婚約破棄からはじまる売女と蔑まれる元公女と敗北の武王の物語
藍条森也
婚約破棄からはじまる棘付きハッピーエンド第四段!
一の扉 武王と婚約者の対(決)話
「本日ただいまをもって貴様との婚約を破棄し、追放処分とする! どこへなりと去るがいい!」
「お待ちください、陛下!」
「くどい!すでに決定済みのことだ。貴様とよりを戻すことなど金輪際、有り得ぬ!」
「そのようなことを申し上げているのではありません! わたしをいらないと仰せなら去りましょう。ですが、これだけはお聞き届けください。魔王軍相手のこの戦に勝つためには……」
「またそれか! 何度、同じことを言えば気が済む⁉ 貴様のその態度が許せんと言っているのだ。まだわからんのか⁉」
「陛下がお聞き届けくださるまで何度でも申し上げます。陛下は合戦ばかりを重視し、補給をないがしろにしすぎです。そのようなことではいずれ……」
「黙れ! 補給がどうしたと? そんなことは問題外だ。戦に勝つために必要なのは武器だ! この剣さえあればことは足りる」
「陛下! いくら優れた剣があっても、その剣を使うのは人間です。そして、人間が戦うためには水と食料、その他、多くの物資が必要なのです。それらの物資を生産し、運ばないことには戦に勝つことはおろか、つづけていくことさえできません。魔王軍は決して知能を持たない魔物の群れではありません。高度な意思によって統制された強力な軍団です。現に、魔王軍は我々の補給路に集中的な攻撃を仕掛けています。このままでは補給路は分断され、すべての物資の搬入が滞ることになります。そうなれば、どれほど優れた剣があっても戦えないのですよ⁉ いますぐ、補給路の警備のために兵を割き……」
「たわけ! そのような真似をすれば前線で剣を振るう兵士がいなくなるではないか。そんなことをすれば勝てる戦も勝てなくなるわ」
「陛下! 水も食料もなしに戦える兵士など……」
「立場をわきまえよ! 貴様はすでに追放された身。いま、この場にいるいかなる資格もありはしないのだ。にもかかわらずこの場に居座り、あまつさえ諫言までしようとは増長にもほどがある! 衛兵! この身の程知らずの出しゃばり女をさっさと叩き出せ!」
人類最強の国家の王にして、人類最強の戦士。武王と呼ばれる男の命令は忠実に実行された。つい先ほどまで婚約者であった公女は衛兵たちに両腕を捕まれ、あらゆる立場と財産を没収されて王都の外に叩き出された。もはや、財産と呼べるものはその身にまとう衣服のみ。馬車を雇うための銅貨一枚さえ、彼女には残されていなかった。それでも、元公女は屈服することのない意思を込めて王都の城壁を見上げていた。
「……このままにしておくわけには行かない。陛下がやらないならわたしがやらなければ」
二の扉 武王はひたすら剣を信じる
武王は総力を挙げた軍団を組織し、魔王軍を追い払うべく戦闘を開始した。しかし、あまりにも大規模な軍事行動に大臣たちはすぐに悲鳴をあげることになった。
「陛下! 補給路という補給路が魔王軍の攻撃を受けて寸断されています。このままでは水も食料も運ばれてこなくなりますぞ」
「それがどうした⁉ 勝敗を決めるものは剣だ。剣さえあれば戦に勝つことはできる。水や食糧が尽きる前に勝てばよい。それだけのことだ」
そして、武王は大臣たちの悲鳴を無視した。決して補給路の警備に兵を割くことはなく、すべての兵士に魔王軍との直接戦闘を命じたのだ。
三の扉 公女は世界のためにその身を張る
追放された公女は着の身着のまま、ある傭兵団を訪れていた。大陸でも屈指の規模と精強さを誇る、しかし、その粗暴さと欲深さとで悪評紛々たる傭兵団。そのよう兵団の団長はたった一人、自分たちの元を訪れた皇女を見て、値踏みするように言った。
「あんたが武王の元婚約者だと? ずいぶんとみすぼらしい格好だな」
「ここまで歩いてきましたから」
「歩いてきただと? こいつは驚いた。元婚約者さまには馬車を雇う金すらないと言うことか」
「はい。その通りです」
蔑むような傭兵団長の言葉に、元公女は毅然として答えた。
