第九章 涙と光と ー後編ー

 五馬は復讐するよう頼まれて逃げ延びたものの、頼光はずっと異界むこう人間界こちらにはたまに来るだけだった。


 長い時が経ち、ようやく酒呑童子討伐の為に頼光が都に常駐じょうちゅうするようになった。

 北山の土蜘蛛の仲間になって頼光を襲う計画を立てたがあっさり返り討ちにった。


 敗走中、五馬は元々北山にた訳ではないから恐らく知られていないはずだと彼らの復讐もたくされ逃がされた。


 実際、五馬は北山の名簿に名前が無かったから逃げても追っ手は掛からなかった。

 しかし北山の土蜘蛛達全員で掛かっても敵わなかったのだ。

 五馬一人ではとても復讐は叶いそうにない。

 そんな時――。


「六花ちゃんがあの小学生に近付いた時の様子を見て、もしかしたら人間に転生させられてる強力な異界の者じゃないかと考えたの。それなら利用出来るんじゃないかと思った。まさか茨木童子だとは思わなかったけど」


 確かに、あの子と初めて会ったのは五馬ちゃんと一緒の時だったけど……。

 でも、あのとき五馬ちゃんは私が見鬼だって知ってたっけ?


 首をかしげた六花に、

「気付いてなかったの?」

 五馬が苦笑して言った。


「六花ちゃんと初めて話した時、わたし、隠形おんぎょうだったんだよ」

 六花は目を見開いた。

 あのとき五馬が驚いていたのは隠形なのに声を掛けられたからだったのだ。


「それで、あの子を鬼に……」

「そうだよ。けど茨木童子だけじゃ四天王が一人のところを襲っても太刀打たちうち出来なかった」

「酒呑童子の核を盗むのに協力したって言うのは……」

「茨木童子より強い鬼は酒呑童子くらいだから」

 つまり人を喰っていただけではなく核を盗む事までやっていたのだ。


「あの……、五馬ちゃん達や鬼がこっちに来るのって何か理由があるの? 頼光様達が悪い人だとは思いたくないけど、もしかして異界むこうから逃げたくなるような……」

「人間が美味しいから」

 五馬があっさり答えた。

 六花は驚いて五馬の顔を見詰みつめた。


「せめて迫害されてたって言えれば人間界こっちに来る言い訳になったけど、異界むこうの方が少しだけど次元が高いから人間みたいな種族間争いや差別感情は無いの」


 だが次元が高いと言っても異界の者も生物である事に代わりはないし、欲求が全く無くなるほど高位でもない。

 だから異界むこうの食い物より人間の方がうまいと聞いて壁に穴が開いてるのを見付けると人間界こちらへ来てしまう者がる。


 力が有る者だと意図的に壁をやぶって来る場合もある。

 そして一度人間の味を覚えたらもう異界むこうの物を食べる気にはなれなくなる。

 食べられなくなる訳ではない。


 ただ、麻薬と同じで人間を喰いたいと言う欲求にあらがえなくなるのだ。

 上の者は討伐する者を送り込んでいるが、それでもこちらへ来る者はあとたない。


「人間の気持ちなんて考えた事なかった。六花ちゃんみたいに、嫌いな蜘蛛でも意味も無く殺すのは良くないとか、自分の利益の為に誰かが死ぬのを願ったりするのが恥ずかしいなんて、そんなこと微塵みじんも……。それなのに仲間の復讐だなんて、綱が言った通り勝手だよね」

