第6話 めでたしめでたし

 朝起きると、隣にメイドさんの姿がありませんでした。

 飛び跳ねるようにベッドから起きたあなたは家中を探してまわりました。しかし、どこにもメイドさんの姿はありません。


 やはり全ては夢だったのか……。失意に暮れるあなたは再びベッドに戻りました。何もする気が起きなかったのです。


 こうして寝て起きたら、メイドさんが戻ってきてくれないだろうか。そんなことを考えながら、あなたは眠りに落ちました。


 ――トントントン。

 包丁がまな板を叩く規則的な音であなたは目覚めました。

 一人暮らしの家、あなたが台所に立っていないということ、それはすなわち……!


「おはようございます、ご主人様。ずいぶんお寝坊さんですね、もう夜ですよ?」

 あなたは思わずメイドさんに抱きつきました。

「あらあら、包丁を持っているから危ないですよ」


 どこに行っていたの? そう問いかけるも、メイドさんは曖昧に微笑むだけです。だけど、それでもいいかと思えました。今ここに、メイドさんがいる。その事実の方が遥かに重要だからです。


「今晩のメニューはミートソースパスタです。出来上がるまでまだ時間がかかりますから、先にお風呂に入ってきてはいかがですか?」


 一日中寝ていたことで、あなたの頭はぼんやりしていました。なので、お風呂に入ってシャッキリしようと考えたあなたはメイドさんの言った通り、お風呂に入ることにしました。


 シャンプーをして身体をしっかり洗ったあなたは湯船に浸かりました。

 程よい熱さのお湯が身体に残っていた疲れをゆっくり解きほぐしていくのと同時に、頭にかかっていたモヤが晴れていきます。


 こうしてゆっくりしていると、いよいよあなたはメイドさんの正体が気になりだしました。


 彼女はどこからともなくやってきて、あなたの心をすっかり支配してしまいました。だというのに、メイドさんが姿を現すのは夜だけです。


 一緒のベッドで眠っても、彼女は朝になると姿を消してしまいます。きっとそれには事情があるのでしょうが、どうしても納得がいきませんでした。


 あなたは夜だけではなく朝も、叶うならずっとメイドさんと一緒に過ごしたい。そう考え、お風呂を出たらその思いを告げることにしました。


   ○


「話しがあるんだ」

 あなたは夕飯を食べ終えたタイミングでそう切り出しました。


「どうしたのですか、そんなに改まって?」

「これから話すことは、とても荒唐無稽な内容だと思う。だけど、最後まで聞いてほしい」

「そのように言わずとも、ご主人様のお話ならきちんと聞きますよ?」


「うん、ありがとう。さっきお風呂に入っている間考えていたんだけど、ひょっとして君の正体は僕が飼っていた猫なんじゃないか?」

 そう言うと、メイドさんは酷くショックを受けたような顔をみせました。

「ど、どうしてそう思われたのですか?」


「なんとなく受け入れていたけど、よくよく考えると変なんだ。メイドさんが作ってくれたご飯は全部僕の大好物だったし、昨日話してくれた寝物語も、途中で寝ちゃったから最後まで聞けなかったけど、僕が猫を拾った時とそっくりだった」


――君は、ユキなんじゃないか?


 あなたがそう言うと、メイドさんは悲しそうに微笑んでこう言いました。


「……はい。私は、あなたに拾われた子猫のユキです」

「やっぱり、そうだったんだね」

「天国に行った後、ご主人様に恩返しがしたくて神様にお願いしたんです。だけど、もうお別れですね」

「ど、どうして? せっかく人間になって戻ってきてくれたのに!」


「人間になって戻る時に、神様と約束したんです。ご主人様を幸せにさせるまで、決して正体がバレてはいけない、って……だから、お別れです」

「なんだ、そんなことか」

 あなたは心配して損したとばかりにそう言いました。だって、


「ユキが来たその日から、僕はずっと幸せだったよ。その証拠に、ユキがユキだってわかったのになんともないじゃないか!」

「あ……」


 ユキは正体がバレてしまったという衝撃で自分の身に何も起こっていないことに気づかなかったようです。


「私、またご主人様と一緒に過ごせるのでしょうか……?」

「過ごせるさ! だから、おかえり……ユキ」

「はいっ! ただいま戻りました、ご主人様っ」

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あなたをダダあまに甘やかす銀髪ロングヘアメイド 山城京(yamasiro kei) @yamasiro

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