第4話 必要としてくれる内は……

 目覚めると、あなたはベッドの上でした。起き上がり、リビングに行きますが、そこには誰もいません。


 ――昨日の事は夢だったのだろうか。


 いや、そんなはずはない。そう思い、あなたは少しでもメイドさんの残り香を探そうと家中を探しました。


 台所。

 昨日メイドさんが作ってくれたハンバーグを食べた時に使った食器が現れて食器置き場に置かれていました。


 お風呂場。

 いつもと何も変わりません。昨日メイドさんに髪を乾かしてもらった時に使ったドライヤーはいつもの場所にかかっています。


 ソファ。

 昨日はここで耳かきをされながら寝たはずです。その時に使った耳かきや濡れタオルはどこにもありません。


 あなたは焦燥感に駆られ、家中をひっくり返す勢いで探し続けます。だけど、どこにもメイドさんがいたという証は見つかりませんでした。


 そうなると、やはり昨日のあれは夢だったのでしょう。疲れて疲れて、疲れ切ったあなたが起きながらにして見た願望混じりの夢。


 全ては泡沫の出来事だったのでしょう。その事実に気付くと、あなたはガックリと肩を落としました。


「そうだよな……メイドさんなんているはずがないんだ……」


 ふと時計を見ると、普段ならとっくに家を出ている時間でした。今から準備をしていたのでは会社に遅刻してしまうのは間違いありません。


 あなたはより一層気を落としながら上司に遅刻してしまう旨メールを送るのでした。


   ○


 やっと仕事が終わりました。終電ギリギリまで残業をしていたのに加え、今日は遅刻をしてしまったのであなたは朝から怒られてしまっています。


 まさに気分は最悪。しかしそんな中でも一つだけ救いがあります。明日は会社が休みなのです。


 そうはいっても、残業で疲れ切ってしまっているあなたはなにかをする気が起きませんでした。


 普段ならコンビニで夕食を購入してから帰宅しますが、今日はそんな気力もありません。なので、あなたは手ぶらで帰宅しました。


「あれ?」

 鍵穴に鍵を差し込みますが、錠の上がる音が聞こえません。あなたは朝慌てていたから鍵をかけ忘れてしまったのだろうと思い家の扉を開けました。


「おかえりなさいませ」

 予想もしていなかった声が聞こえて、あなたは思わず玄関に棒立ちになってしまいました。その声は、あなたがずっと聞きたかった声でした。


「どうしたのですか、そんなところに立って?」

「メイドさん!」


 あなたは慌ててメイドさんに駆け寄って、その細い身体を抱きしめました。胸いっぱいに彼女の甘い香りが広がります。


 夢か現実かなんてどうでもいい。今はただ、再びメイドさんが現れてくれた事が嬉しかったです。


「あらあら、そんなに慌ててしまって。私はどこにもいきませんよ」

 メイドさんはあなたが落ち着くまで優しく背中をポンポンと叩いてくれました。


 それから少しして、あなたの姿は食卓にありました。メイドさんが作ってくれた美味しい晩ごはんを食べているのです。


 今日のメニューは肉じゃがとサバの味噌煮でした。どちらもじっくりコトコト煮込まれたようで、箸を入れるとすぐにホロホロと切れてしまいます。


「そうだったのですね。心配させて申し訳ありません」

 あなたは肉じゃがとサバの味噌煮を口に放り込みながら、朝起きたらメイドさんがいなくて悲しかったということを一生懸命伝えます。


「でしたら、今日は一緒に寝ましょう。ご主人様が眠りにつくまで、私が添い寝して差し上げます」


 それは名案だ、とあなたは思います。一緒のベッドで寝たら、朝のようにいなくなって驚くこともないだろうとあなたは考えます。


 ところで、メイドさんは一体何者なのか、とあなたは問いかけました。

「私ですか? 私は……メイドです」

 そう言ったメイドさんの表情はどこか寂しげで、朝のように急にどこかへ行ってしまうのではないだろうか、そう思わせる儚さがありました。


「ご主人様が必要としてくれる内は、ずっとここにいますよ」


 ならずっと側にいてほしい、そう告げるあなたでしたが、メイドさんは寂しげに微笑むだけでした。

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