桃夏
よぎぼお
桃夏
青春っておかしな言葉だとぼくは思う。
だって青色っていえば夏をイメージするし、春っていえば桃色をイメージする。
なら、青夏とか桃春のほうがいいはずなのに、世間はこれを青春と呼ぶ。
まるで意味が分からない。
だいたい青ってなんだ。
青春は青いのか?
もし青いとしたら何の青なのだ。
海の青か、それとも空の青か?
それに春だって。
平安時代では1月から3月が春だというし、でもやっぱり最近はお花見の4月が春だという感じがする。
こういうたくさん定義があるのを
な、こうしてみてみると
こんな噓を塗り重ねたのが青春なんだ。
なのにそれを世間はアオハルだとかいって映画をつくり歌を出す。
そしてそれをぼくたちに強要するのだ。
笑っちゃうだろ。
これが大人のやり方だ。
ぼくは絶対
だけど――
「青春っぽいことをしろ?」
うちの担任がとんでもないヤツだった。
こんなよく分からない定義しようのないものをやってこいといったのだ。
そしてその感想を原稿用紙5枚で提出しろ、と。
大体、あんたは数学教師だろ。
定義の重要性は分かっているはずだ。
なのにコイツときたら
「これにて1学期は終了」
と一言言って「あばよ」と教室を後にしやがった。
青春ってなんだよ。
最後にその答えを言っておけよとぼくは思うも、もう彼の姿はない。
きっと生徒に負けず
ぼくは「うわあああ」と叫びたい衝動を抑えながら、青春とは何なんだ! と頭の中で
"希望をもち、理想にあこがれ、異性を求めはじめる時期"
と出てきてさらにぼくを苦しめるだけだった。
だってぼくは幼稚園児のころから希望も理想も好きな女の子もいた。
だから、もしこの定義が正しければぼくは幼稚園児のころから青春を
だから、ぼくが求める青春の定義とは違うんだ。
やっぱり自分の頭で考えよう。
そう思ったその時、教室に貼っていたポスターのある一文が目に入ってきた。
どこかの映画のポスターのキャッチコピーのようだった。
『ちょいと悪に生きてみないか』
これだ! とぼくは思った。
アウトローに生きるのだと思った。
これがきっと青春なのに違いない。
思い立ったが
♢
ようやく見つけた。
ぼくはかつてないほどに心臓がバクバクしていた。
ぼくの目の前にあったのはタバコが入っている自動販売機。
ぼくがいつも使う飲み物が入っている自動販売機と対面するときとはうってかわっての大緊張だ。
ぼくは辺りを見渡す。
深夜の路上は静かで誰もいない。
よし、準備は整った。
ぼくは小銭をポケットから取り出し、小口に入れようとした。
したのだが――
「あれ……?」
年齢確認証が必要……!?
その言葉がみえた瞬間、しまった! とぼくは思った。
普通に考えたら、ぼくみたいな考え方をする未成年者はいっぱいいる。
政府が対策として年齢確認制をいくら自動販売機とはいえ導入しているのは当たり前の話だった。
「……作戦失敗かあ」
そう呟きながら、ぼくは空を見上げた。
「これが青春だと思ったんだけどな……」
でも、よく考えてみればこんなこと原稿用紙にかけるわけなかった。
書いてしまったらぼくはきっと退学コースまっしぐらだ。
ということは、原稿用紙にかける内容……
それが先生の求める青春だということになる。
ん……ってことは――
「アウトローに生きることは青春じゃない!?」
そう新たな気付きを得て、ぼくの青春探索計画一日目はこれにて終了した。
♢
次の日。今日から夏休み。
ぼくは布団の上でごろごろしながら青春とはなにかについて考えていた。
電話でクラスの友人から一緒に遊ばないかと誘われたけれど、ぼくはまだこの答えをみつけるまでは遊ぶ気はなかったので断った。
天井を見上げた。
どこかに答えが書いてないかと思った。
だけどもちろんそんなことはなく、ただ白く光るシーリングライトが僕を照らしているだけだった。
「……家にいるだけでは、ダメ……か」
ぼくは飛び起きた。
かくいうニュートンは万有引力をリンゴの木をみてその存在を思いついたという。
外に出てみればぼくも青春というものが何か分かるかもしれないと思った。
ぼくは外へ出かけてみることにした。
外に出ると、夏の暑さがぼくのやる気を
それに加えるように襲うミンミンゼミやツクツクボウシの大合唱。
これではまともに立って歩くことすらできない。
やっぱり家に帰ろうかと思ったその時。
「……
とぼくの名前を呼ぶ声がした。
その声につられるように振り向くと、そこにいたのは同じクラスの
「こんなところで何をしているの?」
「……すこし青春とは何かについての考察を」
ぼくがそう答えると、
「なにそれ」
と彼女はけらけらと笑った。
そして、
「面白そうだし私も一緒に考えてあげる」
と言った。
ぼくが驚いて黙っていると
「嫌?」
と聞かれたのであわてて首を横にぶんぶん振ると、
「そっか。じゃ、ここ暑いしあそこの公園で考えよ。日陰もあるし」
と彼女は道の先にある公園を指さした。
公園に向かって歩き出すと、現時点の研究成果を聞かれたのでぼくが、アウトローに生きるのは青春じゃないという話をすると、彼女は「なにそれ」とまた笑った。
ぼくにとってはかなりの大発見だったつもりなのに彼女の心には
公園につくと、夏休みからか人は多かった。
幼稚園生くらいの子たちが
それでもひとつしかないベンチは空席だったので、ぼくたちはそこに座った。
ベンチの後ろには大きな木でできた影があって涼しかった。
「何か飲む?」
ぼくがそう尋ねると彼女はスポーツジュースを、と言った。ぼくが近くにあった自販機で買おうとすると彼女は「自分で払うよ」と言ってきた。けれど、ぼくが相談に乗ってもらうんだし、と、その提案を断った。彼女は「次は私が払うから」と言っていた。
ぼくは小銭を入れるとき、やっぱり飲み物の自動販売機はいいなと改めて感じた。
そしてぼくは自分の分のドリンクも買って、のどに流し込み汗を拭った。
暑い日に飲むドリンクは格別だった。
そうして一息ついたところでぼくらは本題に入った。
青春とは何かについての考察だ。
「水瀬さんはどう考えるの?」
「うーん……」
ベンチに座った彼女は悩むように
この話に喰いついてきたため何か
「むずかしい……むずかしいよ……」
彼女の様子をみてやっぱりこの問題はぼくだけじゃなく皆にとって難しいんだなと思った。こんな難題をいとも簡単に押しつけてきた担任の性格が思いやられた。
「大丈夫だよ。ぼくも全然分からないし」
「うーん、でも協力するっていったし、何かしらの答えをみつけないと……」
彼女は思ったより責任感が強かった。
彼女は考え続けた。
考え続けた……だけど――
「やっぱ無理……」
二時間後。彼女はダウンした。
頭も身体も疲労でいっぱいだった。
夏の暑さで僕たちは限界だった。
「難しいね」
「ホント。十分くらいで思いつくと思ってたのに甘かった……」
彼女はうなだれた。
「夏休みの終わりまでに見つけられればいいんだけど」
「ね。それにさ、大人の人、皆言ってるよね。私達、いっぱい青春したって。なのになのにどうしよう。もしこの答えが出せなかったら私達、大人になった時青春時代何もなかった人になっちゃうよ!!」
彼女はがーんと漫画のテロップが入りそうなほどに
ぼくは「まあそんな心配しなくても」と言ったけれど、彼女は止まらない。
勢いよく立ち上がり「それだけは避けないと」と叫んだ。
そして、よし! とぼくのほうを見てきた。
「宇野君!」
「……なに?」
「つくろう!」
「……なにを?」
「私たちが将来大人になった時、私たちの青春時代何していたか問われたときにみせられるものをだよ!」
ぼくが「……どうして?」と疑問を口にすると、彼女は、
「だってだってこんなに考えたのに結局青春がなにかわからなかったんだよ!? だからもうやめよう、こんなこと考えるの。で、パーッとなにか形に残るものさっさとつくって青春の代わりにしちゃうのよ! そしたら大人になった時、青春がなくても青春時代につくったものがあるっていう、ほら、青春時代を生きた
といって白い歯をみせた。
ぼくは彼女の勢いに少し圧倒されながらも、
「何をつくるつもりなの?」
と尋ねた。すると彼女は「うーん」と悩み、あっと思い出したように「ツリーハウス」と口にした。ぼくが「なんで?」ときくと彼女は珍しく寂しそうにどこか遠くをみつめながら、「なんとなく」と小さく呟いた。
♢
「じゃ、また」
