第九章 涙と光と ー後編ー
五馬は復讐するよう頼まれて逃げ延びたものの頼光はずっと
長い時が経ち、
北山の土蜘蛛の仲間に
敗走中、五馬は元々北山に
実際、五馬は北山の名簿に名前が無かったから逃げても追っ手は掛からなかった。
五馬一人ではとても復讐は叶いそうになかった。
「六花ちゃんが
確かに、あの子と初めて会ったのは五馬ちゃんと一緒の時だったけど……。
でも、あのとき五馬ちゃんは私が見鬼だって知ってたっけ?
首を
「気付いてなかったの?」
五馬が苦笑して言った。
「六花ちゃんと初めて話した時、わたし、
六花は目を見開いた。
「それで、あの子を鬼に……」
「そうだよ。けど茨木童子だけじゃ四天王が一人の所を襲っても
「酒呑童子の核を盗むのに協力したって言うのは……」
「茨木童子より強い鬼は酒呑童子くらいだから」
「あの……、五馬ちゃん達や鬼がこっちに来るのって何か理由があるの? 頼光様達が悪い人だとは思いたくないけど、もしかして
「人間が美味しいから」
五馬があっさり答えた。
六花は驚いて五馬の顔を
「
だが次元が高いと言っても異界の者も生物で有る事に代わりはないし欲求が全く無くなるほど高位でもない。
だから
力が有る者だと意図的に壁を
食べられなくなる訳では無い。
上の者は討伐する者を送り込んでいるが|
「人間の気持ちなんて考えた事なかった。六花ちゃんみたいに、嫌いな蜘蛛でも意味も無く殺すのは良くないとか、自分の利益の為に誰かが死ぬのを願ったりするのが恥ずかしいなんて、そんなこと
五馬が
六花は鞄を握り
復讐なんか
季武達の
けれど
季武は最近だけでも何人も殺したと言っていた。
五馬が
「四天王だって人間を殺し続ける
六花の心を読んだ
六花は俯いた。
五馬は
六花はスマホを取り出した。
「季武君、やっぱり西口の改札で
六花の言葉に五馬が足を止めて振り返った。
六花がスマホを切って顔を上げると五馬が
「季武君、東口からあそこの店に来るって言ってたから……」
六花が五馬の前方に
五馬は一瞬東口の方に視線を向けた。
六花は何も言えないまま立ち尽くしていた。
もう会えないかもしれない。
いや、会ってはいけない。
季武は五馬を討伐しなければならないし、六花も人を大勢殺してきた五馬の味方は出来ない。
けれど別れの言葉は口に出来なかった。
「さよなら」なんて言いたくない。
言ったら本当に二度と会えなくなりそうで言えなかった。
人間を何人も殺したと聞かされても、それでも大好きだった。
ずっと仲良しで
一緒に出掛けて、お喋りして、笑い合って……。
でも、
アスファルトが涙で
不意に五馬が六花に向き直った。
握手を求める
六花は
離れたくない。
行かないで欲しい。
六花の手に力が
五馬も六花の手を握り返した。
五馬の手は熱さを感じるくらい温かかった。
やがて五馬が手を放した。
五馬は黙って背を向けると新宿駅から遠ざかっていった。
アスファルトに六花の涙が落ちた。
季武はビルの影から六花と五馬を見ていた。
本来なら
けれど六花の目の前で戦う事は
一対一なら五馬にも勝ち目が有るかもしれないのに去っていったのは、彼女も六花の前で戦いたくなかったからだと思いたい。
六花の気持ちを考えてくれたのだと。
季武は五馬が雑踏の中に消えたのを見届けると西口の改札へ向かった。
西口で季武と落ち合った六花は、頼光の好みを聞きながらデパートの食料品店を見て回った後、お茶を飲んでから帰ってきた。
六花のマンションの前で別れを告げる為に季武と向き合った。
やっぱり、内緒にしてるのは良くないよね。
もう五馬ちゃんは遠くに行った
「あ、あのね……」
六花が思い切って言おうとすると、季武が
「
季武はそう言うと去っていった。
季武君、知ってたんだ。
知ってて見逃してくれたんだ……。
二度も……。
六花は唇を噛み締めると
部屋に戻った六花はベッドに突っ伏した。
枕に顔を押し付けたまま声を殺して泣いている六花を、シマは不機嫌そうな顔で見ていた。
「
「もう呼び出しには応じないだろうな」
「六花を利用する事も無いでしょう」
頼光は一瞬鋭い視線を向けたが何も言わなかった。
「
「酒呑童子達を
頼光が言った。
「
金時が意外そうに訊ねた。
「土蜘蛛達も酒呑童子が表立って我々と対決する気が無いと察している
「酒呑童子を再生させないと
「土蜘蛛は何度も襲ってきたんだろう。
「
「そうなるな」
頼光が頷いた。
土蜘蛛のアジトの前に立ったサチは小さな巾着を黙って見詰めていた。