 五馬が自嘲じちょうするように言った。


 六花は鞄を握りめた。


 復讐なんかめて欲しいと頼みたかった。

 季武達のように人にじって人間として生き続けて欲しいと。


 けれどめても討伐はまぬがれない。

 季武は五馬が最近だけでも何人も殺したと言っていた。


 五馬がやった事はバレてしまっているのだから見逃してはもらえない。

 人間界こちらに来た理由が人間を食べるためだけだと聞いてしまっては逃げてくれと言う事も出来ない。

 まして人間を喰う欲求にあらがえないと聞いてしまった後では――。


「四天王だって人間を殺し続けるぐれ者を見逃す訳にはいかないよ」

 五馬が六花の心を読んだように言った。

 六花は俯いた。


 そのとき六花のスマホが鳴った。

 五馬はきびすを返して歩き出した。

 六花はスマホを取り出した。


「季武君、やっぱり西口の改札でい? 西口……で、えっと、見に行きたいお店があるの。私も今から向かうから。ごめんね」

 六花の言葉に五馬が足を止めて振り返った。

 スマホを切って顔を上げると五馬がこちらを見ていた。


「季武君、東口からあそこの店に来るって言ってたから……」

 六花が五馬の前方にあるファーストフード店をす。


 五馬は一瞬東口の方に視線を向けた。


 六花は何も言えないまま立ち尽くしていた。

 もう会えないかもしれない。

 いや、会ってはいけない。


 季武は五馬を討伐しなければならないし、六花も人を大勢殺してきた五馬の味方は出来ない。

 けれど別れの言葉は口に出来なかった。


「さよなら」なんて言いたくない。

 言ったら本当に二度と会えなくなりそうで言えなかった。


 人間を何人も殺したと聞かされても、それでも大好きだった。

 だましていたと聞かされても、あの巨大な蜘蛛が本当の姿だと知った今でも嫌いにはなれなかった。

 ずっと仲良しでたかった。


 一緒に出掛けて、お喋りして、笑い合って……。


 でも、それはもう出来ない。


 アスファルトが涙でにじむ。


 不意に五馬が六花に向き直った。

 五馬が握手を求めるように右手を出す。

 六花は躊躇ためらうことなくその手を握った。


 離れたくない。

 行かないで欲しい。


 六花の手に力がもる。


 すがるように、引き止めるように――。


 五馬も六花の手を握り返す。

 五馬の手は熱さを感じるくらい温かかった。


 やがて五馬が手を放した。

 五馬は黙って背を向けると新宿駅から遠ざかっていった。


 アスファルトに六花の涙が落ちる。


 季武はビルの影から六花と五馬を見ていた。

 この距離だから五馬も季武に気付いているはずだ。


 本来ならすぐにでも他の三人を呼んで五馬を倒さなければならない。

 けれど六花の目の前で戦う事はどうしても出来なかった。


 一対一なら五馬にも勝ち目があるかもしれないのに去っていったのは、彼女も六花の前で戦いたくなかったからだと思いたい。


 六花の気持ちを考えてくれたのだと。


 季武は五馬が雑踏の中に消えたのを見届けると西口の改札へ向かった。


 西口で季武と落ち合った六花は、頼光の好みを聞きながらデパートの食料品店を見て回った後、お茶を飲んでから帰ってきた。


 六花のマンションの前で別れを告げる為に季武と向かい合う。


 やっぱり、内緒にしてるのは良くないよね。

 もう五馬ちゃんは遠くに行ったはずだし……。


「あ、あのね……」

 六花が思い切って言おうとすると、季武がそれをさえぎるように優しく頭に手を置いた。

「またな」

 季武はそう言うと去っていった。


 季武君、知ってたんだ。

 知ってて見逃してくれたんだ……。

 二度も……。


 流石さすがにこれ以上は甘えられない。


 六花は唇を噛み締めるとこぼれた涙をぬぐいながらマンションに入った。


 部屋に戻った六花はベッドに突っ伏した。

 枕に顔を押し付けたまま声を殺して泣いている六花を、シマは不機嫌そうな顔で見ていた。


 夜――


 居間リビングに頼光と四天王が集まっていた。


「これから如何致いかがいたしましょう」

「もう呼び出しには応じないだろうな」

「六花を利用する事も無いでしょう」

 頼光は一瞬鋭い視線を向けたが何も言わなかった。


「ただ、そうなると捜しようがありませんが」

「酒呑童子達をすぐに再生させる事は無いだろうしな」

 頼光が言った。


何故なぜですか?」

 金時が意外そうに訊ねた。

「土蜘蛛達も酒呑童子が表立って我々と対決する気が無いと察しているはずだ。再生させたら次は土蜘蛛に居場所がバレない所に逃げると分かっているだろう。現代いまは他にいくらでも都会があるからな」


