パラサイト・クッキー
藤花スイ
第1話
わたくし、チョコチップクッキーが大好きでありまして、三度の飯がチョコチップクッキーでも良いくらいなのです。できれば出来立てホヤホヤが良いのですが、毎日作り続けるわけにもいきませんので既製品で我慢しております。
このような鬱屈とした気持ちを抱えていたとき、非常に興味深い話を聞きました。巷で「パラサイトクッキー」という製品が話題になっているそうなのです。
こちら、扱いが難しいため認定試験を受けた獣医様の所でしかお願いできないのですが、手術によって、オオニワトリが毎日卵の中に入ったクッキーを産んでくれるようになるんだそうです!
わたくし、あまりの歓喜に目がくらみました。
とは言いましても、費用もかかりますし、簡単に決められるものではありません。
人づてに噂をたどりまして、パラサイトクッキー購入者を見つけました。その方はとても丁寧な方で、「何でも聞いてくれて構わない」と対応してくださったのです!
話を聞いているうちにわたしが真剣であると気づいたのか、お家でとれたてのチョコチップクッキーを食べさせてくれると言うではありませんか!!!
わたくし喜びに震えました。
早速お宅に向かいまして、高級な菓子折を持って––もちろんクッキーでございます––ご挨拶させていただきました。
リビングに案内されると、そこには今朝取れたばかりだという大きな卵が置いてありました。
卵を割ると見事なチョコチップクッキーが出て参ります。
「どうぞ」との声のあと、ひとかじり。
まぁ、なんで美味しいんでしょう!
わたくし、あまりの美味しさに涙を流してしまいました。
甘さ控えめでちょっとビターな立派なクッキーでございました。
どうやら餌に拘りがあるようで、飼料に椎の実と海藻を混ぜることで、ほろ苦さの混じった大人の味になるのだそうです。
わたくし、感激いたしまして「パラサイトクッキー」を購入することに決めました。
実家は農家でございまして、老いた両親が畑を縮小していましたので土地が余っております。仕事もやめて、実家から通える残業の少ない仕事に変えました。
パラサイトクッキーを購入するとなりますと、まずはオオニワトリの品種を決めなければなりません。
業者に相談すると、初心者はイビサ種と呼ばれる黒い鶏が良いだろうと言っていましたが、この鶏から取れるクッキーは甘味が強くサクサクしっとりであるのだそうです。わたくし、もうすこし素朴な味が好みでありますので、飼育が難しいかもしれませんがオーハン種という鶏を買うことにいたしました。
実家に帰り、砂遊び用の場所を作ったり、小屋を建てたり、柵で囲ったりと大忙しです。そして、いよいよパラサイトクッキーの導入です。
オオニワトリは本来、気性が荒く攻撃的な品種が多いのですが、パラサイトクッキーを導入すると人(鶏)が変わったように大人しくなるのだそうです。
今回は十五羽ほどのオオニワトリにパラサイトクッキーを接着する手術を行います。
まずはオオニワトリを麻酔で眠らせます。そして、腹部の羽根を抜きまして、真皮にメスで切り込みを入れた後、掌大のパラサイトクッキーを縫い付けます。
パラサイトクッキーは、遠くから見るとツヤツヤしたチョコチップクッキーのように見えますが、間近で見てみると微かに脈動しておりまして、非常に強いエネルギーを発しています。
わたくしは、自分のオオニワトリが一羽一羽クッキーの種を植え付けられている姿を目に焼き付け、そしてクッキーの神に祈りました。
手術が終わってから三日は経過観察のために獣病院に入っていましたが、定着を確認したと言われましたので実家に運び入れます。
一週間ぐらいは普通の卵を産むのですが、一度中身が変わるとそれ以降はクッキーを産み続けると聞いております。
五日、六日と毎朝ワクワクしながら卵を割り続けましたが、一向にクッキーは現れません。
七日目の朝、七個目の卵を割った時、やっと出現いたしました。
割りたての殻からは、香ばしいチョコチップクッキーのにおいが立ち込め、わたしを恍惚とさせます。
「サクッ」
噛み締めた時の感動といったら、とても言葉では表現できません。
その日、わたくしは三枚のクッキーを平らげ、この世に存在する全ての生命に何度も何度も感謝を捧げました。
生命の何と素晴らしいこと!
極上のクッキーを生んでくれた可愛いオオニワトリちゃんたち!
わたくしは日が暮れるまで彼女達を撫でました。
撫でて撫でて友達になれるように毎日祈りつづけます。
◆
わたくしがオオニワトリを育て始めてから三年間が経ちました。この間、クッキーの味を磨き続け、今では五百羽のオオニワトリを飼っております。ここまでになりますと流石に他の仕事はできませんので、以前の仕事はやめてチョコチップクッキー生産に従事しております。
わたくしの所のチョコチップクッキーは非常に好評でございまして、高級な価格で販売しています。
クッキーファンの間では知る人ぞ知るブランドということになっているそうで『月刊 クッキーマニア』の取材も四度ほど受けました。
来年からは、飼育が難しいと言われているシルキーブラックボーン種を購入致しまして、さらにラグジュアリーなクッキーを作成しようとしております。
数年前まで、わたくしはうだつの上がらないただの会社員でございました。それがあっという間にクッキー生産に取り憑かれ、仕事を変え、オオニワトリに囲まれ、今ではクッキー販売会社の社長です。
わたくし、「パラサイトクッキー」には本当に感謝をしてもしきれません。「パラサイトクッキー」に出会えたことで人生が変わりました。あの時、一歩踏み出して本当に良かったと思っています。
この世の生命の神秘、そして「パラサイトクッキー」を発見・開発なされたベンター氏に惜しみない称賛を贈らせていただきたいと存じます。
–––とある農家の娘
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