オイオイ石(2)

「おまえは、あれか? 山を越えるのか?」


「へ、へえ……」


「そうか、そうか」


 旅人の前には一抱えもある苔むした石が一つ。


 それが話してくるのである。


「山越えはさぞかし大変だろう?」


「は、はい」


「なかなか素直だな」


「あ、いえ。旅には慣れておりますので」


「む。そうか。しかしここは格別、難儀な道のはずだが……」


 何か含みもありそうだが、旅人は気付かず、素直に、


「お陰さまで親には丈夫な体に生んでいただき、病気も怪我もなく各地へ行商、回れております」


「そうか、そうか。親への感謝も忘れんとは、なかなかどうして、大した男だ」


 石のどこに目があるのか。


 じっと検分、されているのが分かる。


「見た目は、ひ弱そうなのにな」


 からかえば、山を割らんほどに大石は大笑い。


 釣られて旅人も頬をひきつらせるように口のなかで笑うのである。


 なんとも人のいい旅人だ。


 普通なら、


『ひえぇーーーーっ!』


 と、山中で声がしただけで逃げ出すものだろう。


 いわんや、石が語りかけてくる怪異である。この先何があるか知れたものではない。


 ほらほら、石はお人好しにつけこんでくる。


「よし、おまえ、わしを連れていけ」


「は、はい?!」


 壊れた笛が甲高い音を立てる。


「大きな声を出すでない」


 すっとんきょうな旅人の驚きに、石は耳をふさぎ、渋い顔。


 石に耳はないし、手も顔もないものだが、旅人にはそれが見えるようである。もはや、近所の頑固親爺と話しているのと同じ感覚なのだろう。


「で、でも……」


「おまえの足腰強いのを見込んでいるのだ。ちょいとわしを背負ってな、山を下りてくれればいいだけだ」


「い、いや、そんなこと……。相撲取りでもあるまいし、この険しい道を……」


「他に誰もおらんのだ」


 石は苛立たしげである。


「わしが声をかけただけで逃げ出すやからばかり。最近はそれさえもおらん。なんとも信心のない……」


 頑固親爺といえば、国元に残してきた老いた親のことも頭にチラつく。石にとっては久しぶりの話し相手であったのだろう。なぐさみと話に付き合ってきたが、牛でもいやいやするような大きな重い石である。


 無理なものは無理だ。


「そこを何とか。な、な? 頼む、この通りだ」


 石はお構いなし。お遣い一つ頼むような気楽さである。


「なにゆえ山を下りられようというのか……」


 と、苦い顔で訊いてみたくなるのも人情だろう。


「そ、それはなんだ、ほれ、な?」


 肝心なところを石はぼかすか。


 旅人はついに、一つ足を引いた。


「……祟るぞ」


 途端に覆いかぶせてくる石の声。


(そんな殺生な……)


 旅人はもう泣き顔である。


 ニヤリと不敵に笑うは石である。


「わしにもな、こう見えて神通力はある。見た目ほどは重くないゆえ、な?」


 道理も何も通じるものではない。


 無理難題を押し通そうとする客も今までになかったわけではないが、まさか石に祟りまでちらつかされて脅されるとは。


「まあまあ、おまえに何のえきもないのでは、そりゃあ尻込みもしよう。わしを運んでくれたら望みは思うまま、それでどうだ?」


「は、はあ……」


「石と侮るなよ。こうして話が出来ているだけでも、わしが人以上のものと思わんか?」


(だったら、自分で転がり下りればいいのに……)

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