「酒呑童子を再生させないとなると……」

「土蜘蛛は何度も襲ってきたんだろう。おそらくまた襲ってくるだろう」

「つまり、今まで通り季武が囮と言う事ですか」

「そうなるな」

 頼光が頷いた。


 東京郊外――


 土蜘蛛のアジトの前に立ったサチは小さな巾着を黙って見詰めていた。

 やがてそれを握りめた。

 小石が粉々に砕ける。


 サチは巾着をその場に捨てると部屋に入っていった。


「これからどうする?」

 メナがサチに訊ねた。

 車座になった土蜘蛛達の目の前には酒呑童子と茨木童子の核が置かれていた。


「無策のまま、もう一度再生させた所で意味は無いだろう」

「元々鬼に頼ろうとしたのが間違いだったんだ」

 サチが言った。


「しかし、あたしらだけでは……」

「もうい」

「え?」

「お前達はどこかへ逃げろ。わたし一人で彼奴あいつらと決着を付ける。巻き込んですまなかった」

 サチが頭を下げる。


「一人じゃかなわないから、あたしらを仲間にしたんだろ」

「ここにる全員で掛かっても敵わない」

 サチの言葉に皆が口をつぐんだ。


「わたしは仲間達に復讐すると約束した。だからめる訳にはいかない。だがお前達は違う。他所よそへ行け。そこで討伐員に見付からないように暮らせ」

 サチの言葉に土蜘蛛達が顔を見合わせた。

 復讐はたくせない。


 かなえられない望みは呪縛じゅばくとなって生きている限り彼らを縛り付け、自滅へと導く事になる。

 サチのように。


 六花が言っていた通りいつまでたっても終わらない負の連鎖となるのだ。

 それはここで断ち切らなければならない。


「一つだけ頼みがある」

 サチが土蜘蛛達を見回して言った。

「なんだ」

「私が痕を付けた人間がる。彼女にだけは手を出さないでくれ」

 サチはそう言うと戸口に向かった。


 サチが部屋を出ると、

「サチ! 待って!」

「あたしも行く!」

 その声に立ち止まって振り返る。

 ミツとカズだ。


「あたしもハシのかたきを取るって決めてる」

「あたしもエガの仇をちたい」

「本気か? 無駄死になるのに」

 サチが訊ねた。


かなわなくて死ぬのは構わない。せめて一矢報いたい」

「あたしも」

 サチはしばらく黙って二人を見付めていた。


「……分かった。奴等やつらと決着を付けよう」

「酒呑童子達の核はどうする?」

「利用出来ないものは必要ない」

 サチがそう言うと二人は頷いた。


 夜――


 四天王は一人ずつで見回りをしていた。

 と言っても四人はそれほど離れてはいない。


 普段なら二人ずつに分かれて離れた場所を見て回っているのだが、今は土蜘蛛に襲われやすいようにわざと一人で歩いていた。


 不意に季武の周囲で土煙が立った。


「来た!」

 季武は抜刀しながら後ろに跳んだ。

 跳んできた白い糸を太刀で切り裂く。


 季武の声に綱達が駆け出した。


 季武は納刀すると背中の弓を取った。

 えびらから矢を抜くと飛んでくる糸をけながら煙に向かって射る。


「季武!」

 綱達が駆け付けてきた。

 土蜘蛛は姿を見せないように土煙を立てながら移動していた。


「季武! 跳べ!」

 頼光が叫んだ。


 季武が跳ぶのとアスファルトの中から土蜘蛛ミツが飛び出してくるのは同時だった。

 土蜘蛛の牙が季武に届く直前、頼光の放った矢が土蜘蛛を貫いた。土蜘蛛ミツが消える。


 しかしだ煙は消えてない。

 立て続けに煙の中から白い糸が飛んでくる。


 季武は脇差を抜いて糸を斬り払った。

 頼光と四天王が煙に矢を放つ。


 ようやく煙が消えた時、そこには何もなかった。

 しかし倒した手応えは無い。


「こっちだ!」

 頼光の声に四人が走り出す。

 土蜘蛛サチが逃げていくのが見えた。

た!」


 土蜘蛛は建物や人間を盾にしながら頼光の攻撃をけていた。

 頼光も人混みで弓は無理だと判断して膝丸を抜いた。

 人通りの多い道では人間を傷付けられない頼光達は思うように攻撃出来ずにいた。


「綱! 後ろだ!」

 先頭を走っていた頼光が前を向いたまま叫んだ。


 綱が横に飛ぶ。


 土の中から飛び出してきた土蜘蛛カズの牙が空を切った。