やがて
中で小石が粉々に砕けた。
サチは巾着を
「
メナがサチに訊ねた。
車座になった土蜘蛛達の目の前には酒呑童子と茨木童子の核が置かれていた。
「無策のまま、もう一度再生させた所で意味は無いだろう」
「元々鬼に頼ろうとしたのが間違いだったんだ」
サチが言った。
「
「もう
「え?」
「お前達は
サチが頭を下げた。
「一人じゃ
「
サチの言葉に皆が口を
「わたしは仲間達に復讐すると約束した。だから
サチの言葉に土蜘蛛達が顔を見合わせた。
復讐は
サチの
六花が言っていた通り
「一つだけ頼みが有る」
サチが土蜘蛛達を見回して言った。
「
「私が痕を付けた人間が
サチはそう言うと戸口に向かった。
サチが部屋を出ると、
「サチ! 待って!」
「あたしも行く!」
ミツとカズだ。
「あたしもハシの
「あたしもエガの仇を
「本気か? 無駄死に
サチが訊ねた。
「
「あたしも」
サチは
「……分かった。
「酒呑童子達の核は
「利用出来ないものは必要ない」
サチがそう言うと二人は頷いた。
夜、四天王は一人で見回りをしていた。
と言っても四人は
普段なら二人ずつに分かれて離れた場所を見て回っているのだが、今は土蜘蛛に襲われ
不意に季武の周囲で土煙が立った。
「来た!」
季武は抜刀しながら後ろに跳んだ。
跳んできた白い糸を太刀で切り裂く。
季武の声に綱達が駆け出した。
季武は納刀すると背中の弓を取った。
「季武!」
綱達が駆け付けてきた。
土蜘蛛は姿を見せない
「季武! 跳べ!」
頼光が叫んだ。
季武が跳ぶのとアスファルトの中から
土蜘蛛の牙が季武に届く直前、頼光の放った矢が土蜘蛛を貫いた。
土蜘蛛が消える。
立て続けに煙の中から白い糸が飛んでくる。
季武は脇差を抜いて糸を斬り払った。
頼光と四天王が煙に矢を放った。
「
頼光の声に四人が走り出す。
「
土蜘蛛は建物や人間を盾にしながら頼光の攻撃を
頼光も人混みで弓は無理だと判断して膝丸を抜いた。
人通りの多い道では人間を傷付けられない頼光達は思う
「綱! 後ろだ!」
先頭を走っていた頼光が前を向いたまま叫んだ。
綱が横に飛んだ。
土の中から飛び出してきた
金時が駆け寄って鉞を払った。
右側の脚を四本同時に失った土蜘蛛が動けなくなる。
断末魔の叫び声を上げて土蜘蛛が消えた。
土蜘蛛が後ろに飛び
綱達が追い
季武が続けて矢を射た。
土蜘蛛は糸を飛ばして綱達を寄せ付けない
季武も屋根を飛び移り土蜘蛛と並行しながら矢を射かける。
綱達も追い掛けていく。
頼光はマンションの屋上に飛び乗った。
上から周囲を見回した。
左斜め前方に工事中のビルが見えた。
季武は矢を射掛け続けた。
頼光はマンションから飛び降りると、土蜘蛛の死角に回り込んだ。
正面に
右側に
土蜘蛛が徐々に左後方へと追い立てられていく。
季武が右側から次々に矢を放つ。
綱は正面を空けない
髭切が土蜘蛛の脚の一本を切り落とす。
「ーーーーー!」
土蜘蛛が頼光に糸を続けて吐き掛けると、季武達が
土蜘蛛が四天王に気を取られた隙に頼光が
土蜘蛛が後退しながら工事現場に入ってきたとき頼光が膝丸を一閃させた。
ビルの足場が土蜘蛛に向けて倒れていく。
綱達が巻き込まれない
土蜘蛛も前に出ようとしたが季武が立て続けに放った矢を反射的に
土蜘蛛が鉄パイプや板の下敷きになって埋もれた。
頼光達が
季武が矢を
四人が近くまで行ったとき残骸の中から土蜘蛛が飛び出してきた。
四人が斬り付けるのと複数の矢が脇腹に突き立つのは同時だった。
「エリの
綱が斬り掛かろうとした時、
「綱、待て!」
「季武!」
綱が横目で睨んだ。
季武は土蜘蛛に顔を向けると、
「八田、
と言った。
「季武!
「見逃せとは言ってない」
綱にそう言うと、土蜘蛛に顔を向けた。
「お前は六花の友達だ。初めてで、
――…………。
「六花は見鬼だ。お前が
季武は一旦言葉を切った。
「お前は散々人を傷付けてきた。
そう言うと頼光を振り返った。
「頼光様、お願いします」
季武が頭を下げた。
「綱、頼む」
綱は髭切を構えたまま頼光に視線を向けた。
頼光が頷く。
綱は
「行け」
綱が低い声で言うと土蜘蛛は黙って姿を消した。
綱が
「頼光様、俺達も……」
「もう動けまい。
頼光はそう言うとマンションに向かって歩き始めた。
金時と貞光が後に続いた。
異界の草原に土蜘蛛の姿の
綱は
土蜘蛛の姿が消え、核が地面に転がった。
綱は
自分が砕かなくても
綱が
五馬が身体に貼り付けていた皮膚片だ。
エリ!
