最終話:ルガディアーク




 魔法使いに食事は必要ない。


 この世界にあふれる魔力を無意識に吸収して、それを糧にしているからだ。それが番の魔力であれば僕らの力はますます強くなるから、相性のいい番が見つかればできるだけ傍にいてもらえるようにするのが当たり前だった。

 僕らの興味はこの魔力を活かす魔法にだけ向けられていて、他のことにはほとんど興味を持つことがない。それは番に対しても同じだ。もちろん、傍にいる時間が長いので魔法に対してほどではないがそれなりに番に興味を持つ者もいる。僕の姉なんかはそのタイプで、番の男性と夫婦のような関係を築いていた。


 もっとも、姉はもともと社交的な性格で、僕とは正反対だ。僕は姉と違ってあまり誰かと関わるのは好きではないし、友人も多くない。番にも興味がなかった。幸い、魔法使いの中でも魔力がある方だったので、番なんていなくてもいいと思っていたくらいだ。

 ある魔道具の開発に関わってより強い魔力が必要そうだとならなければ僕は番を探そうとしなかっただろう。僕は教会に赴き、番の魔力を持つとわかって教育を受けている子どもたちと順番に顔を合わせていった。そして見つけたのがシルファだった。


 彼女は痩せていてボロボロで、彼女について書かれた書類を見るまで貧民街で拾われた孤児だと思っていた。まさか伯爵令嬢だとは――人間は僕らの力をあてにしてばかりで、特に貴族は魔法使いの力を借りられて当然だと思う者も多くうんざりしていたのもあって、彼女を番として迎えるのは乗り気ではなかったが、これ以上にないくらい相性がよかったのは事実なので悩んだ末に彼女を迎えることにした。

 僕と同じ頃に番を迎えた友人のカルファーグが、面倒なら国王に言って強引に番を貴族の籍から抜いてしまえばいいと言ったのも決め手の一つだ。彼の番は王弟――今は公爵だが――の娘で、贅沢好きで高慢な令嬢だった。彼は番にこれっぽっちも興味がなく、それと同じくらい自分の財産にも興味がなかったので公爵家に住居を移し、自身に害がない範囲で令嬢を好きにさせていた。害があれば公爵家とは縁を切り、彼女を番として閉じ込めると公爵に約束させたらしい。


 友人からの物騒な助言はシルファが家から離れたがっていたことで実現しなかった。僕らはとりあえず姉のところに身を寄せ――僕は住居を持っていなくて各地の宿や姉のところを転々として暮らしていたからだ――紆余曲折の末、彼女の母方の祖父母が遺していた小さな領地に落ち着くことになった。


 姉以外の魔法使いからは番はどんどん欲深くなる生き物で、魔力の対価を求めてくると聞いていたが、シルファは家から離れたいということ以外は特に何も望まず、日々の生活費を渡してやればそれで満足していた。

 その頃には僕はまあまあ当たりの番を引いたのだなと思うようになっていた。彼女が家でされていた仕打ちのことも聞いてはいたので、王宮に行くついでに彼女の籍を伯爵家から抜いておいたのもこの頃だ。家に戻りたくないのはその仕打ちのせいなのも理解はできていた。


 何の変哲もない日々だった。僕は帰る家があることを除けば番がいない頃と変わらない生活を送っていた。糧となる魔力が上等になったのも違うか……。

 シルファとはあまり話をすることもなく、時折彼女が掃除や料理などの家事をするのを見かけるくらいで食事の必要もない僕だから一緒に食卓につくようなことも当然なかった。


「あの」


 そんなある日、遠慮がちに彼女は僕に声をかけた。


 痩せていた彼女は少し肉付きがよくなり、ごく普通のお嬢さんらしくなっていた。そしてとても姿勢がきれいだということに、僕はその日はじめて気がついた。


「よかったら、一緒に食事をしませんか? 魔法使いさまが、食事をいらないのはわかっていますが……食べられないわけではないんですよね?」

「食べられないわけじゃないけれど、どうしてそんな必要のないことをしないといけないんです?」


 シルファは困ったように眉を下げた。


「近所の方に野菜をいただいたんですが、一人だと多くて……腐らせてしまうのももったいないので、一緒に食べていただけたらと思って」


 この辺りに暮らす人たちは魔法使いに食事がいらないことを知らないのだという。だからおすそわけも一人では多い量だったのだと。あまりにも彼女が申し訳なさそうにしていたからか、僕は気づいたらうなずいていた。「よかった」と彼女はほっとして表情を緩めた。今思えばあれはあの時の彼女の最上級の笑顔だったのか……。


