宇宙家出少女

武藤勇城

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宇宙家出少女

那由他なゆたくんと付き合うのは、もうやめなさい。先方には連絡してある」

「なんでパパが勝手に決めちゃうの!?」

「子供は親に従っていればいいんだ」

「そんなだからママにも逃げられるのよっ!」

「今それは関係ないだろう」

「パパなんて大っ嫌い!」


 きっかけは厘毛りんもうな問題だったのに。

 どうしてこうなっちゃったんだろう?


 学校帰りの制服姿のまま、私は家を飛び出した。

 逡巡しながら道端に佇む私を見付けると、すぐさま自動車オート・タクシーが近付いて来た。


「ニンショウバンゴウ 二九八九 〇八一 〇九六〇七四 スギオカ・ミランダ・ルナ サン」

「もう、放っておいて!」

「ドチラマデ オコシデスカ」

「自分の足で歩くからいいの!」


 全く、嫌になっちゃうわ!

 地球市民として生まれた時、必ず脳内に埋め込まれるマイクロチップのせいで、自由な行動なんて出来やしないんだから!

 ケンカして思わず家を飛び出しちゃったけど、特に目的地があるわけじゃない。

 ただ個人の空間パーソナル・スペースが欲しかっただけ。

 パパがその気になれば、私の居場所なんて一瞬で分かっちゃうの。

 だけど宇宙まで行けば、連れ戻そうとしたって数時間はかかるわ!


 高校生の私が何不自由なく暮らせるのは、世界の重責を担っているパパのおかげ。

 パパは年に数回、九億人の地球人口を統括する、世界統一政府会合に出席するの。

 世界的要人の一人。

 その影響なのか分からないけど、パパはいつも自分が正しいと思い込んで、色々と押し付けて来るのよ!

 そういうところ、きっとママも嫌だったに違いないわ!

 そんなことを考えながら、私は宇宙空港スペース・ポートへと向かった。


「ニンショウバンゴウ 二九八九 〇八一 〇九六〇七四 スギオカ・ミランダ・ルナ サン セイタイニンショウ カンリョウ」

「ちょっと月まで行きたいの」

「トウジョウ ニンズウ ハ」

「一人」

「ビジネス デスカ カンコウ デスカ」

「観光よ」

「ヒトリ カンコウヨウ スペースボード タイプ ニシュルイ カラ エランデクダサイ コウ-ガ-シャ ア-ソウ-ギ」

「恒河沙と阿僧祇って、どう違うのかしら?」

「コウ-ガ-シャ ハ コシツガタ ハンメンパノラマ ア-ソウ-ギ ハ ジュウタンガタ ゼンメンパノラマ」

「前に乗ったのは阿僧祇だったかしら?」

「データ ショウゴウ イエス」

「じゃあ、同じものにするわ」

「コンソール タイプ ヲ エランデクダサイ」

「今年の新しい操作桿コンソール・スティックを教えて」

「セイブツタイプ ガ サンシュルイ ハクチョウ コビトカバ キングコブラ」

「あまりピンと来ないわ」

「ショクブツタイプ ガ ニシュルイ ラフレシア ユリ」

「他にもあるかしら?」

「ケンチクブツタイプ ガ ニシュルイ トウダイ ミュー・スパイラルタワー」

「う~ん、そうね。じゃあ、この灯台タイプにするわ」

「シュッパツ ト キカン ノ ゴヨテイ ハ」

「すぐに出るわ。帰還予定は、そうね、十日後でお願い」

「エナジーウォーター トオカブン コウドウルート ツキ ハチマン ナナセン ヒャク ロクジュウ サン シュウ ニ ナリマス」

「ええ、それで」

「コウザ ニンショウ ザンダカ ノ カクニン ヲ シテクダサイ」


 これだけの時間があると、月を八万周も出来るのね。

 どうせなら火星か金星まで行けば良かったかしら?

 個人で宇宙旅行するのだって安くはない。

 打ち上げと帰球ききゅうだけなら数百 UDユニフィケーション・ドルもあれば十分だけど、十日間もの宙泊ちゅうはくともなれば、一般公務員半月分の給料が飛ぶわ。

 高校生のお小遣いの範疇を軽く超えている。

 何かあった時のためにと、パパが大金を私の生体口座に預金しておいてくれたから、こんな風に好き勝手出来る。

 そんなのは分かっているの!

