第20話

 ブラウスを身に着けた西川さんと下に降りていったとき、篠崎先生はすでに来ていて、その横に後ろを向いたメイドさんが居心地悪そうにすわっていた。


 先生と麗華が西川さんの顔を見たときの驚きは、俺がメイドさんが麗華だと気付いた驚きなんかとは比べ物にならないほど大きかった。


 麗華がこんなことを言ったのはなかなか傑作だったと思う。


「委員長……、いや、沙緒莉っちの妹さん?」

「なに言ってんだ。お前は冗談のつもりかもしれないけど、そういう何気ない言葉で人は傷つくんだぞ」


 俺は俺で見当違いのことを言ったらしい。

 マッサージが終わった後に西川さんの顔を正面から見ていなかったから気付かなかったけど、いつの間にか別人にすり替わったのかと思うほど彼女の顔が変わっていた。


 話してみたらどうみても本人だったから、すり替わり疑惑はすぐに否定されたものの、麗華が言うにはクラスで整形疑惑が持ち上がるのは避けられないという話だった。


「それは、麗華がフォローしてくれないか?」

「えっ? なんでアタイが?」

「それは、そうだな。メイクを教えたとかなんとか言えばいいだろ?」

「メイク!? そんなレベルじゃないっしょ。それに顔変わるほどのメイクなんて校則違反じゃん」


 いや、お前が言うな、お前が。だいたい、その衣装はなんなんだ。肌の露出が少ないくせに、胸のあたりがやけに煽情的じゃないか。先生のデザインだと? いったい先生の倫理観はどうなってるんだ。


「ねえ、委員……じゃなくて、さ、沙緒莉っち。アンタもこの衣装、一緒に着てくれない? 私だけだと、恥ずかしいから、さ」


 何回練習したのか知らないが、やけにセリフっぽく麗華が言った。


「これ、沙緒莉ちゃんのサイズに合わせて私が作ったの。む、ムリにとは言わないけど……」

「ちょっ、笑っち、打ち合わせと違うじゃん。なに弱気になってんのさ」

「だって、断られたらと思ったら怖いじゃない」

「そんなの、アタイだって――」

「私、着ます」

「「えっ?」」

 笑先生と麗華の声がそろった。


「その代わり、先生には申し訳ないけど、今日だけのことにしてくれませんか? 人前で着るとか無理ですから」

「う、うん。それでいいわ。沙緒莉ちゃんに似合うようにって祈りながら夜なべして作ったものだから。きっと後悔しないと思うわ」

「は、はい……」


 断れない雰囲気に加えて恩着せがましい気がしないでもなかったが、そばで見ていただけの俺は余計なことを言わずにただ黙って成り行きを見守った。


 だがどうだろう。

 西川さんがそのメイド服を着たのを見た瞬間、そんなの今日限りにするのはもったいないと俺は叫んでいた。


 だってそうだろう。

 別人のようにやわらかく魅力的な表情を手に入れた西川さんに、笑先生が常道を逸した執念を燃やして作り上げた沙緒莉スペシャル・メイド服の組み合わせだ。


「学くん? どう、かしら」

「「っ!」」

 名前呼びになっていたことに驚いた二人が息を飲む。何があったのかと問う麗華に、先生が大人の階段について説明していた。何を勘違いしているんだ。


「えっと、なんていうか、こんなメイドさんがいたら、毎日でも通っちゃうかもしれないな」

「そ、そう」


「えっ、ちょっとグロっち。アタイは? アタイのは~?」

 麗華が横から口を出すのを先生が止める。

「ちょっと、もちろん麗華ちゃんは可愛いわ。私が保証するから、今は黙ってて」

「え? どういうこと? それってアタイが脇役ってこと?」



「ねえ、大黒くん。二人のかわいいメイドさんに挟まれた気分はどーお?」

「えっと、なんで先生はメイドに着替えてないのかなって思ってますけど」

「せ、先生はいいのよ! 私は作るの専門だから」

「え~、ホントかなあ。笑っち絶対家でニヤニヤしながら着てるでしょ? 自撮りとか先生のスマホにいっぱい入ってたりして」


 麗華が先生のスマホをバッグから取り出そうとすると、笑先生は血相を変えてとびかかった。


「ちょっ、やめなさい! そんな写真は入ってません。自撮りするなら一眼レフとリモコンに決まってるでしょ?」

「イチ、ガン? えっ、なに?」

「はあ、はあ。私は大黒くんに聞いてるの。私はね、これでもこの衣装を愛情こめて作ったつもりよ。誰にもほめてもらえなくても、これだけは私は譲れないものなの。みんなに変なヤツだって思われても、理解してくれない友達が私から離れていったとしてもね」


「っ!」

 西川さんがティーカップにそえた指をピクリとさせた。


「そう。だから、この衣装を着てくれた二人にもちゃんと向き合ってあげて欲しいの」

「そ、そうですね。すみません、俺、そういうの全然気付いてなくて。ちゃんと見ます。ちゃんと」


「グロっち。目がエロいよ。乳袋ばっか見るのやめてくれる?」

「そ、そうね。少し、変な感じよ。ずっと裸で大黒くんに触られてたから、まだ指がはい回ってるような気がするわ」

「人を虫みたいに言わないでよ、さお、西川さん」

 なんだろう。顔から火が出てるみたいに頬が熱い。


「それよ!」

 突然笑先生が叫んで、俺と西川さんはイスから十センチは飛び上がったと思う。


「二人の女の子が恥じらってる瞬間を見逃さないで大黒くん! この衣装には見るものの視線が胸に吸い寄せられるような魔力があるの。当然、見られている方は恥ずかしさで頬を染める。その恥じらいが彼女を美しくするの! それがこの衣装の秘められた力なのよ」


 先生は完全に暴走していた。

 今日見た一連の出来事は、絶対に口外しないでおこうと俺は自分に誓ったのだった。


 その後、メイド服を着た女の子二人と俺たちは西川さんの家のキッチンで紅茶をいれたり、先生の買ってきたケーキを付けてトレーに乗せて運んだりして楽しんだ。

 先生はメイド服姿の西川さんに『あ~ん』してもらったりとか、お嬢様気分で一番楽しんでいたと思う。麗華は麗華で俺をからかうために『あ~ん』をしてくれたのだが、横目でにらんでいた西川さんに『鼻の下を伸ばさないように』とちょっと怒った顔で言われた時の方がドキリとした。



 次の週から学校での普通の生活が始まった。突然仲が良くなった麗華と西川さんにクラスの連中は驚きを隠せなかったが、俺が彼女たち二人とよく話すようになったことに対しては誰も注目しなかった。俺ってそんなに存在感がないのか?


 俺の机の下のプルンとしたものは、あれから一度も現れていない。

 その代わり、麗華がよく耳打ちしてくるようになった。

 あの時の乳袋、私のほうが大きかったし好みだったんでしょ? と。

 すると西川さんが頬をふくらませて恥ずかしそうに眼をそらすので、俺は何も言えなくなる。


 正直にいえば、先生のデザインと仕立ての腕前もあってどちらのメイド服姿も可愛かった。

 ただなんとなく、西川さんのメイド服姿を思い浮かべると、胸の奥がしくしくと痛むのはなぜなんだろう。


 ジョージの呪い。あるいは何かの病気、かもしれないな。



 完

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俺の机の物入れにクラスの隠れ美少女だけど盛大に嫌われてる学級委員長のオッパイが生えてきた件 悠木音人 @otohitoyuuki

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