オイオイ石

オイオイ石(1)

 昔むかしのことだったとさ。


 とある山中に「おい! おい!!」と呼びかけるものがあったという。


『その声に返事をしただけで魂を取られるに違いない』


 近隣の村のものはそれを恐れ山に近付かず、行商人などもうわさを聞いて遠回り、あるいはその声を聴いても耳をふさいで急ぎ山を抜ける。


 うわさは千里をかける。


 やがて、山は誰も立ち入らないようになって荒れ放題。



 ある日、うわさを知らない一人の旅人が山を抜けようとしていた。


 けもの道とも思えるほどに荒れた山道に難儀しながら。


 木々が覆いかぶさってくること、それこそ化け物に見えて襲ってくるかのようだ。


 森の臭い濃いのも、別世界に迷い込んだかのよう。


 決して肝っ玉の据わった男ではない。


 どちらかといえば、怖がりで、臆病で、でも頑張り屋で。


 どうしても、この山の先へ急ぐ必要があったのだ。怖いうわさは知らないが、知らなくても十分怖い。足元だけを見て、周りなど見ないようにすたすたと、とにかく早く、速く山を抜けようと足を運ぶ。


 ふうふうと息も荒く、山の頂にかかろうかとする時だった。


「おい! おい!!」


 びくりと背中が跳ね上がるほど驚いた。


(こんな山中でいったい誰が……)


 山賊か? よもや化け物でもあるまいな……。


 きょろきょろとあたりを見渡すも、誰もいない。物音ひとつしない。ウサギの子一匹いやしない。


(気のせいだ)


 おのれの臆病を恥じつつ、先へ急ごうと一歩……。


「おい! 聞こえていたのだろう!! 立ち止まってわしのほうを見んか? 話を聞かんか!」


 はっきり、聞こえた。


 これはもう、空耳でも気のせいでもない。


 旅人はぎゅっと荷物を懐に隠すようにして抱き込み、またきょろきょろと……。


(はて、何もないではないか?)


 怖い。


 こわい、こわい、こわい……。


 奥深い山中で化け物に襲われれば、誰の助けも得られずひっそりと食われて終わりではないか。


 そんな死にざまを考えただけでもう、死にそうだ。


 旅人は泣きべそをかく寸前であった。

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