ゆうとさん

 私は呪われているかもしれない。

 純粋な気持ちで活動していた運動部での思い出はいつしか黒歴史になった中学3年間。中学3年から高校一年にかけて病んでいたところにもう1人の闇の自分が空想の中で作られた。何度も何度も「諦めな。」だとか「もう全て終わりにしなさい。」だとか好き勝手に語りかけてくる闇の私。現在、高校三年にして、闇の私は姿を消した。はずだった。

 電車に揺られて窓の外の夕方の景色を見ていると唐突に口から言葉が出た。

「死にたい。」

掠れて音になりそうでならないような。だから周りが不思議がる様子もなかった。もう1人の闇の私に憑依されたような気持ちが悪い感覚に襲われた。実は意味もなく死にたいと思うのはこの日が初めてでは無い。何度か思う度に焦りが出てきた。このまま死にたいと思い続ければいつか本当に死にたいと思って死んでしまうかもしれない。不安に煽られ足が竦む。そんな時だった。


 『自転車の鍵失くした』


 これまた唐突にスマホのバイブ音が鳴った。支配された感覚が一瞬にして途絶え意識が送られてきたチャットに切り替わる。助かった。鼻息荒く、ドクドク波打つ心臓が死にたくないと一生懸命鳴いていた。


 これから私が語るのはくだらなく本当にどうでもいい日常のお話。

 人生にとって小さな思い出が実は大切だったりする。


―――・・・


 『は?』


チャットに書かれていたメッセージを何度も読み返す。ダメだ訳が分からない。これを送られてきた相手は隣のクラスの異性の友人。高校生になってから出会った人の中でだいぶ仲は深まった側だ。この人は珍事件が多すぎる。毎回毎回人並み外れた天然事件が多発するものだから面白くて仕方がない。そろそろ慣れて来たかなと思っていたこの頃、舐めていた。この人の天然さを。


『どうすんの?それ』


とりやえず何かしら送信しとく。そもそもどうして私に送ったのかが分からない。本来なら『知るか。』と送りたいところを今まで世話になった数々の思い出を脳の隅から引き出して少しは話を聞いてあげようと思うに至る。


『マジでやばい

駐輪場の人に聞いたけどない、て

歩いて帰るわ』


(あらま...。)

単純に可哀想だなと思った。でも、本当にどうして私にこんなこと報告してるのだろうか。とてもらしくない。


『そもそも朝自転車に乗って降りたときからバックの中開けてない。』


(それは嘘だろ。)


『なんでだろ

不思議すぎる』

『雲がなさすぎる』


"雲?"と、一瞬何を言っているのか分からなかったがすぐに答えが頭に浮かんだ。


『訂正

運がなさすぎる』


こういう誤字は日常だ。別に驚くことではない。ただ、普通はやらないであろう誤字をするものだから面白い。自分の中の小悪魔的何かがうずいて少しからかってやろうと文字を打つ。


『雲は見た感じ確かにないかな。』


嘘はついていない。しっかりと窓の外を確認してから送信した。


『親にしばかれる』


どうやら無視されたようだ。仕方ない。また今度会ったときにもう一度からかってやろう。


『マジか』

『ちなむとこの間もなくした』

『えー…抜けすぎじゃない?』

『しかもそん時見つかった場所が俺が行ったことがない場所だった。』

『なぜ?怖いんだけど』

『それな』


今日の会話はこれでお終い。ちなみに私の名前はすみれ。そして、私は彼の事をゆうとさんと呼んでいる。一年の時の同クラスで唯一、日常的に分け隔てなく話す友人であった。友人であり同年代でありながら、私にとってお兄さんのような存在。天然で抜けすぎてはいるけれども私も人の事言える口ではない。ゆうとさんとの仲を少し話すとすれば、仲良くなったのは丁度自分が病んでるときだった。そんなときでも変わらぬ温度差で接してくれた。だからこそ、いまでも仲良くいられる理由だった。そして、早二週間が過ぎる。


 「ギャハハハハハハハ・・・・・!!!マジかよ!ゆうとさん!」

駄目だ。笑いすぎてお腹痛い。ほぼ忘れかけていたところに、ゆうとさんが鍵を見つけたという報告を受けた。教えてくれたのは数学の授業前。AクラスとBクラスで二つのクラスのメンバーが分かれるため一時的に同じ教室で授業を受けるので話す機会できるのだ。そして、私がこんなにも腹を抱えるほどに笑っているのかと言うと、

「水谷!水谷!ゆうとさんがね。」

「言うなって。」

去年同じクラスだった男子、そして今年はゆうとさんと同じクラスの水谷に話そうとすると止められるが水谷は興味津々なようで「なになに?」と詰め寄られる。

「ゆうとさん鍵見つかったんだって!その鍵がどこにあったかと言うと、近所の犬小屋の中!」

「犬持ってった?」

水谷が冷静なツッコミをすることにより、ゆうとさんは深く溜息をついていた。


―――・・・


 私は人前で涙を流すことがない。それはみんなそうだと思う。でも、たまにいるんだよね。体育中に私の仲がいい友達で構成されたグループに一人で来た女の子が目の前で泣いていた。理由は省かれてる感がしたんだってさ。自分は配慮してるつもりだった。でも、できてなかったんだってさ。私も友達の前で泣いて慰めてほしい。でも、そしたら周りが迷惑するの分かってるから泣かない。一日だけ、塾が早まったから先に帰るねって、嘘ついて先に帰ったことがあった。学校で悲しいことがあって、早く泣きたかったから早く家に帰った。それまで涙を耐えるのは辛かった。枕を涙で何度も汚して疲れ切って寝る。どうして、あの子はそれが許されて私は許されないんだろう。本当はそんなこときっとない。自分が人前で泣いたって誰かが慰めてくれる。でも、それが気に喰わない。知ってる。矛盾してる。だから、勝手に嫉妬して辛い自分は表に出さず元気なふりをしていた。人前では大丈夫なふりをして家では枕をずぶ濡れにして。特別楽しいこともない毎日に辟易しながら時間が流れていたら、気付かないうちに病んでいた。知らなかった。


