第4話 無傷の理由

 目が覚めると、眼前には見覚えのない天井が広がっている。起き上がろうとするも、魔法を限界まで絞り出したせいで身体はビクともしなかった。


 状況を確認しようと視線だけを動かす。周りの様子と鼻につく消毒液の匂いによって僕は魔法学校の保健室のベッドで寝転んでいることが分かった。


 ベッドの脇の椅子にアリエスは座っているのが見えた。彼女は僕が目を覚ましたのに気づくと


「……大丈夫?」


 伏し目がちに聞いてきた。心配をかけるのは嫌だったので


「……あぁ、大丈夫だよ」


 身体中痛い上に全く身体が動かないのに、果たして本当に大丈夫と言えるのだろうかという思考がよぎってしまい、反応が遅れてしまった。


 その僅かな返事の遅れのせいでアリエスは罪悪感からだろうか、沈鬱ちんうつとした表情を浮かべてうつむいた。


そしてしばらく沈黙が流れる。それを破ったのはアリエスだった。


 なにやら言いにくそうに身をよじらせていたが、覚悟を決めたのか真剣な眼差しで僕を見て


「……ごめんなさい」


とか細い声で呟いた。


「……私のせいで、あなたは危険な目にあってしまった。私の、せいで……」


今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら途切れ途切れに言った。僕は反射的に


「君のせいなんかじゃないよ」


 はっきりと言い切った。そもそも僕が危険な目に遭ったのは一度は断ったアリエスにしつこく食い下がって無理矢理ついてきたのが原因だ。


 だから言ってしまえばただの因果応報であり、アリエスがなんら責任を感じる必要などない。その経緯から考えるとむしろ謝るべきは僕の方だ。


「そもそも君がいなかったら猫又を倒すなんて出来なかった」


 アリエスが魔法を放ったお陰で猫又との一対一に持ち込めた。


 もしアリエスがあの時魔法を使っていなければ複数の魔獣と猫又を同時に相手することになってしまい、確実に敗北していただろう。


「アリエスのおかげで僕は今こうして生き延びられたんだよ。だから感謝してもしきれないし、謝るのならアリエスじゃなくて僕の方だよ」


 そうして謝罪と感謝を込めて深く頭を下げた。


「…………」


 ……なかなか反応がない。なんとなく頭を上げるタイミングを逃してしまい、しばらく頭を下げたままの状態が続く。


「……ひぐっ」


 反射的に顔を上げると、アリエスは顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。


 ……このタイミングでこんな感想は場違いかもしれないが、僕はアリエスの泣き顔を見て心配するのではなくむしろ安心を覚えた。


 というのも今日学校に来てから森に行くまで、そして保健室に至るまでアリエスの表情はずっと真顔で感情がほとんど読めなかったのだ。


 僕はアリエスから彼女自身の話を聞いた訳ではないけれど、ただでさえ差別の対象になる闇属性に適性をもち、その上魔法の練度も非常に高いことを考えると、アリエスはこれまでに想像を絶するような差別を受けてきたであろうことは想像にかたくない。


 憶測に過ぎないが、それこそ感情を失ってしまうようなほど何か辛い経験があったかもしれない。


 だからアリエスが年相応に感情を剥き出しにしているところが見られてほっとした。


_________________________________________


 僕が目を覚ました時から一時間程過ぎた頃には、なんとか身体を軽く動かせるくらいには回復したしアリエスも落ち着いたようだった。アリエスはふと思い出したように


「何故魔弾に当たっても無傷だったの?」


と聞いてきた。あの時後から説明する言った以上ここできちんと説明しておくべきだろう。


「まず、僕は魔法の属性の七つの全ての適性をもっている。隠してた訳じゃないが敢えて言う必要もないから黙ってた」


「うん……って、えぇ?」


 アリエスはうまく状況が掴めていないようで、目を白黒させていた。


 魔法の一つの属性に適性をもつのはだいたい十人に一人くらいの確率だと言われている。つまり七つの全ての属性に適性をもつ確率は単純計算で一千万分の一であるので、アリエスの困惑は至極しごく真っ当なものだ。