 金時が駆け寄って鉞を払う。

 右側の脚を四本同時に失った土蜘蛛が動けなくなる。


 そこへ綱が髭切を突き立てた。

 断末魔の叫び声を上げて土蜘蛛が消えた。


 土蜘蛛サチが一戸建ての屋根の上に飛び乗る。


 季武が矢を放つ。

 土蜘蛛が後ろに飛び退く。

 綱達が追いすがる。


 季武が続けて矢を射た。

 土蜘蛛は糸を飛ばして綱達を寄せ付けないようにしながらどんどん後ろに跳んでいく。

 季武も屋根を飛び移り土蜘蛛と並行しながら矢を射かける。


 綱達も追い掛けていく。


 頼光はマンションの屋上に飛び上がると上から周囲を見回した。

 左斜め前方に工事中のビルが見える。


 季武は矢を射続けた。


 頼光はマンションから飛び降りると、土蜘蛛の死角に回り込んだ。

 そこから四天王に目配せして工事現場に視線を向けた。


 正面にた綱が少しずつ右に回り、左の貞光が正面を開けないようにする振りでわずかに右にって左後方を空ける。

 右側にた金時が深く踏み込んでまさかりを振り下ろす。


 土蜘蛛が徐々に左後方へと追い立てられていく。

 季武が右側から次々に矢を放つ。


 綱は正面を空けないようにしながら右前方から髭切で斬り付けた。

 髭切が土蜘蛛の脚の一本を切り落とす。


「ーーーーー!」

 土蜘蛛が綱に糸を続けて吐き掛けると、季武達が攻撃する。


 土蜘蛛が四天王に気を取られた隙に頼光がそこから離れて工事現場に先回りした。


 土蜘蛛が後退しながら工事現場に入ってきたとき頼光が膝丸を一閃させた。


 ビルの足場が土蜘蛛に向けて倒れていく。

 綱達が巻き込まれないように後ろに飛び退いた。


 土蜘蛛も前に出ようとしたが季武が立て続けに放った矢を反射的にけようと後ろに下がった時、足場が土蜘蛛の上に落ちてきた。


 土蜘蛛が鉄パイプや板の下敷きになって埋もれた。


 頼光達が残心ざんしんの構えのまま足場の残骸に近付いていく。


 季武が矢をつがえて援護の態勢を取る。

 四人が近くまで行ったとき残骸の中から土蜘蛛が飛び出してきた。


 四人が斬り付けるのと複数の矢が脇腹に突き立つのは同時だった。

 それでも土蜘蛛は糸を吐いていたが致命傷を負っているのは明らかだった。


「エリのかたき!」

 綱が斬り掛かろうとした時、

「綱、待て!」

 いつのにかそばに来ていた季武が止めた。


「季武!」

 綱が横目で睨んだ。

 季武は土蜘蛛に顔を向けると、

「八田、異界むこうへ帰れ」

 と言った。


「季武! こいつが異界むこうへ行ったところで見逃す気は無いぞ!」

「見逃せとは言ってない」

 綱にそう言うと、土蜘蛛に顔を向けた。

「お前は六花の友達だ。初めてで、たった一人の」


 ――…………。


「六花は見鬼だ。お前が人間界こっちで死んだら六花は気付くかもしれない。だが異界むこうなら……」

 季武は一旦言葉を切った。

「お前は散々人を傷付けてきた。せめて友達の――六花の心だけはこれ以上傷付けないでくれ」

 そう言うと頼光を振り返った。


「頼光様、お願いします」

 季武が頭を下げる。

 それから綱の方を向いた。


「綱、頼む」

 季武が真剣な眼差しでそう頼むと綱は髭切を構えたまま頼光に視線を向けた。

 頼光が頷く。


 綱はわずかに躊躇ためらってから髭切を降ろした。


「行け」

 綱が低い声で言うと土蜘蛛は黙って姿を消した。綱がその後を追う。


「頼光様、俺達も……」

「もう動けまい。とどめだけなら綱一人で十分だ」

 頼光はそう言うとマンションに向かって歩き始めた。

 金時と貞光が後に続いた。


 異界――


 草原に土蜘蛛の姿の五馬サチが横たわっていた。

 綱はそこへ歩み寄っていくと一瞬の逡巡しゅんじゅんのち、髭切を突き立てた。


 土蜘蛛の姿が消え、核が地面に転がる。


 綱はそれを拾い上げた。


 これはぐれ者の核だ。

 自分が砕かなくてもすぐに役人がやってきて砕く。

 それなら自分が手を下す必要があるだろうか。


 綱が躊躇ためらっている時、自分の気配が足下を通り過ぎた。

 五馬が身体に貼り付けていた皮膚片だ。


 エリ!


