第3話 ブロー~心安らぐ耳かき

 お風呂を上がってパジャマに着替えたあなたはソファの前に座ります。後ろにはドライヤーを持ったメイドさん。今から髪を乾かしてもらうのです。


「それでは、乾かしていきますね」


 普段のあなたは強風にしてさっと乾かしますが、メイドさんは弱風で優しくゆっくりと髪を乾かしていきます。


 ブオー……ゴオー。メイドさんの操るドライヤーが時折耳元を通り過ぎると、耳奥に心地の良い温風が流れます。


「む。ご主人様、普段適当に髪を乾かしてますね? 枝毛がありますよ?」

「バレちゃった?」


「しっかり髪を乾かして、労ってあげないと髪は拗ねちゃいます」

 そう言って、メイドさんは乾きはじめた髪を手ぐしですいていきます。


 サラーサラー。メイドさんの細い指があなたの髪通りを良くしていきます。こんなことは美容室に行ってもやってもらえません。しかしあなたはご主人様なので専属のメイドさんにやってもらえるのです。


 まるで一本一本優しく梳かすように手ぐしですいてくれていたメイドさんが、横髪をすいている時にあることに気がつきました。


「あら? ……ご主人様、最後に耳掃除したのはいつですか?」

「ん? んーいつだったかなあ」

 あなたは忙しさにかまけて全然耳掃除をしていなかったことを思い出します。


「ダメですよ。ちゃんと耳掃除しないと耳の聞こえが悪くなってしまいます」

「そういえば最近、声の聞こえが悪いような……」

 言われてみれば、ここ最近聞き返すことが多かったように思えます。


「しょうがないご主人様ですね。私が耳掃除をして差し上げます。準備をしてきますので待っていてください」


 髪を乾かしてもらったあなたは、準備をするというメイドさんが戻ってくるのを床に座って待っています。


 メイドさんはなにやらゴソゴソとやっているようで、耳をすますとレンジのチンという音が聞こえてきました。


 はて、耳掃除をするのになぜレンジを使用する必要があるのだろうか、そう思ったのもつかの間、メイドさんはホカホカの濡れタオルと梵天付きの耳かきを持って戻ってきました。


「お待たせしました。さ、横になってください」

 そうは言ってもメイドさんはソファに腰掛けています。横になるには必然的にメイドさんの膝の上に乗ることになります。


 さてどうしたものか、と考え込むあなたをメイドさんは不思議そうな顔で見ます。

「どうしたのですか? 私の膝に横になるのはお嫌でしたか?」

「そ、そんなことないよっ!」


 あなたは意を決してメイドさんの太ももに飛び込みます。肉付きのよいメイドさんの太ももはあなたの頬を優しく受け止めてくれます。


 サラサラの黒タイツが肌に心地よく、いつまでもこうしていたいと思ってしまいます。それになんだか甘い匂いがします。まだ耳かきが始まっていないというのに、あなたは眠気を覚え始めます。


「まずは濡れタオルでお耳の周りを拭いていきますね」


 ぎゅ……ぎゅ……コシコシ。温かい濡れタオルで耳の後ろ、耳たぶと普段自分では絶対にやらないところをメイドさんは拭いていきます。


 彼女の細い指がマッサージをするかのようにトントンと耳のツボを刺激してくるので、耳全体のコリが解されているような感覚にします。


「まずは溝のところをお掃除していきますね」


 サリサリ……カリ……。メイドさんは耳かきを使って優しく耳介の部分を掃除していきます。カーブになっているところや、少し深いところまで丁寧に耳垢を取っていきます。


 メイドさんはトントン、とティッシュの上に取り終わった耳垢を乗せていきます。まだ外周の部分だというのに、結構な量の耳垢が取れていました。


「この辺はどうしても忘れがちになってしまう場所ですからね。たまに赤ちゃん綿棒で優しくなぞってあげるだけでも違いますから、ご自分でもやってあげてください」


 サー。メイドさんは仕上げとばかりに端から端まで耳介をなぞります。


「はい。外側はおしまいです。次は中をやっていきますよ」


 ゴソゴソ。耳かきの棒が中に入ってきました。早く奥の方をやってほしい、あなたはそう思いますが、メイドさんは入り口の部分で耳かきを止めてしまいました。


「入り口のところからやってあげないと、耳垢が落ちてきちゃいますからね。ゆっくり、ゆっくりです。それにしても、たくさん溜まってますね。これはやりがいがあります」


 ゴソゴソゴソゴソ。入り口付近の耳垢が取れていきます。まだ奥をやっていないというのにこれだけで耳の通りが良くなっているような気がしてきました。

 トントン、入り口付近から取れた耳垢がティッシュの上に乗せられていきます。


「ほら、まだ入り口しかやってないのにこんなにたくさん取れましたよ?」


 こんなに入っていたのか、とあなたは思います。入り口でこれなら奥をやったらどうなってしまうのだろう、と今から期待と好奇がいっぱいです。


「それでは、いよいよ奥の方をやっていきますね。鼓膜に刺さっちゃうといけないのでジッとしていてくださいね?」


 わかった、と言ったあなたは身体に力を入れてその時に備えます。

 ゴソゴソ……耳かきの細い先が耳奥に入ってきました。ゴリッ……! 先っぽがなにかに触れた瞬間、あなたの背筋に衝撃が走ります。


「うわっ!」

「あっ、痛かったですか?」

 その逆だよ、と返すと、メイドさんはなにがあったのか説明してくれます。


「耳の奥に大きいのがあったんです。それを縁から外していこうと耳かきの先で触れたんです。痛くないのであれば、もう一度やっていきますね」


 再びゆっくりと耳かきが耳奥に入ってきます。そして再び大きな塊に耳かきの先が触れます。


 ゴリッ……ゴリゴリッ……! 耳かきのさじが少し触れるだけでまたあなたの背筋に衝撃が走ります。なんとも耐え難い快感にあなたの身体は思わず震えます。


「あと、少し……縁から外れてしまえば……」


 遂にその時がきます。

 カリカリ……カリカリ、バリッ。耳の奥ですごい音が聞こえたかと思うと同時に、なにかが耳の壁から剥がれた感覚がありました。


「取れましたっ! あとは……これを落とさないようにそーっと……よしっ、見てください。こんなに大きいのが入っていたんですよ?」


 ティッシュに落とされた塊を見ると、あなたは驚きで目を大きくさせました。こんなものが自分の中に入っていたのか、と思うほどの大きさの耳垢が詰まっていたのです。どうりで耳の通りが悪いわけです。


「あとは……大丈夫そうですね。細かいのを梵天で取っていきますね」


 ゴソゴソ……クルクル。ふわふわの梵天が耳の中の細かい耳垢を根こそぎ巻き取っていきます。

 すっかり耳の通りがよくなったあなたが訪れる眠気と抗っていると、


「最後に……お耳フーをやりますね」

 フー。メイドさんの優しい吐息が耳の中の中まで入ってきました。ゾクゾク。かつてないほどに背筋を震わすその快感に、あなたは蕩けそうになりました。


「はい。これで片っぽ終わりです。ごろんしてくださいね」


 あなたはメイドさんに言われるまま身体を回転させます。再び濡れタオルで耳をマッサージされて、なんとも心地の良い時間にあなたのまぶたはついつい落ちていきます。


「次は耳の外側をやっていきますね……ってあら? ふふっ、眠っちゃったのですね。おやすみなさい……」


 あなたは人生で一番心地の良い眠りに落ちていました。

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