 でも、だからって学校内の異性交遊まで口出しするなんて酷くない!?

 那由他くんとは、運命の糸を感じていたのに!


 エナジーウォーターの積載はすぐに終わったわ。

 搭乗口で、選んだ灯台タイプの操作桿の後ろに座る。

 カウントダウンの後、シャトルから打ち上げられた刹那、視界が真っ赤に染まるの。

 最初に乗った時は怖かったわ。

 体を覆う、極めて薄い防護膜が、大気圏を抜ける時に眼前で燃え上がるのを見るなんて!

 でも熱は全く感じないし、慣れてしまえばすごく綺麗で、三百六十度の大パノラマに感動するの。

 クラスメイトとの付き合い方、そんなちっぽけな問題で、パパとケンカしちゃったことなんて、どうでも良かったって。

 そう思えるくらい。


 操作桿って言っても、普通は全自動形式フル・オート・モードになっているので、ただ座っているだけでいいの。

 操作桿は、旧日本国が千年前に開発したスーパーコンピューター『京』がベースになっているんだって。

 今はバージョン幾つだったかしら?

 開発部にいたママが、離婚する前によく話してくれたわ。

 免許証という古いシステムがなくなって、数百年。

 昔は人間が運転していたから、交通事故なんてものが起きて、毎年数百万人が命を落としていたって。

 だから地球上での免許制度は廃止され、今、運転が出来るのは一部の専門施設やゲームセンター、それと広い宇宙空間だけ。

 小型化、高速化、技術革新。

 スパコンや操作桿は、数千回の度重なるバージョンアップを経て、今では私の座高よりずっと低くなっているって。

 これがなければ、あらゆる物の自動運転なんて出来ない。

 宇宙旅行も、搭乗者の体調管理も、エナジーウォーターの自動吸入も排泄管理も清浄化も、全部そう。

 操作桿とエナジーウォーターの両方が、体の一部に触れてさえいれば、栄養不足になることも、お腹が空くことも、眠くなることもないなんて不可思議よね!


 月が近付くと、エナジーウォーターが月の引力で大きく波打つ。

 まるで海の中にいるような感覚に包まれながら、パパとママのことを思い出していたの。

 パパはね、合理主義者なの。

 ママが手料理を作ったって、絶対に食べなかった。

 完全栄養食、CNFコンプリート・ニュートリショナル・フードを飽きずに毎日三食口にしていたわ。

 そしてママに向かってこう言うのよ!

「お前の作る食事なんて、単なる時間の無駄だ!」

 ってね!

 ママが愛情を込めて手料理を作りたいって言ったって、

「味の面でも栄養の面でも、CNFの方が優れている」

 って!

 ママがお掃除をする時も、お裁縫をする時もそう!

「塵も埃も汚れも全部、全自動掃除機パーフェクト・ルンバが片付ける」

「化学繊維の方が温かいしほつれもない。無駄なことをするな」

 って言うの!

 合理的思考で女心を理解しない、そんなパパだから、ママに愛想を尽かされるのも納得よね!


「パパ、いつ見付けてくれるかな?」

 月を五十周したところまで数えていたけど、もう分からなくなっちゃった。

 幾兆もの星々の光に包まれ、心が空虚になる。

 だんだん寂しくなって、弱気の虫が微かに、だけど確かに、鎌首をもたげてきたの。


 厳しいパパだった。

 生きていく上で、礼、仁、信、義、勇、知の六徳を大事にしなさいと教え込まれた。

 頑固なパパだから、一日や二日、私がいなくたって心配もしないと思う。

 でも、何日も音沙汰がなかったら、生体認証システムを辿って居場所を探してくれるに違いないわ!

 帰球予定日の前に、きっと迎えが来る。

 だって、合理主義者の割に、粗忽で小心者な部分があるもの。

 もしそうなったら、パパに謝ろう。

 子供の家出なんて、最初から勝ち目のない、分の悪い勝負なの。


 でも。

 もしパパが迎えに来てくれなかったら?

 自動運転を停止して、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに、宇宙の果てを目指してみようかな。

 運転なんてしたこともないけど、真っ直ぐ進むだけなら大丈夫よ、たぶん。

 誰も助けが来ない、無量大数の光の彼方へ。

 行けるだけ、行ってみよう。


 灯台型の操作桿を抱きしめながら、私はそんなことを考えた。

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