第3話 愛知県名古屋市 中京刑部記念大学
名門中京刑部記念大学の自然心理学科結城静香ゼミナール教授からは、1学期が終わる前にレポートを提出する様にと厳命されている。結城ゼミは少々訳ありで、互助会所属の学生が名古屋に送り込まれる。俺日比野忍と桃配暁のギフテッドコンビも、結城ゼミに所属する資格をあい持つ。大学での立ち位置は先鋭的な超自然学を体系化しようかの伝統だ。
そしてゼミ運営となると、近代から現代になるにつれ伝承が途絶え、由縁も知らない禁忌を回避ばかりしては、生活圏に支障をもたらすが、互助会の後援有りきの総意となる。
今期の各チームテーマは、5度目のユダヤ氏族の渡来だ。京都、伊勢、諏訪、そして青森になる。内定3ヶ月で当たりを掴んだ俺達だが、正直詰め切れていない所がある。そして教授室でのディスカッションになる。
「忍、アカシックレコードからヴィジョンで約束の丘が見えたと言う事は、そのままイエス・キリストの墓で良くは無いか」
「結城教授、そこは新郷村の伝承から紐解きますと。約束の丘で磔刑にされたのは身代わりの弟イスキリで、塚の二つは、イエス本人と弟イスキリを弔ったものと伝承されています。つまりイエスが身代わりでは、磔刑に着いた約束の丘の一連のヴィジョンの説明が出来ません」
「そこ、発見に至った元々の文献に、どう書かれているのでしょうね」
「暁、そこは写しだが、茨城の古文書で多くて数行だ。そもそも、青森と茨城との長距離から、伝手多しで辛うじての輪郭でも上出来だ。あとは現地調査だが、まあ初日から、暁がぶっ飛んでサイコキネシスで柵を粉砕したら、警戒はあれど、まあそれはそれだ。慈悲がなければ、苦学生が新郷村の有数家に長期滞在も出来なかっただろう」
「暁の短気も、どうなんでしょうね。再来年の卒業迄、俺が持つかな」
「忍、それさあ、俺が例の完全犯罪者のアジトに怒鳴り込まなかったら、お前、劇薬で溶かされて骨さえも残らなかったんだぞ。少しは感謝しろよ」
「習志野の女シリアルキラー、まさか普通の派遣女性が犯人とは想像も付かないよ。手帳に【携帯のアルバム】と出たら、まあ隙をみて携帯に接触して、まさか七人の処理全部撮ってるなんて、いや失神した俺もどうかだ。だからと言って5階建マンションの1階から、ドアの鍵粉砕して、俺を探すか」
「仕方ないだろう、体内GPSでもマンションの何処って分からないさ。実力行使とは実力あればこそだ。403号室で見つけたから、許容範囲だろう」
「いや暁のその判断で良い。互助会のネットワークで、おや、運良く全棟電子ロック大ショートの工作なんて、ついてる時はついてるの物語で良いさ」
「ほらな、忍、俺って持ってるんだよ」
「それなら、暁に聞こうか。キリストの墓の柵粉砕した時に、何か感触はあっただろう」
「そこは、特に。遺骨的な何かかなと、埋葬品は鉄でも土器でも無く、いや何かふわっとした感じはあった様な、です」
「いや、それで上出来だ」
「結城教授、何が上出来ですか」
「忍、暁、今回の現地調査は大当たりだ。良いか、キリストの墓でトランスを催し、それをセーフするのがナニャドヤラと確かな止めの囃子。イエス・キリストの人骨がそのままあれば、それだけでは済まない筈だ。そして、全てを垣間見た聖痕を持つ名ダンサー出渕惟任の新世紀の復活の宴を鑑みるに、望むに望まれての西洋巡回しかない。キリスト本人の青森来訪は消える」
「確かに、あの強靭さと、復活後のカリスマ性。どうしても遠くへの旅立ちは止められるでしょうね。それでは約束の丘のヴィジョンは、強烈に練られた思念でしょうか」
「いや、焦点は自ずと絞られる。キリストの墓に眠るのは、そう東洋布教の為の聖骸布だよ。暁がふわっとしてるとはそう言うことだ」
「おお、何かそれっぽい。それなら掘り起こして、あっつ、」
「そうだよな。塚にそのまま埋葬だったら、もはや腐食した繊維かもな」
「忍、暁、そう言う事だ。一つの糸片になろうとも、奇跡の一縷、伝承とはただ奥深いものだ」
俺は、確かな聖人の実感と、そして喪失感を覚えた。新世紀から遥かな時が流れたが、信じようと思えば、そこに聖人はいる。新郷村は確か過ぎる聖地で、また俺達の様に臨めば、その奇跡をあるがままを知ることだろう。新郷村はそのままで良い。
いや、良いのか。そう、小澤家御当主小澤弥生さんの事を。俺は何となく手持ち無沙汰になっては、懐のポケットから、特注の黒革の手帳を取り出し捲った。キリストの墓が目一杯で、アカシックレコードを展開をしてなかったが、不意に進めた先に、その【約束の丘】のページが綺麗に鋏で切り取られていた。
弥生さんも聡く、ご当主の立場なら証拠隠滅もするかと、パラパラと捲った10ページ先に、あれと、何か家系図らしきものが描かれていた。
御当主を娘に譲った母親の執政親小澤連雀さんに始まり、その家系図線から、皐月さん弥生さんに、惟任さんがいた。これは俺に忘れない様にだろうなと、ひと笑いして目を離した隙に、皐月さんの隣の線に、俺であろう【忍】が浮かび上がった。そしてアカシックレコードが認知したと見るや、家系図線は更に伸びて、もう分かった、子供が出来るんだろう。俺は慌ててメモ帳を閉じた。
まさかだ、アカシックレコードに直筆で上書きしようだなんて。そんなの今まで考えた事を一度も無かった。恐るべき方に、いやこれも運命かとただ受け止めよう。
約束の丘 判家悠久 @hanke-yuukyu
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