 僕がはじめてついた食卓には、明らかに普段彼女が一人で食事をしている時よりも手の込んだ料理が並んでいて僕はなんだか落ち着かない気持ちになった。彼女が僕のために作った料理だ――妙な気分だった。人間が魔法使いのために何かするなんて……少なくとも僕には経験のないことで、経験してみると、どしたらいいかわからなくなった。

 僕が断ったらどうするつもりだったのか思わずたずねると、そうしたら残りは明日食べるつもりでしたと彼女は少し小さな声で告げた。


「でも一緒にご飯を食べてくださって、あちがとうございます。うれしいです」


 うれしい――そうか、うれしいのか。


「……食事くらい、いつだって一緒にしますよ」


 はじめて感じた気持ちに名前がつき、僕はまともにシルファを見ることができず、僕がそう言ったことにシルファが驚いたように目を丸くした後、ぎこちないながらも笑顔を浮かべたことに気づくことができなかった。






「すぐに夜食を作りますね」


 家に帰るなり彼女は見慣れたワンピース姿になり、同じくいつもと変わらぬ格好に着替えた僕にはくつろいでいるように言ってきた。


「何か手伝いますよ?」

「大丈夫です。そんな大変なものは作りませんから――それに、わたし、ルガディさまにご飯を作っている時がとても好きなんです」


 頬を染めて微笑む彼女を直視できるようになる日は来るのだろうか……。


 キッチンからスープの匂いがするようになるまでの間、僕は鳥の形の手紙を何羽か作り夜空に向けて飛ばしていた。シルファの実家の伯爵家は領地にある鉱山で使える最新式の魔道具を購入した。が、扱える魔力を持つ者がいないにも関わらず無理に動かそうとし、更にそれが事故の原因となったらしい。

 僕のところに来る手紙はその解決を望むものだった。借金もあるようだし、今日の夜会ではそれなりの姿でいたがいずれ豪華なドレスも宝石も捨てなければいけなくなるだろう。重い税を課せられている領民からは反発され、石でも投げられるかもしれない。事故で家族が犠牲になった者からは殴られるかも――シルファがされていたことに比べればかわいいものだ。


 手紙は各地の魔法使いに向けて飛ばした。伯爵家から仕事の依頼が来ても無視をして欲しいという手紙だ。彼らは番を理由に僕にタダ働きをさせようとしたと。僕らは報酬に興味がないが、もらわないと余計な仕事が舞い込んでくるのでそれを防ぐ意味もあって人間から依頼された仕事は報酬についても含めすべてきちんと決めてから行う。そのルールを破ることは顧客側である人間たちにとっても密かに禁止されていることだ。


 何しろ僕ら魔法使いは魔法以外にほとんど興味を持たないから、気分が損なわれればこの国で働くことを放棄するだろう。番が手に入らなくなるかもしれないがそれだって微々たる問題だ。魔法使いが働くなった国の方がダメージが大きくなるのは間違いない。


 魔法使いに無視された伯爵家は国からどう思われるだろう? まあ、僕には関係のない話だが。


 シルファがキッチンから僕を呼ぶ声がした。温かいスープの香りがする。こうして彼女が僕のとなりで笑ってくれて、一緒に食卓を囲む日々をつづけることが、魔法の次に僕の関心をしめていた。


「味はどうですか?」

「おいしいよ」


 スープは残り物だが野菜の味が溶け込んでいて、そこに小さくちぎったパンを入れ

、チーズが乗せられていた。僕らはそれをキッチンで、立ったまま食べている。


 僕の言葉に破顔した彼女と目を合わせながら、僕もそれにこたえるように笑い返したのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

おいしいご飯をいただいたので 通木遼平 @papricot_palette

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