第5話 同棲生活開始……?


 僕とアリエスは保健室を後にして学生寮に向かって一緒に歩いていた。その道中にアリエスは思い出したように懐から何かを取り出した。


「これ、猫又討伐の報酬」


 それは封筒だった。その厚みから中々の金額であると察せられた。僕は一瞬の逡巡しゅんじゅんの後


「僕は勝手についていっただけだから、君が全部貰いなよ」


 僕はその手を払った。 学生寮は毎月自分で家賃を払って住むことになっている。


 学生寮は一部屋に二人住むことになっており、家賃は折半なのだがそれでも家賃負担は大きい。


 転校して間もない彼女にとっては尚更お金は大切だ。


 ちなみに僕は一人で二人用の部屋を使っている。


 理由は単純、闇属性の魔法の適性を持っているから。


 明らかにそう言われた訳ではないけれど、そうとしか考えられない。


 閑話休題。そもそもアリエスがいなかったら猫又を倒すことは出来なかったし、1番の功労者であるアリエスが受け取るべきだ、と言ったのだが彼女は報酬を頑なに受け取ろうとしない。


 お互いにあなたのおかげだから、君のおかげだから、と言い合って報酬を押し付け合っていたが、結局半分ずつ貰うということでお互いに納得した。


 寮の区画に着き僕は自分の寮へと向かう。


 アリエスは僕に付いてくるのでどうやら僕の住む寮と同じ棟に住んでいるようだ。


 その棟の魔法起動式エレベーターに二人で乗る。


 いくらかましになったとはいえ、まだ疲労は拭いきれないので起動はアリエスに任せる。


「……何階?」


「三階だ」


「……偶然、私も三階」


 そんなやりとりをしてエレベーターに乗り込んだ。


 同じ階なら毎日朝会うことになるかもな。なんてことを考えていたらエレベーターのドアが開いた。


 僕の部屋はエレベーターから一番近い場所にあるので、今度こそお別れだな、と部屋の前で振り返って手を振ろうとする。


 すると、アリエスは石像のように固まっていた。


「嘘…………」


と開いたか開いていないかくらいの口で呟いた。


「……ここ、あなたの部屋?」


と信じたくないように尋ねる。僕は首肯した。その後、彼女の口から衝撃的な発言が飛び出す。


「……ここ、私の部屋……」


 一瞬思考が停止した。だがすぐに平静を取り戻し


「いやいや、そんな訳ないじゃないか」


 と笑う。しかし、アリエスの取り出した一枚の紙でまた衝撃に引き戻される。


 その紙には学生寮使用について書かれていた。


 その紙に書かれた部屋番号は何故か僕の部屋と同じであった。


 よく目を擦ってからもう一度見るも、もちろん部屋番号が変わることはない。


 だが冷静に考えて仮にもしアリエスがこの部屋に住むことになったとしても、部屋の利用者である僕に何も連絡がないなんておかしい。


 つまりこれはただの書き間違いで、本当のアリエスの部屋は別のところにあるのだろう。


「明日にでも先生に言いに行こうか。多分、ミスだろうしね」


「……私、どこに泊まろう…………」


「この部屋に泊まるのは?」


「…………」


 あっ、やっべぇ。特に何も考えずに発言したけど、これじゃあまるで僕がアリエスを自分の部屋に連れ込もうとしてるように思われてもおかしくない。


 下心が全くないかと言われれば嘘になるが、今の発言は特にそうした意図は無く無意識だった。


……でもこれって逆にいえば僕は無意識下でアリエスに欲情していることにならないか?


