万能の名探偵

結騎 了

#365日ショートショート 204

「こちらの探偵さんは、どんな事件も絶対に解決できると聞きました」

「はい、その通りです。うちの事務所の探偵、つまり私の上司にあたりますが……。彼はどんな難事件も絶対に解決します。名を、完野かんの壁ノ介へきのすけといいます」

 ずるりと、氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーを喉に流し込む。依頼人とのこの手の押し問答を、私はあと何度繰り返せばいいのだろう。

「ですから、ぜひ今回の依頼を引き受けていただきたく。私は、父と母を殺されたんです。犯人の目星もついています。しかし、警察は証拠が不十分だとまともに取り合ってくれません。お願いです、完野探偵に調査を依頼したいのです」

 依頼人は必死だった。その額には緊張と熱意で汗が浮いている。

「確かに、うちの完野はどんな事件も解決します。仮にあなたの目星が外れていたとしても、別の真犯人を探し出すことでしょう。これまで解決した事件はゆうに300件を超え、日本の警察ばかりか、欧米の大手調査機関からのオファーも絶えません。それほどに、確かな実力を持ち合わせています」

「でしたら……」

「しかし、その……。調査をすれば、絶対に解決できるのです。できるのですが。うむむ」

 どう答えたものだろう。依頼人は私の両手を硬く握り、涙目で懇願してきた。遂には立ち上がり、全身全霊の土下座まで披露してみせた。しかし、私に出来るのは歯切れの悪い答えを繰り返すのみだった。


 やっとの思いで依頼人を追い返し、事務所の奥、名探偵様の自室をノックする。

「先生、えーっと、完野さん。そろそろ依頼を受けないと生活が危ういですよ。ねぇ、完野さん。聞こえているでしょう」

 返事を待たずに押し入るようにドアを開けると、豪勢なダブルベッドの中央、毛布にくるまってもぞもぞと動く名探偵がそこにいた。

「先生、ほら、もう夕方ですよ。そろそろ起きましょうよ」

「うるさい」。布団の奥から、蚊の鳴くような声が聞こえた。「僕が重度の睡眠障害なのを知っているだろう。今日はずっと寝ていた。でも眠い。なぜ寝れないのか考え始めたら寝れなくなってしまった。睡眠障害の世界は奥深いぞ。嗚呼、眠い。どうしようもなく眠いんだよ。寝かせてくれ」

 そうか細く怒鳴り、布団がぎゅっと縮んだ。意地でも出てこないつもりだ。

 はぁ…… っと大きなため息をこぼす。

「事件と向き合えば絶対に解決できる名探偵、完野壁ノ介。どうやったらそれにもう少し向き合ってくれますかねぇ。全く……」

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万能の名探偵 結騎 了 @slinky_dog_s11

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