アレコレ屋
三年前、町はずれにあるガラクタ屋をアレコレ屋と称して様々なガラクタでしかない一見必要性を感じさせないものを多く販売していたお店があった。その店長はお爺さんで、二〇年ぐらい経営して今はもう潰れてこの場はもう既に平地になっている。私はJKになった自分の姿を見せにこの場に足を運んだ。手に一杯ガラスや手ぬぐいなどの詰め合わせで作った花束を持って。
「勲さんはいつも言っていたよね。」
私は大きく吸って陽ざしを多く含んだ緑の匂いを噛みしめる。需要もクソもないようなものばかり売っていた。それを愛おしそうな表情で買う姿や懐かしみに哀しみが混ざったような複雑な顔をして商品を撫でてこの場に置いて去る者など、多くの人を私はこの場で見ていた。その人たちの大半は女性で興味本位でやって来る男子グループもいた。そして必ず、彼らは必ず店を出て行く頃にはお爺さんにお礼を言ってここを去るのだ。私にはそれが理解できなかった。そんなときにお爺さんは毎度こういうのだ。
「くだらないものこそ心に残るものだよ。」
だってさ。よく分からないよね。
私は口角を上げて花束を抱きしめてた。
まだ小学生だった自分は一人でこの場所にやってきていた。元気な勲さんはいつも飴をくれた。今日も暇で飴目当てでアレコレ屋にやってきた。飴を貰うと店内を見回して時間を潰す。これが毎回のルーティンみたいなものだった。すると、この日はふくよかなおばちゃんが何かを探していた。
「どうしたんですか?」
話しかけると、彼女はニコッと笑いかけてくれた。
「お嬢さん、こんにちは。今ね、腕時計のベルトないかなって探していたところなのよ。」
それを聴くと私は店員のように店内を案内した。腕時計用のベルトが乱雑して大量に収納されたボックスを手に取って彼女に渡した。
「あらあら、ありがとうね。」
と言って、感想を一つ一ついいながら手に取って自分の時計と合わせてみながら探していく。ある柄のベルトを見つけた時目を細めて懐かしそうに撫でていた。
「懐かしいねえ。昔旦那がお金がないときに必死にお金をかき集めて買ってくれた腕時計のベルトに似てるわ。これにしようかしら。」
彼女は手持ちのバッグからチョコを取り出して分けてくれた。私はきちんと感謝を伝えてレジの方に向かう。
「勲さん。おチビちゃんをバイトに雇ったの?」
お爺さんはガハハッと笑って事の経緯を話し始めた。
「そうなんだよ。毎回律儀に来てくれてさ。この子曰く、ガラクタを売るなんて意味が分からないからここにきて観察するんだってさ。まだ小学生なのに分からないことを分かろうとするなんて偉いよなあ。」
彼女は「まあ。」と言いながら口元に手を当てて微笑んでいた。彼女がこの場を離れると、お爺さんは私に話しかけた。
「小娘。言っとくが、ガラクタを売る理由はあっても、買ってくれる意味は俺にも実は分かっとらん。」
これもお爺さんの口癖だった。お爺さんはいつも私の事を小娘と呼ぶ。今思うと失礼な爺さんだなと思うよ。そして、またいつも道理訊いてあげる。
「じゃあ、どうしてガラクタを売るの?」
「嫁が物には想いが残るものなんだっていつも言い聞かされていたんだ。だから、売るのは良くても捨てるのはダメなんだとさ。」
その言いつけを守っているお爺さんがカッコよくも思うけれど、それよりもくだらないなと思う。今でも思っているよ。
別の日には若い男が来店した。どこかソワソワしていて落ち着きがなかった。それでも容赦なく彼の集中力を阻害するように話しかけた。
「あの、何を探しているんですか?」
いつもより強い口調で話しかけるものだから、彼は呆気にとられて少し気後れしていた。少々悩んでいたが、やがて気持ちを立て直して言った。
「彼女のプレゼントでハンドメイドしたくて、何かないかなとここまでやって来たんです。」
年下に話しかけるには律儀すぎる話し方だった。それでも私は何の気なしに店内をスタスタ歩いて案内する。
「これはどうでしょう。」
私が指さした先にはガチのガラクタしかない棚だった。角を削って安全にしたガラスや、沖縄で取れた星の砂、木の枝などここで買わなくてもよさそうなものばかりだった。
「シーグラスですか?」
彼は私が指さした先を追い見つけたものを口にした。そしてまた考え出した。見る見る内に眉間に皺が寄っていく。
「俺が作ったものなんて受け取ってくれますかね?」
それ小学生に訊くか?と突っ込みたくなったが抑えた。
「受け取りはするんじゃない?常識人なら。」
辛辣な回答に唾を飲み込む音が聴こえた。
「やっぱり喜んではくれないですよね。」
肩を落とす彼を見てこいつヘタレだなと小学生ながらに思っていた。
「何言ってるの?喜ぶに決まっているでしょ?」
彼はパッと私と目を合わせた。それは期待の眼差しだった。
「プレゼントはね。一生懸命相手の事を考えてくれるから嬉しいんだよ。頼んでそれをくれるのはサンタだけでいい。」
すると、彼は何かに気が付いたようでまた真剣に悩み始めた。私は役目を終えてこの場から離れお爺さんと談笑していた。三時間くらいか。だいぶ時間が過ぎていた。お爺さんとの談笑は面白いからか時間など忘れていた。そういえば彼はどうしたんだろう。気になり始めて様子を見に行こうかと思ったがそれは必要なかった。彼はこちらに近づいてきたが、手には一つも商品を持っていなかった。