「それで? その文無し公女さまが何の用だ?」
「あなた方を雇いたいのです」
「何だと?」
「陛下はあまりにも剣に頼り、補給を軽視しすぎです。このままではすべての補給路を分断され、敗北に追いやられるは必至。それを避けるために、あなた方を補給路の警護役として雇いたいのです」
「こいつは驚いた。武王のために一肌脱ごうってのかい? あんたを追放した当人だろう?」
「そのようなことは問題ではありません。陛下は紛れもなく人類最強の戦士であり、配下の軍団は人類最強の精鋭軍。もし、陛下が敗れれば人類は魔王軍に蹂躙されます。陛下には何としても勝ってもらわなければならない。そのためには、誰かが補給路の維持に責任をもたなくてはいけないのです」
「なるほどな。それをあんたがやろうってのか。しかし、おれたちを雇うのは高く付くぜ。無一文のあんたに払えるものがあるのかい?」
「たしかに、いまのわたしは一銭すらない身。持ち物と言えるのはこの体だけ。ですから……」
元公女は立ちあがり、衣服を脱いだ。その場にいるすべての傭兵から感嘆と欲望の声があがった。傷つき、ボロボロになった衣服を脱いだそこには、輝くばかりに美しい裸体があった。
「支払いはこの体で行います。いつ、いかなる時、いかなる要求にも応じましょう。そのかわり、わたしの指示に従ってください」
四の扉 武王はあくまで突撃を叫ぶ
「進め、進め! いまこそ魔王軍を追い払い、人類の勝利を決定づけるときだ!」
武王は叫び、自ら先頭に立って突撃する。しかし――。
兵士たちの士気は下がる一方だった。水もない。食料もない。傷に塗る薬もない。魔王軍の攻撃によって補給路を分断され、孤立した軍団はもはや、喉の渇きを癒やす一匙の水にすら事欠く有り様だった。そんな状況で戦える人間などいるはずもない。脱走者が相次ぎ、軍団の瓦解は目前だった。それでも、武王は叫びつづける。
「進め、進め! この戦いに勝利すれば英雄としての日々がまっているのだぞ!」
五の扉 元公女は死力を尽くす
「荷物を死守なさい! 何としても前線の軍団へ届けるのです!」
魔王軍の苛烈な攻撃にさらされる補給路。必死に走る荷馬車の群れを守る傭兵団のなかで、元公女の叱咤する声が響き渡る。
「この荷が届けば前線の兵士たちはまだ戦える! 人類を、あなたたちの家族を守ることができるのです! すべての力をかけて守り抜きなさい!」
六の扉 兵士たちは奇跡を見る
戦況はいよいよ切迫していた。喉の渇きを癒やすために死んだばかりの戦友の遺体を開き、血をすする有り様だった。
もう終わりだ。
もう戦えない。
兵士たちの誰もがそう思っていた。諦めていた。そのなかでただひとり、武王のみがさらなる突撃を叫んでいた。
「進め、進め! この剣に懸けて勝利を手に入れるのだ!」
もはや、こんな王には従えない。
そう見切りを付けた数人に兵士たちが脱走しようとした。だが――。
その兵士たちは信じられないものを見た。それは、水と食料、その他の物資を満載した何十台という荷馬車の群れだった。
七の扉 武王はひたすらに勝ち誇る
「皆のもの、よくぞ戦った! 褒美も名声も思いのままだぞ!」
戦勝の宴のなか、武王の高らかな声が響いた。敗亡寸前で届いた補給物資。そのおかげで士気を取り戻した兵士たちは死に物狂いに奮闘し、ついに、魔王軍を追い払った。明日からはまたさらなる戦いがはじまる。しかし、今日はこの勝利を祝おう。兵士たちの誰もがそう思い、勝利の美酒に酔いしれていた。そのなかで誰よりも勝利に酔った武王の声が響く。
「この剣さえあれば我々は無敵だ! 魔王軍など怖れるに足りぬぞ!」
八の扉 公女は約束を守る。
「ありがとうございます。あなた方の必死の戦いのおかげで物資を届けることが出来ました。おかげで、陛下の軍は勝利をあげることができました。あなた方の働きに心より感謝します」
「言葉だけの感謝なんざいらねえよ。それより、報酬を支払ってもらおうか。あの無茶な突破のおかげで部下が何人も死んだ。こいつは高く付くぜえ」
「わかっています」