「うん、ばいばい」
ぼくたちはそう別れて帰途についた。
あの後、彼女はツリーハウスだ! ツリーハウスだ!と元のテンションに戻って騒ぎ出し、宇野君! やろう! と凄いテンションで言うものだからぼくは思わずうなずいてしまったのだ。
そこからの展開は早く、彼女はツリーハウスの作り方を検索しお金が物凄くかかることを知り「よし、バイトだああ!!」と今度はバイトの求人募集を
そして明日のお昼にまたこの公園集合という約束を(半ば無理やり)結んでぼくたちは互いに帰途についたというわけだ。
ぼくはため息をついた。
本当はこんな予定じゃなくて青春を考察するはずだったんだけどなあと思った。
けれどその一方で、明日から何かとてつもないことがはじまるような気がしてどこかわくわくしていた。
ぼくは家に帰って母さんに今日あったこと、これからすることを伝えた。
母さんは「七時までには帰ってきなさいよ」と言った。
ぼくは黙ってうなずいた。
♢
そして翌日からぼくたちのツリーハウスづくりははじまった。
まず最初の重要な議題は、どの木にツリーハウスをつくるかだった。
木は学校の裏にある森から選ぼうという話になった。
彼女にあそこは私有地だと思うんだけど、と話すと彼女は
「アウトローに生きるのって青春だと思うの」とニヤリと言った。
ぼくは昨日間違っていると教えてあげたよねと言うと彼女は、
「でも、一度の実験じゃ分からないわよ。宇野君はたった一度の実験で結果を決めつけてしまうのですか」と教師のように言ってきた。
ぼくは彼女に従うしかなかった。
そして森の
登ると街が一望できた。
綺麗な景色だった。
「ここ、いいね」
彼女はニコリと笑ってそう言った。
ぼくが頷くと、
「じゃ、ここできまり~」
と言って、その辺に落ちていた枝で木の周りをぐるぐるとなぞった。
ぼくが「なにそれ?」と尋ねると、
「私たちの家だっていうサインだよ」と答えた。
なぜだか分からないけど、僕は少しどきっとした。
そして、そういえば彼女、今日バイトの面接受けてたなと思い出し、ぼくは結果を尋ねた。
すると彼女は突然むすっとして、「落ちた」とぶっきらぼうにそっぽを向いた。
どうやら高校生はお断りだったらしい。
彼女はそれを知っていた上で面接に挑んでいたというのだから驚きだ。
まあ仕方がない。
こんな小さな街なのだ。
高校生を求人するような余裕がある店が少ないのは仕方がないだろう。
となると、ぼくたちはお金を使わないでツリーハウスをつくなければならないということになってしまう。
ぼくはそのことを伝えると彼女は、「でもそっちの方がらしくていいよ」と言った。
彼女は強がっているようだった。
ぼくは先をおもいやり、小さくため息をついた。
そしてぼくたちは作戦をたてはじめた。
ネットで見つけた情報をもとにこの後の予定を決めていった。
そこでわかったことはツリーハウスを作るには結構な量の木材が必要だということ。
だけど、ぼくたちに収入源はない。
となると、無料で手に入れることが求められてくる。
「誰かから貰うしかないね」
ぼくは言った。
彼女も頷いた。
学校の近くに木材が山積みになっている場所があることが分かった。
一度、そこへ向かってみることにした。
♢
「うわー! ここ、宝の山かしら!」
「すごい量だね」
運がいいのか悪いのか。
ここにはたくさん求めているものが落ちていた。
「やったー! 持って帰ろう持って帰ろう!」
彼女はうきうきで「どれにしようかな~」と考えはじめた。けれど、これは本当に持って帰っていいものなのだろうか? という疑問がぼくの頭に
誰かの所有物ではないかという
だけど――
「これはどう? 結構分厚くて丈夫そうだよ」
もう今更だった。
ぼくはすぐにそんなこと忘れて、どの木を選ぶかの作業に没頭した。
ぼくも彼女も夏の暑さに
♢
そして、いくつかの資材を手にし、先程の木のところへ戻ってきた。
もう気づけば夕方だった。
作業は明日からだねとぼくは言った。
彼女はまだ残ってやりたそうだったけれど、「ここ最近、不審者が多いらしいから」とぼくが促すと彼女はしぶしぶ頷き納得してくれた。
それからというもの、ぼくたちはツリーハウスづくりに全てを捧げた。