「すみません。あんなに相談受けてもらったのに商品を買わないことにしました。」
そしてまた話を続けようとするが、お爺さんはそれを遮った。
「いいんや。いいんだよ。それでいいんだ。何か大切なことに気づいたんだろう?」
彼はすっきりした表情をして「はい。」と返事をした。そして私には相談料として三〇〇円手に渡された。小学生のお小遣いとしては丁度よかった。ついでに彼の話を聞くと、彼女は幼馴染らしく昔親同士の繋がりもあって旅行に行ったことがあるらしい。そのときに買ったものを使わずとっておいたのが形を変えて渡すことにしたらしいといった内容だった。とにかく、納得いく形に決まって良かったなと思った。最後に名前を聞かれたので答えた。
「君、名前はなんていうの?」
「さえ。」
「可愛い名前だね。」
彼の口調は柔らかく、このときだけ子どもに話しかけるような口調で言っていた。
「本当にいろんな人がいるね。」
お爺さんはウンウンと嬉しそうに頷いた。そういえばお爺さんの奥さんについて一度も訊いたことがないなと思ったので訊いてみた。
「嫁に興味を持ってくれるのかい。嬉しいねえ。天国で今頃喜んでるよ。」
と言って、またガハハと笑った。
「嫁はねえ。心臓病で亡くなったんだ。一瞬だった。その日は朝元気に起きて元気に仕事場へ行ったんだよ。それはもう、いい表情で。なんでだと思う?」
私は分からないと言ったふうに首を横に振った。
「朝のニューステレビの星座占いで一位だったんだよ。」
つくづくくだらない理由だと思った。もう慣れたけど。
「そしたら午後の五時ぐらいだったかな。俺の職場に電話がかかってきて、嫁が倒れたって。俺は搬送された病院へ急ぐ間色々考えたよ。考えが嚙み合わなくてなんども喧嘩したことばかり記憶が蘇っていた。その中でもね。一つだけはっとしたことがある。嫁がよく言っていた物に想いが残る意味が、いなくなって分かったんだ。喧嘩していたときに身に着けていたものは俺がプレゼントしたものばかりだった。仲直りしたときはよく嫁が特に美味しい料理を作ってくれたんだけど、その器にも多くの懐かしい記憶が宿っていた。」
私は正直に
「分からない。」
と言った。ならどうして、それらを売るのだろうか。ここにあるものの大半はお爺さんの家にあったものばかりだと訊く。記憶が宿っているのなら手元に置いとくことだろう。
「そうだな。まだ十桁になったばかりにの年の君には分かるには早いかもな。」
お爺さんはそう言って私の頭を撫でた。
それからと言うもの、次から次へと様々な人が来店した。本当に年や性別関係なく、ときには犬や猫、鳩などの動物もこの場に足を運んだ。それから、事態は一変する。中学に入る直前まで、このアレコレ屋を好まないガラの悪い人たちがこぞって「閉店しろ。」と言ってきた。「閉店しなければ殺すぞ。」と、物騒な物言いをするものまでいた。私は怖いからお爺さんにもう店閉めようと言い続けた。それでもお爺さんは店を開け続けた。ある時、何を悟ったのか私をこの場に来させなかった。温厚なお爺さんが珍しく凄い剣幕で、それはそれは抗えなかった。中学の入学式の夜、事件は起きた。晴れやかな日とは逸脱し、ここにはここの世界があるのだと主張された気分だった。
ピーポーピーポーとサイレンの音が響き渡る。
「離れてくださーい。」
「危ないので離れて下さい。」
拡声器にから発せられた声は耳にこびりついて今でも離れない。急いで見に行ったアレコレ屋は炎に包まれて消失していった。消防が必死に火を消すが、灰で黒くなった外壁が明るみになり絶望した。
「お、終わった...。」
ここに住むお爺さんも助からなかった。火が消えて灰まみれになって崩れたアレコレ屋を警察と共に訪れた。ガラクタは半分が燃えて原型を失っていた。それでも、私は脳裏によぎっていく会話よりも、この物たちの方が脳を支配していた。ああ、そういうことか。
理解したところでお爺さんは帰ってこない。
「ちょっと、分かるのが早かったかな。」
あれからと言うもの、私はガラクタを集めて色々な人をかき集めて色々なものを作って販売する用意を始めた。彼らはこのアレコレ屋に助けてもらった恩を返したいという思いから私も賛同して多くの物を作り上げて明日新たなアレコレ屋が誕生する。そのことを今日、伝えに来たのだ。
「お爺さん、待たせたね。」
お爺さんが物を売る理由が分かったよ。懐かしいものが手元にあったら未来に進めないもんね。記憶を多く含んだものはいづれ役割を果たし、また別の人の手元に渡って記憶を重ねていく。お爺さんとその奥さんはそれが言いたかったんでしょう?
そして、またこういうのだ。
「くだらないね。」
くだらないことこそ、意味があるんだ。
次の更新予定
3日ごと 16:00 予定は変更される可能性があります
総合短編集(フィクション) 衣草薫創KunsouKoromogusa @kurukururibon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。総合短編集(フィクション)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます