす逃すようだったが、この場に王女様が留まることの危険性が分からないほど愚かではない。また、機会があるだろう。その時を信じて待つ。……つもりだったのだが。
「……ふむ。そちらのエレジアと仰るお嬢様。アルメとも知り合いのようですが、良ければ我がギルドに来て、少し今後の事を話し合いませんかな?」
フィリムさんがそんな提案をしたのだった。
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