 ある日、こんな過去の映像が頭の中に流れた。何もなかった中学3年生の時の記憶を振り返ると、ゆうとさんのくだらない話を聞けるだけ、今は幸せだなと思った。




―――・・・



 自転車の鍵が見つかった話の続きは別の日の帰りのバスの中でした。ゆうとさんと同じクラスではないが家の方面が同じなので一緒に帰れるこの時間は私にとって貴重だった。

「ねえ、どうして私に送ったの?」

ゆうとさんはあんなにもどうでもいい話、というかいじられネタを自分から与えるような人ではない。何故ならそんなのなくても普段からいじりネタは溢れているのだ。本人ももう諦めてはいるがこんな天然はもう辞めたいとは思っては居るらしい。私としてはなくなってほしくはないとは思ってはいるけれど。

「君、てアイコン白いじゃん。親のアイコンも白いから間違えて送っちゃった。」

ほらね。天然でしょ?

「そんなことだろうとは思ったよ。じゃあ、私のアイコン変えてあげるよ。何にしようかな。」

ゆうとさんは別にいいとは言っているが、私もあまりいじりすぎては可哀そうだという思いから変えてやった。あれからこちらに間違えて送ってくることは一度あったが、それ以来一度もない。それでも一度あるところがゆうとさんらしいと思ってまた笑った。それからまた別の話題になる。私たちの共通の話題と言えば一年のときの元クラスメイトの話だ。特にゆうとさんが仲良くしていた友達は、だいたい私も会話したことがあるので話題にしやすい。この日は誰と誰が一番早く結婚しそうか話していた。安心んしてくれ。気が早すぎる自覚はある。話題がないんだ。その中で一番に上がったのは背が高く、可愛さが混ざるイケメンだった。私はその人の事をロマンチストだとからかい半分面白さ半分本人に言っていた。

「まあ、あの人はそうね。一番無難よね。」

私は感想を述べるとゆうとさんもウンウンと頷く。次に出たのはザ、イケメンの男だった。

「あいつは絶対結婚しないだろうな。」

「そもそも付き合うのも興味ないらしいしね。顔だけで食っていけそうだけど。」

そいつはきっと自分の顔面偏差値を理解している。だから私は好きとか嫌いとか置いといてお調子者だなといつも思っていた。そういえば折り紙で鶴の折り方教えたなと話しながら思い出した。この小さな思い出も突拍子すぎて役に立つことはないだろうけど、思い出すと彼の手元の不器用さを思い出してゆうとさんに気づかれないように自分の口を手で隠して笑った。だいたい結婚しそうな人を出すと今度は自分たちの話になった。

「ゆうとさんは私と結婚しなきゃいけない、てなったらする?」

ゆうとさんは迷わず言った。

「まあ、君なら全然してもいいかな。」

ゆうとさんは恋愛事態に興味がないようでこういうことも平気で言う。私はゆうとさんと同じ家に住む想像すると笑いがこみ上げてきた。悪くない。毎日りくとさんの珍事件が見れそうで楽しそうだなと思った。

「私とゆうとさんが結婚したら老夫婦になりそう。」

「まあ、それはそれで楽しいんじゃない?」

ゆうとさんも同意だったことに少し喜びがこみ上げてきた。もちろん私たちが結婚することなんて絶対にないと分かっている。それでも彼の警戒心がないだけかもしれないけれど一緒にいることに不快感を覚えていないことが何よりも嬉しかった。

「縁側で喋りながら緑茶飲んでそう。」

「ガチ老夫婦じゃん。」

私はパッとうかんだ光景をいいながら、それも悪くないと思った。


―――・・・


 唐突に「死にたい。」と、寝る前に思った。まただ。また憑依された感覚に襲われる。中学三年は寝る前は声を殺して泣いてばかりだった。それが、三年も経っていないが微妙に続いていることが余計に不安を煽る。わなわなと震える声に乗せてでてきた字人物は自分でも驚いたことにゆうとさんだった。実は、ゆうとさんと話す機会は他の女・男友達合わせてあまり変わらない。ゆうとさんにばかり頼らないように調節していたというのに、それでもでてきた人がゆうとさんであった。そしてもう一つ、今日の帰りに自分が言った、「縁側で緑茶飲んでそう。」という自分が言った言葉も思い出した。


「そうか。私・・・。」


なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。私が死にたいと思っていた理由は未来を期待していなかったからだ。闇の私と勝手に名前を付けていたもう一人の自分は無理やりにでも暗い自分に戻そうとして思ってもいない「死にたい。」を口にさせていたのか。全て辻妻が合った。そして今は?


「生きたい・・・。」


老人になったらゆうとさんと縁側で緑茶を飲む夢。他人が訊いたら「飲めば?」と言われるかもしれない。でも、絶対に生きてなきゃできないことだ。その夢が、未来に期待している自分自身に送られた証拠だった。気づいたら私は泣いていた。高校でできた友達の顔が頭に流れ込んでくる。そして、もう一度しっかりした声で願いを言って病んいた自分を終わりにしよう。


 「生きたい。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る