「……」


 テンパる僕にアリエスは冷ややかな視線を向けていた。


「……近くの宿でも探して———」


 と取り繕うように言いかけたが、闇魔法の使い手を泊めてくれる宿無いということを思い出した。


 仮に泊めてくれたとしても、ろくに手入れのされていない部屋に法外な値段で泊めるに決まっている。


 最近は寮での生活に慣れていたので、世間の闇魔法の使い手への待遇をすっかり忘れていた。


……っていやいや、そもそも魔法の属性なんてわざわざ自分から言う必要なんてないし、泊める側だってプライバシーに関わることを必要以上に聞くわけがない。


 ……今日だけで色々な出来事があったからか思考がまとまらない。


「……背に腹はかえられない」


 アリエスは渋々という様子でそう返答した。


「い、いらっしゃい……?」


「……お邪魔します」


 なんだこの気まずさ……


 女子が自分の部屋にいるという状況が未知過ぎて、気が休まるはずの自分の部屋が異様なプレッシャーを放っているように錯覚した。


「さっ、先にお風呂どうぞ!?」


 動揺して声が上擦った。恥ずかしい。


「……ありがとう」


 どうやら動揺しているのは僕だけらしい。アリエスは普段通りだった。


 アリエスが風呂に向かった途端に緊張の糸が切れたのか、猛烈な気だるさが襲ってきた。


 もう限界。


 そしてそのまま気を失ったように眠ってしまった。


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「はっ!?」


 どれくらい寝ていたんだろう。ダメだ、寝ぼけていて頭が回らない。とりあえず顔を洗って……


「………………」

「…………あっ」


 そこで眠気が一気に吹き飛んだ。洗面所のドアを開けると、そこには下着姿のアリエスが立っていた。


 髪は湿っており、ちょうど今お風呂を出たという様子だった。


「まっ……」


 弁明をしようとした瞬間に視界が真っ暗になった。比喩表現ではなく実際に。


 どうやら相手の視界を奪う闇魔法、<遮光ブラインド>を使われたらしい。


 こちらも闇魔法を使えばそれを打ち消すことは出来るが、それをしてしまうと疑念がまた深まりかねないのでやめておこう。


「……弁明させてあげる」


 なんとお優しい。弁明の機会をくれるだなんて。


「……理由によっては、一生目を使えなくする」


 徐々に視界を覆う闇が濃くなっていく。前言撤回、全然優しくなかった。


 完全にこちらの過失なので文句は言えないが。


「寝ぼけてて、顔を洗おうとしただけです信じてください」


 必死に懇願するほかない。


「<分析アナライズ>」


 アリエスは相手の状態を解析する魔法を唱えた。


「……どうやら嘘は言っていないようだね」


 良かったなんとか首の皮一枚繋がった。


「……まぁ今回は大目に見てあげる。けどもし二回目があれば……」


「……あれば?」


 酷く怯えながら聞き返す。


「あなたを存在ごと消し去る」


 声が本気まじだった。それにその言葉を発した瞬間に、その気になればいつでも消せるぞと言わんばかりに、自分の存在が闇に呑まれるような形容し難い感覚に襲われた。


 存在ごと消し去るとは一見すればただの脅しのように聞こえるが、アリエスの魔法の適性の高さ、そしてさっきの感覚を知ってしまった後だと冗談と流すことは難しかった。


「……本当にごめんなさい」


 ひたすらに謝るしかなかった。


_________________________________________


「……ッ…………フッ…………」


 僕は学校の訓練場で木刀で素振りをしている。額を伝う汗など気にもとめずに木刀にだけ意識を集中させる。


 目標の千回を終えたところで、木刀をしまって汗を拭う。訓練場を出たとき、空には沈みかけた太陽が見えた。


 猫又の依頼から三日ほど経ち、そのときの疲労も回復してきた。明日からまたギルドで依頼を受けようと考えながら自室のドアを開ける。


「ただいま」


 少し前までは何の意味もない言葉で、自分の声がこだまするだけであったが今では違う


「……おかえり」


 アリエスは読んでいる本から少し目を外して、こちらを見て言った。帰ったときに誰かがいるだけでこんなに安心出来るものなのか。


「……顔がニヤニヤしてる…………気持ち悪い……」


「えぇ?ほんと?」


 罵倒される程のにやけ顔なのか?