核が粉々に
綱は唇を
頼光達が
今頃は綱が核を砕いてるだろう。
八田五馬は
六花が再び五馬と会う事は無い。
八田がエリを喰わなければ……。
エリを殺したと知られなければ……。
季武は頭を振った。
どう考えても無理だ。
エリを殺した事を知らず、綱が核を砕かなかったとしても討伐されて異界へ戻れば上の者が砕く。
季武に出来るのは八田五馬は
二度と会えないのは同じでも、死んだと知らなければ
季武には
「毎日違うお料理作るのって難しいね」
六花はベッドの上で丸くなっているシマの隣に座り、スマホで料理を検索していた。
不意に何かの気配を感じて六花はベランダの方を振り返ったが何も見えなかった。
シマが六花を見上げる。
五馬と握手した時に熱を感じた所だ。
「五馬ちゃん……」
季武は綱が核を再生出来ない
もう、二度と会えないんだ……。
六花の頬を涙が伝った。
シマは黙って声もなく涙を流している六花を見上げていた。
月曜日、六花と季武は学校帰りに四天王のマンションに
「綱さんは……」
「五馬ちゃん追ってる」
「逃げられちゃったからね」
貞光と金時が答えた。
「酒呑童子達は捜さなくて
六花が訊ねた。
酒呑童子と茨木童子の核が
貞光達によると、核の状態だと見鬼以外の人間には見えないし、異界の者も
核の状態なら意識は無いから気配を消したりする事も無いが、何も出来ないからこそニュースに
復活させても酒呑童子達の手下にされるだけだ。
かと言って
四天王の任務は
だから核を探す任務を帯びた者が派遣されたらしい。
「綱さんは五馬ちゃんを見付けるまで帰ってこないんですか?」
五馬、と言う時、必死で声が震えない
季武は黙って六花を見ていた。
「俺達は任地から離れんの禁止されてっから」
「
「そうですか」
六花は頷くと料理を始めた。
季武に送られてマンション前に帰ってきた六花は、
「季武君、
と言った。
「ああ」
「綱さんが
六花が微笑んでそう言うと、
「……
季武はそう言って戻っていった。
六花は
季武はマンションに戻った。
「綱、明日からは隠れなくて
「え?」
「六花は気付いてる。俺達が嘘を
「…………」
「六花は分かってる。仕方なかったって」
見逃す事は出来なかった。
六花も
「バレてるなら嘘を
「…………」
六花は部屋に入るとベッドの上に乗ってシマを抱き上げた。
「五馬ちゃん、逃げちゃったんだって」
シマは
「綱さん、まだ五馬ちゃんを捜してるって言ってた。でも、ホントは……」
六花の目から
六花はシマの背中に顔を押し付けた。
「ごめんね、シマ。でも、季武君達の前では知らない振りしないといけないから……。私の
六花はシマを抱き
六花が泣き疲れて眠ってしまうまで、シマは大人しく抱かれていた。
馬鹿な六花。
土蜘蛛は四天王に近付く為に六花を利用したのだ。
利用されたのだから腹を立てれば
優しくする必要など無い。
愚かな異界の者達。
四天王も土蜘蛛も、下手な嘘を
騙しきれないなら最初から事実を教えれば
けれど、嘘の笑顔も
土蜘蛛の友情が本物に
イナは
何度踏み付けられ、騙され、裏切られ、傷付けられても、
多分
何が有ろうと、何度生まれ変わろうと。
季武は
だから四天王が一番長く見ている人間はイナだ。
季武以外の三人もイナの優しさに救われた事が何度も有った。
綱自身は自覚していなかったが、土蜘蛛の核を砕くとき
自分でも認識出来ないほど小さな迷い。
綱が見落としてしまうほど微小な片鱗。
上の次元の者は
土蜘蛛は
綱に話すかどうかは分からないが季武には告げるかもしれない。
聞いた所で土蜘蛛の生まれ変わりを知る
目印の無い人間を見分ける
当然、綱にも分からない。
仮に見付けられたとしても人間は殺せないし、殺そうとも思わないだろう。
六花が今世で土蜘蛛と再会出来るかは分からない。
知り合ったとしても年の差が大き過ぎて友達には
出会えたとしても土蜘蛛の生まれ変わりだと言う事は分からないから、そう言う意味では二度と会えない事に変わりはない。
だが土蜘蛛も
シマは
東京綺譚伝ー光と桜とー 月夜野すみれ @tsukiyonosumire
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