来る日も来る日もツリーハウス。
ぼくたちの頭はツリーハウスのことで埋め尽くされていた。
気付けば夏休みも残り一週間。
目標を夏休みの最終日に街で行われる花火大会に定め、ぼくたちはツリーハウス作りの作業にいそしんだ。
そして当日。
ぼくたちのツリーハウスは――未だ完成せずままだった。
不格好な姿にしかなっていなかった。
ただ一本の太い木に何か木材が乗っかっていて、
言われてみればああ、家だなとなる程度。
他の人たちがみればきっと笑い転げていたことだろう。
高校生にもなってこんな変なの作って何をしているんだって。
だけど、意外にもぼくたちに後悔はなかった。
ぼくたちは満足していた。
ぼくたちはやれるだけやったのだ。
もし笑いたいなら笑えばいい。
そんな気持ちだった。
そして19時10分前。
ぼくたちは花火を見上げるために、ツリーハウスへ上った。
細かい箇所を含めては完成していなかったとはいえ、それでも上で過ごせる程度にはできていたのでどうにかツリーハウスの上で花火を見ることはできそうだった。
ツリーハウスの上は二人入るとかなりのぎゅうぎゅう詰めで狭かったけれど、いまはそれすらもどこか心地良かった。森の中にいる全ての生き物たちがぼくたちのことを祝福してくれている気がした。それはきっと気の
「見て」
彼女は指さした。
その先にはぼくたちが住んでいる街の光があった。
そこはなんだかきらきらしていて別世界みたいだった。
ぼくたちだけがここに取り残されてしまったように思えた。
だけどそれも悪くないなと思った。
ぼくたちは
すると突然「あのね」といって彼女はぼくの顔を見つめてきた。
暗くなった森に彼女の声だけが響いていた。
「私ね、夢だったんだ。ツリーハウスをつくるの。それで、昔つくろうと思ったんだけど、そのとき笑われて。絶対できるわけないって。私、悔しかったの。だけど、言い返せなかった。そうだねー、って周りの調子に合わせて自分の夢を自分で馬鹿にして。壊して。捨てた。どんなに他人に言われても本当に自分の夢だったら絶対諦めちゃいけなかったはずなのにね。馬鹿みたいでしょ?」
彼女は泣いていた。
ぼくは黙って彼女の身体を引き寄せた。
彼女は抵抗せずにぼくにその身を
「でもね、そんなとき宇野君に出会った。そりゃあはじまりは唐突だったけれど、ツリーハウスをつくることになって、私の夏休み、全部ツリーハウスに使った。来年受験なのにホントどうしよーって感じ。だけど、私いますっごい満足してる。楽しかった。楽しかったんだもん。私の高校二年生の夏、きっと誰よりも輝いていた、そう自信を持って言えるんだもん」
そして彼女はくしゃりと笑って
「だから、ホント感謝してる」と言った。
「そっか」
ぼくは答えた。
日が暮れた森に小さな
そして、
「……青春、結局分からなかったね」
ぼくはぽつりと呟いた。
こんなところでいうのもどうかと思ったけれど、
そう言わずにはいられなかったのだ。
明日から始業式だというのに僕の原稿用紙はまだ真っ白だった。
すると彼女はぼくの顔を見上げた。
その顔は涙でぐしゃぐしゃだったけれど彼女はそんな顔でめいいっぱい笑っていた。
「いいんだ。私、新しいの見つけちゃったから。
青春なんかどうでもいい、くそくらえって感じちゃうくらいのやつ」
「……なにそれ」
「桃夏」
「……はじめてきいた」
ぼくが笑ってそういうと
彼女は「だって私がはじめて考えたんだもん」とほっぺを膨らませた。
「どういう意味なの?」
ぼくがそう尋ねるとその瞬間、彼女は「ふたりの秘密だからね」といって、一気にぼくの耳元まで顔を近づけた。
世界中の時が一瞬止まったような気がした。
彼女はぼくの耳元で
「心がね桃色に染まっちゃうくらいの恋をして過ごした夏のことだよ」
その瞬間、花火が打ちあがった。
花火大会の幕開けの合図だった。
彼女の真っ赤になった顔が花火に照らされて、ぼくの顔も真っ赤に染めあがった。
ぼくたちの桃夏はまだはじまったばかりだ――
〔完〕
桃夏 よぎぼお @yogiboo
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