 不安になって口角の辺りを入念に揉み解しておく。その動作が面白かったのか、アリエスは控えめに微笑んだ。


 そんなアリエスを見て、自分の胸がトクンと弾むのを感じた。しかし、アリエスにそれを悟られないようにわざとらしく咳払いをして


「体の調子も戻ってきたし、明日にでも依頼受けようと思ってるんだけど……」


「……うん…………でも久しぶりだから簡単な依頼で」


「分かってるよ、それじゃあ早速———」


ギルドに行って依頼だけ見に行こう、と続けようとしたが、ぐぅ〜という音によって中断された。


 アリエスは澄まし顔で切り抜けようとしているが、この場にはアリエスと僕の二人しかいないし、僕から発せられたものではないとはっきりしていた。それに僅かながらアリエスの頰が紅潮している。


「っとその前に食堂でご飯食べようか。今日は素振りの訓練でお腹ぺこぺこだし」


とフォローしたが、気を使われているのが分かったようで、


「……むぅ」


と僅かに頰を膨らませて僕の肩をコツンと軽く殴った。


_________________________________________


「「いただきます」」


 僕とアリエスは横並びでテーブルに座った。僕は唐揚げ定食、彼女は魚のムニエルを頼んだ。


 このスペルス国立学校の食堂は値段の割に味が良いと評判だ。


 実は今日初めて利用したのが、そう評されるのにも納得の良い味だった。


 ふと辺りを見回すと、僕たちのテーブルの周りには誰もいない。みんな僕たちのテーブルを避けるように座っていて、ヒソヒソと話をしている。


 内容は細かくは聞き取れないが、僕ら二人に向けた侮蔑ぶべつたぐいであるということは雰囲気で分かった。


 気分は良くないが、二人ともそれには慣れているので、腹をたてることなく無視して食べていたのだが、それを咎める者が現れた。


「おいお前ら、いつまでもガキくさいことしてんじゃないよ」


 担任のカリン先生は怒っているように、そして冗談でも言うように僅かに笑いながら程よい怒気を孕ませて言った。


 カリン先生はそういうところが上手だ。闇魔法の人にも、そうでない人どちらにも反感を買わないようにしてその場を治めた。


 そんなことを考えていると、先生は僕たちの席の机に向かって来た。


「ここ良いか?」


「……ダメと言っても座るでしょう?……というかもう座ってるじゃないですか……」


「あらまほんとだ、はっはっは」


 このように気まぐれで行動しているような態度をとるので分かりにくいが、先程のことから分かるように、実は人一倍空気に敏感だ。


「スピカ、お前に話すべきことがあるんだが……いいか?」


 首肯すると、先生はさっきの弛緩しかんした空気をしまい込んで言う。


「まず、謝っておく。急に転校生と同居することにしてしまってすまない。やんごとなき事情があってな」


「事情とはなんです?」


「この学校、実は…….というより知っての通り、闇属性の人間を入学させるなんてことは滅多にないんだ。差別解消の動きこそあるが、人々の差別意識は抜けきってないせいでな」


 僕らが座っている席の周りの机が綺麗さっぱり空いてることからもそれが分かる。


「だから闇属性を入学させたとなると外聞が悪いから、滅多に学校に入れることはない。例外があるとすれば七属性全てに適性をもっているような奴や極めて練度の高い闇魔法の使い手だな」


 前者は僕を、後者はアリエスのことを指しているのだろう。


 確かに思い返してみれば、アリエスが来るまで僕以外の生徒に誰も闇属性の人はいなかった気がする。


「つまり、まぁ口は悪いが鼻つまみ者はまとめて管理した方が扱いやすいとお偉いさんが判断したんだよ。担任である私を通さず勝手に決めるとは感心しないがな」


「またいつもの闇属性差別ですか」

「…………」


 と僕は茶化し、彼女は複雑な表情で黙りこくっていた。


 これまでは学校に闇属性の人間は僕だけだったので、この手の自虐ネタを使っていたがアリエスがいる手前、闇属性関連の自虐は控えようと思った。


「急に言われても困るだろうし、人々を守る存在となりうる卵をぞんざいに扱うお偉いさんの態度は許せない。ただ私個人としては似た境遇にもつ君らには仲良くやってほしいと思う」


