オイオイ石(4)

 行き交うふもとの村人には奇異な目を向けられる。


 石の声はどうやら、他の者には聞こえないらしい。


 はた目にはさて、如何に自分の姿は見えているか。


 情けないやら、消え去りたいやら、逃げたいやら。


「泣いている暇があればとっとと行かんか!」


 石はなおも理不尽。


 重い石を背負う足腰の激痛もあり、今すぐにでも石を放り投げて楽になりたかった。


「祟るぞ」


 思っただけで、これである。


「お、お石さま?」


「なんだ? 下ろそうものなら……」


「祟りはご勘弁。そ、そうではなく、どこまで行けばよろしいのですか? せめてそれを教えてください」


「む、それは……」


「お石さま?」


 言い淀むのは何か理由があるのか。さすがの旅人にも疑念が生ず。


「ええい、いいから行け! 他意などないわ。隣山の神社まで行ければよいのだ」


「と、隣山?!」


 驚きに思わず背中が伸び、石を落としそうになった。


「な、何をする! ええい、落ち着かんか!!」


「しかし……」


「そんなに遠くはない。ほれ、もう見えておろうが?」


「あ、あれが……」


 なるほど。恥ずかしいやら、重いやらで、必死に自分の足元だけを見て一歩いっぽを踏みしめてきたが、顔を上げれば山はすぐそこだ。


「よく頑張ったな。よしよし、あと少しだ」


「こ、ここを上がればよろしいので?」


「そうだ。この上の神社がわしの行きたかったところだ」


 ところが、これがまた雲の上にも届きそうな急な石段。


 旅人の顔から血の気が引いた。


「いやいや、いくらなんでも、もう……」


「おまえなら出来る!」


「出来ません、出来ません! もう無理です。勘弁してください」


 出来れば土下座でもして懇願、地に頭をこすりつけたいくらいである。


「まあまあ、そういうな。あと少しで褒美も思うままぞ?」


「そ、それよりも……」


 限界である。


「もし、もし……」


 しわがれた声であった。


 石ではない。


 石段の下、木陰に、枯れ枝のようにやせ細った、腰も曲がったじいさんが打ちひしがれてしゃがみ込んでいた。


 人の好い旅人、


「どうしましたか?」


 自らの苦難も忘れたかして、思わずじいさんに声をかけた。


「へえ……、あの……」


「私の助けを借りたくて声をかけたのではないのですか? 今は遠慮なく、お話しください」


「何とも、情け深いお人よ」


 ありがたや、ありがたやと、それはまるで神様を拝むかのよう。


「そのようにされては困ります。ささ、どうぞ構わずお話しください」


「それが、あの……」


 階段の先を見上げれば、じいさんはこの世の果てを見るかのように深く絶望の息を吐く。


「この上には霊験あらたかな神様がいらっしゃると人づてに聞きました。しかしここまで来たはいいものの、いかんせん、もう足が動きません」


「なるほど、確かにこの階段はつらい」


 実感込めて旅人がうなずけば、じいさんははらはらと深いしわに涙を流すのである。


「遠くで働く息子が難儀していないか、どうか無事でありますようにと……。老いさらばえたわしのためと働く息子に、せめて祈りを捧げようとするのですが……」


 旅人の頭にはまた、国元の親の顔が浮かぶ。

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