 その瞬間、核を握り潰していた。

 核が粉々になる。


 綱は唇をめたまま風に吹かれながら立っていた。



 頼光達がなくなった後も季武はその場に立ち尽くしていた。


 今頃は綱が核を砕いてるだろう。

 八田五馬はこの世から消えた。

 六花が再び五馬と会う事は無い。


 八田がエリを喰わなければ……。

 エリを殺したと知られなければ……。

 せめてエリの振りをしなければ……。


 季武は頭を振った。

 どう考えても無理だ。


 エリを殺した事を知らず、綱が核を砕かなかったとしても討伐されて異界へ戻れば上の者が砕く。

 どうした所で六花は二度と八田五馬とは会えなかった。


 季武に出来るのは八田五馬はどこかで生きてると思わせる事だけだ。


 二度と会えないのは同じでも、死んだと知らなければいつかどこかでまた会えるかもしれないと希望を持っていられる。

 それとも、そんな期待をいだかせる方が残酷なのだろうか。


 季武にはどちらが正しいのか良く分からない。

 ただ、他に方法が思い付かなかった。



「毎日違うお料理作るのって難しいね」

 六花はベッドの上で丸くなっているシマの隣に座り、スマホで料理を検索していた。


 不意に何かの気配を感じて六花はベランダの方を振り返ったが何も見えなかった。

 シマが六花を見上げる。


 その時、右の手の平が熱くなった。

 五馬と握手した時に熱を感じた所だ。


「五馬ちゃん……」

 季武は綱が核を再生出来ないように砕くだろうと言っていた。


 もう、二度と会えないんだ……。


 六花の頬を涙が伝った。

 シマは黙って声もなく涙を流している六花を見上げていた。


 月曜日――


 六花と季武は学校帰りに四天王のマンションにやってきた。

 そこには貞光と金時だけがた。


「綱さんは……」

「五馬ちゃん追ってる」

「逃げられちゃったからね」

 貞光と金時が答えた。


「酒呑童子達は捜さなくていんですか?」

 六花が訊ねた。

 酒呑童子と茨木童子の核がまたうばわれたという話は季武から聞いていた。


 貞光達によると、核の状態だと見鬼以外の人間には見えないし、異界の者も偶々たまたま近くに行かない限り気付かない。

 核の状態なら意識は無いから気配を消したりする事も無いが、何も出来ないからこそニュースになるような事を仕出しでかしたりもしない。


 ぐれ者は核を見付けても再生はさせないだろう。

 復活させても酒呑童子達の手下にされるだけだ。

 かと言ってそこらの雑魚に酒呑童子や茨木童子の核を砕けるだけの力は無い。


 四天王の任務はぐれ者討伐だから五馬がどこに隠したかも分からない核を探し回っている暇は無い。

 だから核を探す任務を帯びた者が派遣されたらしい。


「綱さんは五馬ちゃんを見付けるまで帰ってこないんですか?」

 五馬、と言う時、必死で声が震えないようにした。

 季武は黙って六花を見ていた。


「俺達は任地から離れんの禁止されてっから」

「もし任地の外に出られちゃったらそれ以上は追い掛けられないからね。帰ってくるよ」

「そうですか」

 六花は頷くと料理を始めた。


 季武に送られてマンション前に帰ってきた六花は、

「季武君、これから鬼退治に行くんだよね」

 と言った。


「ああ」

「綱さんがなくて鬼退治、大変なんでしょ。早く行ってあげて」

 六花が微笑んでそう言うと、

「……すまない」

 季武はそう言って戻っていった。


 六花はその背を見送るとマンションに入った。


 季武はマンションに戻った。

 居間リビングで綱達が待っていた。


「綱、明日からは隠れなくてい」

「え?」

「六花は気付いてる。俺達が嘘をいてたら、六花もそれに合わせなきゃいけなくなる。だから、もうい」


「…………」

「六花は分かってる。仕方なかったって」

 見逃す事は出来なかった。

 六花もそれを理解してるから季武達の嘘に合わせたのだ。


