第2話

 わたくしが会社を立ち上げてから五年が経ちました。

 会社は軌道に乗り、今ではクッキーマニアならば誰でも知るお店となりました。はたらきにはたらき、ふと気がつくと三十歳を越えています。会社も安定してまいりましたので、時間を作り婚活をはじめました。


 十人に会い、二十人に近づく頃、わたくしはとても素敵な方と出会いました。

 その方もクッキーマニアであり、わたくしとは違ってジャムクッキー好きではありましたが、すぐに意気投合して付き合い始めました。彼はオオニワトリの育種に関わる仕事についておりましたので、わたくしの仕事に対する理解も深かったのが決め手となりました。


 今では彼が掛け合わせた新しいオオニワトリを使って、新しい風味のクッキーを開発しています。うちの会社のクッキーは、素朴ながらも微かにフルーツやスパイスの風味があります。そのささやかな香りが人気で、どこにも真似できないチョコチップクッキーだと言われております。


 彼との生活を続けるうちにわたしは子供が欲しくなってきました。彼と相談して子作りに励みます。しかし、いつまで経っても子宝に恵まれません。


 そこでわたくしたちは病院へ向かい不妊治療を受けることにします。最近では男性側の要因による不妊もあることが知られてきていますので、二人とも検査を受けました。その結果、わたくしも彼も子供を作る能力を失っていることがわかりました。


 わたくしの卵子を見てみると、中にクッキーのような構造体ができているそうです。その構造体はミトコンドリアという名前の大事なものを取り込んでいて、卵子としての機能を制限してしまっているようです。


  愛しい子供が生まれてくることはないとお医者様に言われた時、わたくしはいつのまにか震えていました。わたくしの中の本当に大事だったものが解けてなくなってしまったということを知ったからです。




 二年が経ち、さまざまなことが分かってきました。不妊は、わたくしの生きがいであったパラサイトクッキーが原因であったということです。お医者様の先生の話だと、手指にできた傷口から菌体が感染したのではないかとおっしゃっていました。


 社会は混乱していました。ここ何年かの発展でチョコチップクッキーに限らず、さまざまなものがパラサイトクッキーを使用して生産されるようになってきていたからです。


 多くは小麦製の焼き菓子の代替でしたが、近年ではポテトチップスのような風味のものを生産することができるようになり、世界的に注目されていたのです。


 わたくしは覚悟を決めました。もう起きてしまったことなのです。わたくしと夫の身体にはパラサイトクッキーが住んでいますので、怖くありません。チョコチップクッキーの文化を守るために、寄生のメカニズムを研究する方に協力することにしました。


 パラサイトクッキーに感染されても、月のものは止まりません。排卵されるたびにわたくしの卵子は採取され、凍結保存されています。旦那の精子も同様に凍結され、とても低い温度で保存されているそうです。


 わたくしたちはクッキー生産の傍で毎月病院に通い、検査とともに生殖細胞を採取されています。採取された細胞は世界中の研究機関に送られ、解析されているそうです。先月もわたくしの卵子を使用した研究の報告が有名な科学誌に掲載されたそうで、この現象の解明に役立っているようで嬉しいのです。


 ですが、時々虚しさも感じます。世のため人のためになるのは喜ばしいことですが、それは自分の幸せがあってこそでございます。もちろん子供が作れなくても幸せなご夫婦はたくさんいらっしゃると思いますし、わたくしたちのように子供が欲しくても作れない人々がいると思います。ですが、わたくしたちのように生き甲斐に子供を作る能力を奪われた方はいないのではないでしょうか。


 とあるアジアの国の地域では貧困層の半数がパラサイトクッキーに感染しており、そのうちの五人に一人が不妊だそうです。感染からの年月が長いほどパラサイトクッキーによる影響が強くなるため、感染初期は子供をつくる能力は保持したままです。


 そのような情報が出回ってから、いつ子供が作れなくなるか分からないということで、多くの人がパートナーを見つけ、子作りに励んでいるというのです。一気にベビーブームが訪れ、おんぶひもの供給が追いつかないほど、たくさんの子供が生まれているそうです。


 そんな人たちの焦りに同情しつつ、そんな人々の子供が生まれた喜びのエネルギーを少し食みつつ、わたくしは妬ましさを感じているのです。



–––元農家の娘

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