発掘
高黄森哉
発掘
「なに。死海の水を全部抜く、だって」
森川教授は、仰天した。
「ええ、なんでもテレビ局が企画したんだとか」
土佐教授は、そう報告する。
「馬鹿げてる。いったいどうやって」
「なんでも、核実験を死海の地下で行っていたそうで。その実験で出来た空洞に、水が流れ込むようにするんだとか」
「あそこら辺は治安が悪いからな。にしても、よく政府は黙認したな」
「これがしてないんです」
「じゃあ、無断でやるわけだ。それは日本のテレビ局なんだよな。国際問題に発展しないのか」
「まあ。現在、核実験は違法とされています。もし、地下の大空洞を認めれば多額の違反金を払うはめになるでしょう。だからしらを切るはずだ。さしずめ、掘りつくした油田に水が流れ込んでしまった、とかなんとかで、話を付けるのでしょうかね」
「そうか」
森川は決心する。
「俺たちも参加しよう」
「私もお供します」
二人はとある宗教学者だった。そのとある宗教の経典は最後の一ページが欠けていた。そのページは死海のどこかに隠されているという話だ。まるでおとぎ話のようだが、トロイの木馬をご存じなら、試してみる価値があることに、納得されることだろう。
〇
「私はサイモンです。遺跡の発掘を行っております。土地勘があります。私達も同行いたします」
イギリスの盗掘、………… 発掘チームは、日本のテレビ局がとんでもないことをしようとしているのをかぎつけて来た。森川と土佐もこの軍団に便乗し、機材などの設置を見ている。
「3、2、1」
カメラが司会をとらえる。そしてその後ろには砂漠と湖が広がっている。その景色を縦に破壊する水柱である。現地のゲリラから調達してきた、アメリカ製ミサイルを使って、地下空洞と死海を隔てる壁を破壊したのだ。
「すごい轟音が上がりました。何事でしょうか」
飽くまで無関係をよそおう司会。巻き上げられた水は虹をつくる。
「まるで我々を祝福しているようです」
「そんなわけあるかいな」
森川は呟いた。祝福してくれるのは無責任な部外者のみである。例えばこの死海を観光資源として利用するツアーガイドなどは彼等を殺すつもりでいるだろう。
「なにごとでしょう。船が飲み込まれていきます」
穴に吸い込まれていく水。浅い水位であるお風呂の栓を抜いた時みたいに大渦が出来ていた。落っこちた先は大穴である。運よく生き残っても放射線汚染が待ち受けている。
「がぶがぶ飲み込んでいきます」
二人は今日のところは引き上げる事にした。この近くのホテルに泊まる。一週間後には、全ての水が抜けているであろうか。
〇
遺跡は水中深く泥をかぶっていた。今は調査班が泥を出している。俺たちも遺跡に立ち入ることを赦されていて、巨大な石の扉の前にて立ちすくんでいる。
「これ、どうやって開けるんでしょうか」
「装飾じゃないかな。扉としての機能は有していないんだ」
森川は、扉を装飾だと推測した。
「撮影始めまーす」
学者二人は一旦、脇の柱廊の影に身を隠す。カメラが回り始めたからだ。なぜか普通の中年のおっさんが、クローズアップされている。
「この人はとても博識だといいます」
「最近の若いもんは黒電話の使い方も知らん」
「とのことです。このお方の常識によれば、すでに使われなくなった品々の使い方は、知っていることが当然なんだそうで。特にその傾向は、中年層に強いそうですよ。なので、今から彼が、この遺跡の扉を開けて見せましょう」
「こんなものこうだ」
その中年は、マリンバのように適当に床を叩き、そしてマンホールのような円盤の上をジャンプした。すると、扉がごごごと動き始めた。柱の陰で見ていた二人は感心した。
「うわー」
中年が落ちていく。円盤が回り続ける。そしてピタッともとの位置に戻った。
「すごい精巧な機械ですな。森川先生」
「確かに。やっ。これを見てくれ」
「この模様は」
生贄の模様が掘られていた。この扉は生贄をささげることで開くようになっているらしい。
「さて、内部はどうなっているのでしょうか! 早速、私共も中をお邪魔しましょう」
「あの司会者は、人が死んだのに平気なのかな」
森川は感心した。
「平気じゃない。狂気ですよ」
イギリスの調査隊が、番組の後につづき、二人もこれを追従することにした。
〇
「私、サイモンといいます。ここは私達が調査しているので、無断の持ち出しを禁止します」
「待ってくれ。そもそも君たちのものではないはずだ」
「いいえ、遺物は全てイギリス人のものです。英国博物館を知っていますか。あそこにはイギリスの所有物になった遺物が沢山あります。展示されることで全世界の人々に共有されるのです。ということで、遺物は全てイギリス人のものです」
森川と土佐は英語が分からないふりをした。彼はそれを認めるなり、そっと、人種差別を吐いた。これを見逃さず、持ってきたピッケルで殴りつける。英国人の額が割れて血が噴き出る。首を絞めようとすると、すでに死んでいた。森川は言う。
「これでミイラが増えた。ちょっと寝かせておけば価値がでるだろう。そうだな、あと二千年くらいかな。この遺跡を未来に調査する奴は、ラッキーだ」
森川一行は奥へ奥へ進む。いつの間にかテレビ局やイギリス人盗掘団とははぐれていた。まるで肺の血管のように自由に張り巡らされた遺跡内部で遭難しそうになる。大きな部屋にたどり着く。
「ここは。森川教授、読めますかな」
「ええ、これは女性専用と書いています」
よいしょっと石のドアをどかすと凄惨な内部が明らかになった。二十人のミイラが転がっていた。
「海水で腐敗が遅れたんでしょうな」
忘れがちだが、元々、遺跡は死海に沈んでいたものである。
「いや、一部を除いて遺跡内部に塩水は入り込んでないと思うな」
「それはなんでですかな」
「ここまでに、そういう描写がなかったからだ」
土佐はパピルスを拾い上げる。それはある女性のメモだった。そこには、女性専用室で会話をしているとき、その声量で扉をひずませてしまったこと、そのせいでこの部屋から出られなくなったことが綴られていた。
「かわいそうに。餓死ですかな」
土佐は問う。
「いや、仲間割れでしょう」
ミイラはどこかかけていたり、へこんでいたりしている。きっと彼女らは、お互いのせいにしあい、協力するということを発見できぬまま、死んでいったのだろう。
「女性は怖い」
〇
「この部屋は王族の部屋です」
「ついに見つけた」
森川は叫んだ。
「ここに失われた一ページ目があるはずだ。伝説ではそうなっている」
「どこにあると思いますかな」
わかった、と森川はまたしても叫ぶ。
「肛門だ。直腸だ。ほら、それみろ。せーの」
石棺で寝ていたミイラの肛門から葉巻のような最後の一ページがでてくる。
「見せてください。私にも」
そこには出版社と著者、出版年が記されていた。聖典は創作物に過ぎなかったのだ。
「でもなんで腸にしまったのでしょうかな」
「きっと、ふとした拍子で刺さったのでしょう。それかそういう趣味か」
「なるほど。それにしても、長年追い求めていたものが、お尻の穴から出て来るなんて、拍子抜けですな」
そして二人は帰国する。この冒険を描いた本は、嘘っぱちだとされ、彼等はアカデミックな場を追放された。しかし、それは本当のお話なのだ。馬鹿みたいな、本当の話。
〈注釈:この話はフィクションです。このお話に出て来る宗教、団体、個人は現実とはなんら関係ありませんのでご了承ください〉
発掘 高黄森哉 @kamikawa2001
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