「バレてるなら嘘をいても意味は無い。余計悲しい思いをさせるだけだ」

「…………」


 六花は部屋に入るとベッドの上に乗ってシマを抱き上げた。


「五馬ちゃん、逃げちゃったんだって」

 シマは身動みじろぎ一つしなかった。

「綱さん、まだ五馬ちゃんを捜してるって言ってた。でも、ホントは……」

 六花の目からあふれた涙がシマの上に落ちる。


 六花はシマの背中に顔を押し付けた。


「ごめんね、シマ。でも、季武君達の前では知らない振りしないといけないから……。私のために捜してる振りしてくれてるのに、気付いてるなんて知られる訳にはいかないから……。季武君達の前では笑ってないといけないから、だから……」

 六花はシマを抱きめながら声を殺して泣いた。


 六花が泣き疲れて眠ってしまうまで、シマは大人しく抱かれていた。


 馬鹿な六花。


 土蜘蛛は四天王に近付く為に六花を利用したのだ。

 利用されたのだから腹を立てればい。

 うらんで、憎んで、ののしればい。

 優しくする必要など無い。


 ゆるしてる価値など無いのに、六花は怒る事さえしない。

 ただの死をいたんで涙を流すだけ。


 愚かな異界の者達。


 四天王も土蜘蛛も、下手な嘘をくから六花も偽りの笑顔を作らなければらない。

 騙しきれないなら最初から事実を教えればい。

 どれだけ残酷な真実でも、本当の事を聞かされれば堂々と泣けるのに。


 けれど、嘘の笑顔も何時いつかは本当の微笑ほほえみに戻るだろう。

 土蜘蛛の友情が本物にったように。


 イナは何時いつもそうだ。

 何度踏み付けられ、騙され、裏切られ、傷付けられても、の相手に優しい手を差し伸べる馬鹿な人間。

 多分これからもそれは変わらない。

 何が有ろうと、何度生まれ変わろうと。


 季武は何時いつも必ずイナの生まれ変わりを見付け出していた。

 だから四天王が一番長く見ている人間はイナだ。

 季武以外の三人もイナの優しさに救われた事が何度も有った。

 ため、綱も知らない内にイナの影響を受けていた。


 綱自身は自覚していなかったが、土蜘蛛の核を砕くときほんわずかな躊躇ためらいが生じた。

 自分でも認識出来ないほど小さな迷い。


 些細ささい躊躇ちゅうちょで核を砕く力がかすかにゆるみ、欠片が一つだけ残った。

 綱が見落としてしまうほど微小な片鱗。


 上の次元の者はの欠片を人間の魂に変えた。

 土蜘蛛はいずれ人間として生まれてくる。


 何時いつか頼光もそれを聞かされるだろう。

 綱に話すかどうかは分からないが季武には告げるかもしれない。

 し聞かされれば季武が六花に教えるだろう。

 聞いた所で土蜘蛛の生まれ変わりを知るすべは無いが。


 目印の無い人間を見分ける能力ちからは頼光ですら持ってない。

 当然、綱にも分からない。

 仮に見付けられたとしても人間は殺せないし、殺そうとも思わないだろう。


 いくら愚かでも、核を砕ききれなかったのは六花イナの友達だと言う躊躇ためらいの所為せいだった事くらいは気付くはずだ。


 六花が今世で土蜘蛛と再会出来るかは分からない。

 知り合ったとしても年の差が大き過ぎて友達にはらないかもしれない。

 出会えたとしても土蜘蛛の生まれ変わりだと言う事は分からないから、そう言う意味では二度と会えない事に変わりはない。


 だが土蜘蛛もの辺りの人間として転生し続けるから、生まれ変わりを繰り返している内に何時いつまた知り合い、今度は人間同士の友達にるだろう。

 の時のイナの名前は六花では無いが。

 シマはゆるんだ腕の中から抜け出すと六花の身体に背を押し付けて丸くなった。

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東京綺譚伝ー光と桜とー 月夜野すみれ @tsukiyonosumire

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