第3話

 ある時、とあるクッキー会社からとびきり高級なクッキーが販売された。

 封を開けただけで香ってくるバターと果実の風味、非常に軽い食感、そしてこれまでに味わったことのないような滑らかな口当たり、それはパラサイトクッキーから生まれた最初のジャムクッキーであった。


 クッキーは飛ぶように売れた。不妊騒動により一時期はクッキー産業の衰退が見込まれた程だったが、そのサブレのあまりの美味しさに世の人々は意見を翻した。安全に使いさえすれば、パラサイトクッキーは本当に価値のある生物なのだという観念が人々に改めて芽生えた。だが、それは長くは続かなかった。



 

 会社員のトグルは話題のジャムクッキーを買った。

 クッキーにしては高価だったが、話の種になると思ったので後悔はしていない。二十枚入りだったので、その日は半分食べた。非常に美味しかったので、また食べようと思った。


 とても美味しかったので、次に食べるのは今の仕事を乗り切った後だな。と考えて、我慢することにした。そしてそのまま、仕事を乗り切った後も食べるのを忘れてしまった。たまに思い出しそうにもなるがやがて本当にわすれてしまった。トグルはそういうところのある男だった。


 それから一年がたった。トグルが大掃除のために戸棚を開くと、例のジャムクッキーの缶が入っていた。好奇心混じりで缶を開けると、そこにはぬとぬとしたものにまみれたクッキーが入っていた。悍ましいものがクッキーを餌に増えていた。怖くなったトグルは、雑誌の編集者をしている知り合いに話した。


 その編集者が実物を見たいと言ったのでトグルの家に遊びにきた。彼女はクッキーの缶を恐る恐る開け、確信したようにつぶやいた。


「これは、パラサイトクッキーよ。間違い無いわ」


 悪名高き寄生生物がそこで増殖していた。

 それは奇妙なほど静かに蠢いて、そして意思を持ってこちらの様子を伺っているかのような様子であった。

 しばらく眺めていると、突然トグルの足先から悪寒が走り、額から奇妙な汗が流れてきた。生物に備わっている尊厳が悲鳴をあげたような気がしたのだ。

 汗が止まらない。胃液が込み上げて、暴れようとしている。


「もしかして俺はこれを食べていたのか?」

「⋯⋯あなたこれを食べたの?」

「この缶に入っていたクッキーをだよ。君も食べたことぐらいあるだろう?」

「もちろんあるけれど、ただのクッキーだったわよ。あなたこそどうやってパラサイトクッキーを手にいれたの?」

「俺はそんなものを入手したことがない。話した通りクッキーを放置していたらこうなっていたんだよ」

「そんな⋯⋯嘘よ」


 彼女は顔を青ざめさせてわなわなと震え始めた。

 トグルの心にも得体のしれない恐怖が湧いてくる。


 自分はあんなものを喜んで食べてしまったのだろうか。

 美味しいと感じていた自分に対しても嫌悪感を抱く。

 目の前でゆっくりと脈動するこれを本当に自分は食べたのだろうか⋯⋯?


「俺は真実を知りたい。協力してくれないか」


 トグルは彼女の手を取り、まっすぐな瞳を向けた。

 決意に満ちた瞳を見て、彼女は不安ながらも頷いてしまった。

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