第2話
そう言っていたのにわたしたちは今、王都にいる。
一度は欠席を決めたわたしたちの元にルガディさまのお姉さまがやってきたためだ。彼女ももちろん魔法使いで、番の方と一緒に海の近くの街で暮らしている。お姉さまはわたしたちの出席を強引に決め――ルガディさまはお姉さまの押しに弱い――わたしたちの衣装まで用意してしまった。
お姉さまはルガディさまとわたしが良好な関係を築いていることを喜んでいて、他の魔法使いにも自慢したいと話していた。でも、何か別の目的もありそうだ……。
「そんなことないわよ」と、お姉さまは笑った。「あのルガディアークがこんなかわいい番を大切にしているなんて誰も信じていないだろうし、みんなを驚かせたいの」
たしかに出会ったばかりのルガディさまは何事にも無関心な印象だった。
魔法使いの方たちは、魔法以外に何の関心も抱いていないか、何もかもに関心を抱いているかのどちらかにわけられるらしい。ルガディさまは当然前者だ。
十二歳の魔力測定でわたしに番の魔力があるとわかった時、平民だろうと貴族だろうと普通の家族なら名誉なことだと喜ぶところをわたしの家族はそうではなかった。
わたしの実家であるローナン伯爵家は四人家族。父である伯爵、父の後妻でわたしの継母にあたる伯爵夫人、父と継母の娘である異母妹、それからわたし。わたしの母はわたしがまだ小さい頃に病気で亡くなって、父の愛人だった継母がその後すぐに伯爵夫人となった。異母妹は父と継母が愛人関係にあった時の子どもでわたしとは数か月しか年が離れていない。
継母が来て、亡くなった母を慕っていた使用人たちは辞めさせられ、わたしは家族から当たり前のように蔑ろにされた。使用人の仕事をさせられ、学校に通うこともなく、時には暴力を振るわれるような日々を過ごしてきた。
そんなわたしでも十二歳になれば魔力測定を受けなければならない。父たちはわたしを病気だと言って受けさせないようにしたかったみたいだけれど、それなら屋敷に行くと言われて仕方なく異母妹の魔力測定の時にわたしも連れて行くことにしたようだった。
わたしは痩せていてボロボロで、きっと屋敷の使用人の子どもをついでに連れてきたのだろうと周囲には思われていただろう。魔力測定をする魔法使いには関係なかったが。
異母妹はごく平均的な魔力量で、際立った適正もなかった。父たちは明らかにがっかりしていたが、それに追い打ちをかけるようにわたしに番の魔力があることがわかったのだ。
当然のようにその日からわたしの家での扱いはより酷くなった。
魔法使いについて学ぶのに教会に行かなければいけなかったので見える場所にこそ傷は減ったが服の下はそうではない。魔法使いの方に会うたびに早く連れ出して欲しいと願ったが中々わたしは選ばれず、十七歳になるギリギリになって出会ったのがルガディさまだったのだ。
ルガディさまは最初、番に関心がなかった。そういう魔法使いも少なくない。それでも顔合わせに来たのは、ちょうどルガディさまが開発に関わっていた新しい魔道具により強い魔力が必要だろうと考えたからだった。
ルガディさまはわたしを見るなり「君が番だ」と言い、矢継ぎ早にこれから暮らす場所はどこがいいかなどたずねてきた。とても事務的な口調だった。突然の展開に混乱していたわたしは、それでも彼に「実家がいいなら実家でも構わない」と言われた瞬間、すぐにでも家から連れ出して欲しいと懇願したのだ。
ルガディさまは理由に興味がなかったのか何も言わず伯爵家に赴き、わたしのほとんどない私物をまとめると、「彼女は今日から僕と共に暮らします」とだけ告げわたしを伯爵家から連れ出してくれた。
ルガディさまはその頃どこかに定住しているわけではなかったのでわたしたちはとりあえずルガディさまのお姉さまのところに身を寄せ、お姉さまと番の方が親身になって色々相談に乗ってくれたのもあって今の家に落ち着くことになったのだ。
ルガディさまのお姉さまはわたしの体の傷に憤り、あれこれ世話を焼いてくれたが、ルガディさまは相変わらず無関心で、それは一緒に暮らしはじめてしばらくは変わらなかった。
「あのルガディアークがねぇ」
会う魔法使いの方みんなに同じことを言われ、わたしも内心で大きくうなずいていた。出会ったばかりの頃のルガディさまを思えば、わたしよりもずっと前から彼を知っている魔法使いたちが驚くのも無理はない。
夜会は王弟殿下――今は公爵でもある――の王都のお屋敷で開かれていた。公爵家のお屋敷ではなく、殿下が若い頃にいただいた離宮だ。出席者は魔法使いとその番だけではなく魔法使いと親しくなりたい貴族も大勢いる。魔法使いたちは退屈そうにしているか、親しい者同士で固まってひそひそとおしゃべりをしている。
わたしとルガディさまはお姉さまのとっておきの衣装を身にまとってその場にいた。貴族の衣装のようだけれど、普段来ているワンピースのように軽いのだ。濃い青色はルガディさまの髪の色と似ていて、わたしがこのドレスを着ているのを見たルガディさまはわかりやすく目を泳がせていた。
そして今はぴったりとわたしのとなりにはりついていて、わたしの手を握ってくれている。大きな手は指先が少し荒れていた。本をめくる時によく使う指だ。手荒れにきくクリームをルガディさまからもらったけれど、帰ったら一緒に使おう。
