オイオイ石(3)

「祟るぞ」


 心の声が聞こえたかして、これだ。


 旅人はついに折れた。


「こら! 抱きかかえようとするでない!! なんぞ、むさくるしい男に抱かれなければいかんのか!」


 またも石は無茶を言う。


「では、どうして運べば……」


「背負えばいいではないか、背負えば」


「そんな殺生な! 背負子しょいこもなく……。腰がひしゃげてしまいます!!」


「まあ、そういうな。背負ったほうが楽だと感じさせてやろう」


「はあ……」


 何とかして背負ってみれば、なるほど人を背負っているようにも感じて、存外軽い。


(これなら行けるか?)


「よしよし。……ああ、これこれ、そぅとだ、そぅっとな」


 石は背中でまだうるさい。


「乱暴に扱えば分かっているな? 祟るぞ」


 ああ、もう!


(勝手にしてくれ!!)


 旅人、やけのやんぱちである。


 もはや石があれこれうるさくても、足を一歩いっぽと踏みしめるだけで精いっぱい。


 存外といっても、重いものは重いのである。


「お石さま、申し訳ありませんが、一度休ませていただけませんか?」


「まあ、いいだろう、許してつかわす」


「ありがとうございます」


 石の横柄な態度に逆らう気力もなく、ひとまず石を下ろせると……。


「ちょっと待て」


 怒声が重々しく背中から。


「おまえ、今なにをしようとしていた?」


「へ? ですから、お石さまにはいったん我が背から下りていただいて……」


「わしを神聖なる座のほかに下ろそうというのか! 地べたにか?!」


 驚いた声があがったかと思えば、


「祟るぞ」


 これである。


「休むのはいいが、わしを地に下ろすことはまかりならん」


 重い荷駄を運ぶ牛や馬の、鞭打つ悪い主人を持った不運、それを散々に味わいながら、ひぃひぃ泣きべそかいて旅人は山道を下りる。


 一里の道が千里とも思えて気が遠くなる。


 それでも旅人は頑張った。


 石を落とさず、山を下りきった。


「こ、これで……」


 息も絶え絶え。よろしいでしょうかと続けられなかったものの、やっと解放されると、旅人は汗をほとばしらせた顔にも喜色を浮かせた。


「お、お石さま?」


 ところが石は答えない。


「まあ、なんだ……」


 さすがに言い淀むが、


「ここまで来たんだ、な、もうひと運び、頼む」


「そ、そんな、これ以上は……」


「おまえならやれる! なあに、あと少し、あとほんのちょっとだ」


「で、でも、もう限界で……」


「ええい! ごちゃごちゃいうでない! 男らしくないぞ!」


「この際、男がどうのとか関係ありません。に、人間には出来ることと出来ないことが……」


 弱音を吐く旅人にも、石は容赦なく、


「一度始めたからにはやり通さんか!」


「叱られてもこればかりは……」


「ええい、うるさい、うるさい! 祟るぞ、それでもいいのか?!」


 結局、最後は脅しである。


 頑固親爺のごり押しである。


 押し問答もこれまで。


 旅人、力と気力をもう一度奮い起こし、また一歩踏み出した。


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