第4話

 ある日、わたくしの元に警官がやってまいりました。

 昨年発売を開始したジャムクッキーについて聞きたいことがあるという話です。

 ですが、その警官の顔を見てわたくしと主人は察しました。

 ついにあのことがバレてしまったのです。


 そのこと自体に不思議はありません。

 誰かが気がついてしまえば、DNA検査でもしてしまえば、あのクッキーの主成分が忌まわしき寄生生物であることなど簡単に分かってしまうのですから。


 むしろここまで時間がかかったことの方がわたくしたちには意外でした。

 発売を開始して、一週間ほどは毎日いつ企みが明らかになってしまうのかとビクビクしていたものですが、一ヶ月も経てばその恐怖にも慣れてしまいました。



 あんな事件があったというのに人々はまだジャムクッキーを買うのだとわたくしは不思議で仕方がありませんでした。

 たしかに生のパラサイトクッキーを人知れず広めるために出来るだけ風味を豊かにして、あの粘菌質を活かそうとしっとりとした食感を追求しました。

 あの生物はジャムの中で休眠状態に入ると分かっていたので、仕込むのはそう難しいことではなかったのです。


 パラサイトクッキーが傷口などから体内に入るからと言って胃の酸に耐えられないことをわたくしは知っていました。

 ですので今回の騒動で新たに感染した人はそれほど多くないでしょう。

 しかし、全くいないとも思いません。

 だってそういう人たちがいないとわたくしたちと同じ苦しみにあう人が増えないではないですか。


 子供を作る能力を失ったと分かっても、わたくしたちの夫婦仲は良いままでした。

 ですが心の中に空虚さが現れるようになっていたのです。

 しかし、あの計画を考え始めてからは毎日にハリが出て、生活に彩りが生まれました。


 どうやったら世界中にパラサイトクッキーの恐怖を知らしめることができるようになるだろうか。

 どうやったら子供ができなくなる人たちをもっと増やせるだろうか。

 そんなことを考えると楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。


 主人も同じ気持ちだったようで、毎晩夜遅くまでオオニワトリの品種を改良する研究を続けておりました。

 彼のおかげで新たなクッキーが産まれまして、それが大変に美味だったものですから計画が大いに進みました。




 ⋯⋯さて、そろそろ行かねばならないようですね。

 これからわたくしたちは司法の裁きを受けることになりますが、全く後悔はありません。

 反省する気もありません。


 初めてパラサイトクッキーに出会った時の感動は今でも忘れることができず、開発したベンター博士に対する感謝の念は尽きません。

 クッキーを愛し、クッキーを広め、そしてそのしっぺ返しを喰らったに過ぎないのです。


 わたくしの卵子にはいまでもパラサイトクッキーが宿っております。

 わたくしはヒトの子供を作る能力を失ってしまいました。

 しかし見方を変えればわたくしはパラサイトクッキーの母になったのです。

 

 わたくしの人生はこれに出会って変わりました!



–––元農家のバイオテロリスト

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パラサイト・クッキー 藤花スイ @fuji_bana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説