早く帰りたい……。
わたしがそう強く思う理由が、わたしの目の前に現れた。
「お姉さま!」
異母妹だ。
「お久しぶりですね」
彼女の後ろには父と継母もいて、わたしの体は自然と強ばった。ルガディさまの手がわたしの手を強く握りしめてくれなかったらきっと震えていただろう。そっととなりにいる彼を見上げると、表情こそ無表情だったが、わたしにだけわかるように彼はほんの少し目元をやわらげた。
「魔法使いさまもお久しぶりです。わたくしのこと、覚えていらっしゃますか?」
頬をバラ色に染め、大きな瞳を潤ませて異母妹はルガディさまを上目遣いに見上げた。傍から見ればきっと愛らしいその姿は、しかしルガディさまには一切通用しなかった。
「生憎、他人には興味がないもので」
淡々と彼は言った。
「もちろん、番であるシルファは別ですが」
ついでにわたしにはめったにお目にかかれない微笑みを向けてくれる。微妙に視線があっていないのが、かえってルガディさまらしくてうれしかった。
「い、妹のティーファですわ」
「妹……にしては、年齢が近いようですが」
ルガディさまには一応、わが家の家族構成について伝えてあるもののそれを覚えているかはわからない、もしかしたら本気で疑問に思っているのかもしれない。
「そ、それは……」
異母妹もさすがに自分が不貞の子だと噂――事実ではあるが――されていることを気にしてるらしい。口ごもる彼女を助けたのは当然、彼女の両親だった。
「これは魔法使い殿、娘が何か?」
「伯爵……ああ、そういえば彼女は伯爵と愛人の方との娘でしたね」
不躾にそう言ったルガディさまに父だけでなく周囲もギョッとした。ルガディさまは悪気のない顔をしている。これはたぶん本当に悪気がないのだ。彼はただ、事実を口にしただけなのだから。
「彼女が僕らに勝手に話しかけてきたので困っていたのです。どうぞお引き取りを」
「勝手にとは……そんな他人行儀なことをおっしゃらないでいただきたい。魔法使い殿の番も我が娘、我々は家族のようなものではありませんか」
口元を笑みの形に歪めて父が言ったことに、わたしはグッと唇を結んだ。家族だなんて……娘だなんて、思ったこともないくせに。わたしも思いたくないし、思われたくないのに。
「こうやって顔を合わせる機会もめったにないことです。ぜひティーファとお話を――この子は魔法使い殿の仕事に興味があるのです」
異母妹の視線が期待を持ってルガディさまを見上げた。
「ご存知ないかもしれませんが」
ルガディさまが言った。
「シルファを番として迎えた後すぐにシルファの籍はあなた方の家から抜いてあります。つまり、シルファはあなた方の家族ではありませんし、僕ももちろん何の関わりもない他人です」
「なっ!?」
「信じられなければどうぞ王宮で確認を。国王陛下の許可は得ているので。ああ、公爵閣下もご存じのはずですからそちらに聞いた方が早いかもしれませんね――それで? 彼女が僕の仕事に興味がある、ですか? それなら伯爵、あなたがよく僕に押し付けようとしている仕事も彼女に任せてみてはいかがです?」
「それでは」とルガディさまはわたしを連れて踵を返した。
「失礼します。閣下にあいさつをして、僕らはもう帰るので」
背後で父たちが何かを言っているのが聞こえたが、わたしたちはその場を後にした。ルガディさまは本当に帰るつもりらしく、公爵――王弟殿下を捜しに行きましょうと言った。
「ルガディさま」
「何です?」
「あの、わたしの籍のことですけど……」
「言っていませんでしたか?」
「はい」
「番の籍を生まれた家から外すのは簡単にできるんです。いつもは、王家が力をつけて欲しくない家から番が出た時の対処として行われるんですが」
なるほど――魔法使い自身には番の生まれた家には関心がないので、籍があってもなくても同じはずだ。王家が噛んでいるのなら納得がいく。わたし自身があの伯爵家から縁が切れたということはうれしくて、「ありがとうございます」と改めて口にした。
「あと、父からの仕事って……」
「あの伯爵はシルファが僕の番になったのをいいことに、普通なら魔法使いにそれなりの報酬で解決を依頼するような問題を僕に押し付けようとしていたんです。手紙でね。まあ、報酬はどうでもいいですが、シルファがされていたことを思えばいい気分の手紙ではなかったので無視していました」
「そうだったんですね」
「さあ、もう帰りましょう。閣下は見つかりませんでしたが、問題はないでしょうし」
「はい、帰りましょう」
「帰ったら食事――をするには、もう遅いでしょうか?」
ルガディさまがうかがうようにそう言ったので、わたしは思わず笑ってしまった。
「夕食には遅いかもしれないですけど、ちょっとした夜食にはちょうどいいかもしれません。軽食はありましたけど、あまり食べなかったのでわたしもお腹がすいてますし」
「夜食なんてあるんですね」
「遅くまで起きていた時に、小腹がすいたら食べるご飯のことです」
「何か食べたいものはありますか?」とたずねてから、ルガディさまにそんなことを聞くのはおかしいことに気がついた。でもルガディさまがうれしそうに笑ってくれたので、わたしはそのことを気にしないことにした。
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