 それとも、その話が私の質問に何の関係がある?という方で困惑しているのかもしれない。


「自分で言うのもなんだけど、奇跡的確率で生まれた七属性の適性を僕に生まれてから色々な人から期待されていたんだ。……だけど魔力を蓄えられる量が少ないことが分かるとみんな手のひらを返して……」


 そこでハッとする。今はアリエスの疑問に答えるタイミングで、自分の過去の話を持ち出すのはおかしかった。


「ごめん、話が逸れちゃった。どうして魔弾が効かないかについてだけど……正直僕にも確信をもってこれだと言い切れない」


と前置きしてから話し始める。


「まずそもそも魔法は身体から炎を出したり、雷を放ったりする特別な力だ」


 アリエスは当然とばかりに大きく首を縦に振った。


「でも冷静に考えてみなよ。自分の身体から炎や雷を放っているのにも関わらず、魔法使いが火傷やけどしたり感電したりしないのはおかしくないか?」


 彼女はきょとんとした顔になった。


 世の中の人は当たり前のように自分で放った魔法が自分の身体に影響しないことを受け入れているが、僕はそれがどうにも腑に落ちなかった。


「魔獣を討伐する依頼を受けていく中で、魔獣のもつ魔法の属性と攻撃する側の魔法の属性との関係性に気がついたんだ」


「……関係性?」


「あぁ、その魔獣がもつ魔法の属性と同じ属性の魔法をその魔獣に放つと、ダメージがどういう訳か弱まるんだ」


「……?」


 アリエスは意味を図りかねて困惑していたので、具体例を挙げることにする。


「例えば火属性の魔獣であるファイアスネークに火属性の魔法で攻撃しても、ほとんどダメージが通らないんだ」


「……なるほど」


「最初は偶然かもしれないと思った」


 僕は魔力量が少なく、魔法の威力も普通の魔法使いよりは劣っているからだ。


「だけど火属性以外の他の六属性でも同じような現象が起こったことを確認して、疑念が少しずつ確信に近づいていった」


 これは、僕が七属性全ての魔法に適性をもっているからこそ気づけたことだ。


「……魔法攻撃を食らう時に同じ属性の魔法を使っていれば、その魔法の効果を打ち消すことができる?」


 それを言ったのはアリエスだった。


「その通り。だけど確信には至らなかった」


 人間と魔獣を比べると魔獣よりも人間の方が複雑な体の構造をしているため、人間でも同じことが起きるとは限らない。


 自分でそれを試してもし同じような現象が見られなかったら、魔法をモロに食らってしまい死んでしまうことも十分あり得る。


 だから確認するあの場面で飛び出したのは賭けだった。


 結果魔弾がまともに食らったにも関わらず僕の身体は無傷であったため、予想は正しかった。


「どうして?」


「……?どうして魔法が効かないかっていう理由は、今僕が言った通りだけど?」


「そうじゃない」


 じゃあどういう意味なのだろう。


「……どうしてあの時私を庇ったの?もしかしたら自分が死んでしまうかもしれないのに」


「それは……」


 一瞬それを言うことが躊躇ためらわれたが、命の恩人であるアリエスに対してそれを言わないのは不誠実であるように思えた。


「人が目の前で死ぬような情景を見たくなかったんだよ」


 しばらくの無言の後、アリエスは非難するような眼差しで


「……私が目の前であなたが死ぬような情景を見るのは良いの?」


「……」


 何も言い返せなかった。


 たしかにアリエスの言う通りだ。自分は見たくないと言っておきながら、相手に見させるのはいとわないのは傲慢ごうまんだろう。


「……助けてくれたのは嬉しい、けど自分の命をもっと大切にしてほしい」


 そう言ったアリエスの瞳は憂いを帯びて悲しそうに細まっていた。その後すぐアリエスは自嘲的な笑みを浮かべ


「……なんて、私が言えたことじゃないかもしれないけど」


 と小さな声で言った。


「それは……」


 どういう意味かと続けようとしたが、アリエスはそれっきり視線を逸らした。


 その態度はこれ以上の詮索をしないように言外に伝えていたので、黙ることしか出来なかった。

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