「……そうですね」

「…………」


僕とアリエスはそう言われて俯いた。それを見かねて


「が、どうしても嫌だと言うなら、私が直接掛け合ってなんとか部屋を変えてもらおう」


「そんなことしたら先生の立場が無くなるのでやめてくださいよ……」


「この世界で一位二位を争う程の光魔法の使い手であるこの私の意見を無為にできる程、この学校は落ちぶれていないさ」


 と自慢げに胸を張る。


 今先生が言ったことは誇張でも自信過剰でもない。


 実際に先生が使う光魔法を見たことがあるが、魔法を放つまでの過程が洗練されており美しささえ感じられるのもだった。


……しかしだからこそ、それ程の光魔法の実力をもちながら闇属性に対する偏見がないというのに違和感を覚えた。


「で、どうする?」

 

 先生は先ほどの話の続きを促したので、一旦そのことについて考えるのはやめて部屋について考える。


 扱いにくい僕たちをひとまとめにするのが理由とはいえこれもなんらかの縁だろうし、もし仮に無茶を言って二人が別々の部屋にしてもらえたとしても、寮の部屋数は十分でないため、必然的にアリエスは別のクラスメイトと寮生活を共にすることとなる。


 すると、アリエスが闇属性であるという理由で寮内で陰湿ないじめに遭うのは避けられないだろう。だから、僕としてはアリエスが同室になるのに賛成だが……


「……というかそもそも男女が同じ部屋で暮らすのって大丈夫なんですか?……何か間違いが起きそうですが」   


「……それはつまり、君はアリエスとそういう関係になる事を少しでも考えたということだな?」


「!?いや、そんな訳ないじゃないですかただの一般論的に純粋に疑問に思っただけですって!」


「……そこまで必死に否定するとそれはそれでアリエスに失礼な気がするが」


「……」


 横ではアリエスの気まずそうにしていた。


「寮の部屋数の関係でどうしても男女が一緒になってしまうことがある」


 そこで話を切り、顔を近づけて小声で言う。


「……今から言うことは他言無用で頼むぞ?」


「はい」


「そういう時は、女子生徒より実力が乏しい男子生徒が同室になるようにしている。元々実力が同じ者同士で切磋琢磨せっさたくまし合う目的の寮の同室システムだが、流石に男女同室になった時はそうもいかない」


「……アリエスより強い生徒の方が少なくないですか?」


 二十体程の魔獣を同時に無力化、あるいは弱体化させる程の魔法の実力をもつ彼女に勝てる生徒はこの学校にそういないだろう。


「君は実力と言うより、闇属性に対する偏見がないという基準で選ばれたのさ」


「まぁ、自分も闇属性を持ってますからね」


 そりゃ、当事者なのだから偏見なぞあるわけない。


「というかこの学校の君以外の生徒は、程度の大小の差はあれど闇属性に対して嫌悪感を抱いているからなぁ……魔法適性差別撤廃法が施行されたとは言え、まだまだ差別意識は根強く残っているのは嘆かわしいことだ」


 ほんと、いつになったら改善されるのかね……と先生は溜息混じりに呟く。


「逸れてきたので話を戻すが、寮についてどうする?」


「……私は、スピカと同室でも大丈夫」


 今まで黙っていたアリエスが口を開き、はっきりと告げた。


「本当にそれで良いのか?」


「……(コクン)」


 先生の問いかけに無言の首肯で答えた。


「……まぁもしこいつが襲いかかって来たら容赦なく返り討ちにして良いからな」


「なんてこと言うんですか先生」


 人を欲情魔のように扱わないでほしい。


「……スピカはそんなことしない」


 アリエスは確信をもった様子で断言する。


 数日間関わっただけだが、信頼されてるようで嬉しいなぁ。


「……と思う……と信じたい……」


 だんだん確信が薄れてってね?


「……と願いたい……だといいな」


「いやそれどんどん疑念深まってない?」


 失言をしたのは自分なので何も言えないのが辛いところだ。


 先生はその様子を見て


「二人が上手くやっていけそうで安心したよ」


 と笑った。

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虹色の魔法剣士〜闇を抱える少女と共に魔獣と差別の無い世界へ〜 神武れの @sandslash

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