オイオイ石(5) - 最終章 -
旅人の決断は早かった。
「お石さま、失礼します。なにとぞ、お許しください」
「おい! 何をする!! わしを下ろせばとんでもないことになるぞ!! いいのか、おまえ、それでいいのか!」
(まず、このじい様が先だ)
「祟るぞ! 祟るぞ!!」
叫ぶような石の声もじいさんには聞こえまい。
「ささ、じい様、私が背負って差し上げます。どうぞ我が背にお乗りください」
「ありがたや、ありがたや……」
今度はじいさんを負ぶって、旅人は石段を一歩いっぽとゆっくり上がる。
「大丈夫ですか? しんどくはないですか?」
じいさんを気遣うものの、歯を食い縛るばかりの百段。
上りきれば、旅人はその場にへたりこんで動けなくなってしまった。
(もう一度これを上るのは無理だ……)
刑罰もこれほど辛いものはないだろう。
祟るなら祟りやがれ、とにかく今は休ませてくれと、大の字に。
(ああ、じい様は安らかな顔をしておられる。運んで差し上げてよかった)
カッとそこに太陽でも落ちてきたか、あるいは光の玉でもはじけたか。
なんと神々しい、黄金色にもまばゆい
それはまさしく、あのじいさんが変身した姿。
すっくと立ちあがれば、まっすぐ社へ。
迎えるように社の扉がゆっくり開く。
「お
社から出てきた美しい女神は、訪ねてきた男神とひしと抱き合う。
「遅くなってしまったな」
「フフフ」
「何を笑う?」
「わたくしに会うのはそんなに恥ずかしいことですか? 人間に頼るべき時はもっと、ご丁寧に」
「むう……」
男神と女神の語らい。どこか七夕の夜空を思い出す。
この世のものとは思えぬ光景に、旅人はすっかり魂を吸い取られたように疲れも痛みも吹き飛んでいた。
「
その言葉を最後に、光は消えた。
はっと旅人、気が付いたときには、静寂の境内。
夕暮れにカラスが鳴き、巣へと帰る。
夢ではない。
痛みが消し飛んでいるのも知らず、石段駆け下りてみれば、そこにあの石はなく、頬をつねりながらもう一度上がれば、なんと社の前にこそ石は鎮座まします。
(こ、これは、いったい……)
さても。
昔々には、二つの山は夫婦神として一対であったという。
その写し身である大石は年に一度の祭りのとき、交互に迎えられていた。
それがいつしか忘れられ、隣山では社さえ朽ち果てた。
妻神を恋しがるか。運んでもらおうと懸命な隣山の石はしかし、それと気付かれることはなく、やがて奇怪なオイオイ石と恐れられるだけの存在になり果てた。
旅人が急いでこの怪異と奇跡を告げに村の長老の家に飛び込めば、なにせ石を背負うけったいな旅人のうわさは村に広がっていたから、長老も驚き、そろって今度は
村長の蔵の中から縁起を示す巻物引っ張り出してくれば、みなして納得。
「どうか、この村にとどまってください」
村の誰からも請われた旅人、ついにうなずき、宮司となって隣山の神社も建て直した。
祭りも復興され、やがて村は息を吹き返したように栄えていった。
旅人も妻をめとり、国元からようやく親を呼び寄せられ、夫婦仲良く末永く幸せに暮らしたとさ。
めでたしめでたし。
オイオイ石 歩 @t-Arigatou
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