元公女は毅然とした態度で立ちあがると、衣服を脱ぎ捨てた。美しい裸身を惜しげもなくさらすと、堂々たる口調で言った。
「さあ、あなた方の望むままに。それは紛れもなく、あなた方自身の勝ち取った正当な報酬なのですから」
九の扉 武王は勝ち誇る
元公女は武王の軍に続々と物資を送り届けた。水を、食料を、医薬品を、その他あらゆる物資を、そして、新たな兵に新たな武器に至るまで、すべてのものを。その甲斐あって武王の軍の士気は上がり、一気に戦線を押し返しはじめた。各所で魔王軍を撃破し、人類の勢力圏を広げていった。
「兵士たちよ、誇るがいい! あと一歩で我々は魔王城をも制圧し、世界のすべてを人類のものとすることが出来る! 奮闘せよ、この剣に懸けて!」
一〇の扉 公女は隊商国家を作りあげる
「隊商国家だと?」
「そうです」
傭兵団長の言葉に元公女はうなずいた。
「わたしたちが補給路の敬語に力を割きはじめたと知れば魔王軍は今まで以上に苛烈な攻撃を仕掛けてくることでしょう。その攻撃を防ぎ、補給路を確保するためにはいまのままでは足りません。大陸中のすべての傭兵団、すべての武装隊商を統合し、強靱な一大国家とする必要があるのです。幸い、あなた方の奮闘のおかげで警護代は順調に稼げています。いまなら、大陸中の関係者に話を持ち込めます」
「ふん。だが、そいつらがあんたに求めるのは金だけじゃねえと思うぜ?」
好色な視線で自分の体をなめ回す傭兵団長に対し、元公女はきっぱりと言った。
「かまいません。それで、人の世が守られるというのであれば何を惜しむ必要がありましょう。いかなる要求であろうと応じるまでです」
一一の扉 武王は魔王城制圧を宣言する
「魔王城を制圧するですと⁉」
居並ぶ大臣たちは青ざめた顔で叫んだ。突然、武王が魔王城の制圧を宣言したのだ。
「その通りだ。我が軍はいまや連戦連勝。この勢いのままに魔王を滅ぼし、魔物どもを根絶やしにするのだ」
「無茶です! 魔王城は魔界の最奥、そんな場所まで進軍すれば補給もままならず、敗北するのは目に見えております!」
「補給だと⁉ そんなことは問題ではない。戦に勝つために必要なのはこの剣だ。この剣さえあればことは足りる。水や食料など、戦に勝ちさえすれば敵からいくらでも手に入るわ!」
そして、武王は兵士たちに向かって宣言した。
「我が兵士たちよ! いまこそ真の英雄になるときがきた! 魔王の城を制圧し、人類の勝利をもたらすのだ!」
一二の扉 公女は勢力を作りあげる
武王が魔王城の制圧を宣言する一方、元公女もまた自分自身の勢力を作りあげるために奔走していた。大陸中のありとあらゆる傭兵団、武装隊商、商人たち……考えつくあらゆる関係者の元に訪れ、あるいは説得し、あるいは札束で頬を張り飛ばし、またあるいは……。
「わたしがお望みとあればいくらでも要求に応じましょう。ですが、そのかわり、誓ってください。人の世を守るために尽力すると」
一三の扉 武王は敗北の坂を転がりはじめる
「進め、進め! この戦いに勝利すれば栄耀栄華はほしいままだぞ!」
武王の指揮の下、人類最強の軍団は魔王城へと侵攻した。当初こそ優性だったものの、堅牢な守りを誇る魔王城が簡単に落ちるはずもない。戦いは一進一退となり、長期戦の要望を示しはじめた。すると、武王の軍はたちまち物資の欠乏に悩まされることになった。
「陛下! 水も、食料も、医薬品も、何もかもが足りませぬ! このままでは……」
「何を言うか! 水も食料も足りぬと言うなら好都合ではないか。全軍に伝えよ。食い物がほしければ敵を殺し、奪い取れとな。人類最強の我が軍が死に物狂いで戦えば何を怖れる必要があろう。勝利は疑いないぞ!」
一四の扉
元公女は着実に勢力を広げていた。大陸中の傭兵団、武装隊商を次々と傘下に収め、ひとつにまとめていった。その彼女の元にももちろん、武王の軍の状況は伝わっていた。
「……やはり、陛下の軍に物資を届けることはできませんか」
「はい。申し訳ありません。中継基地ひとつ、満足に整備されていない状態では魔界の奥深くまで隊商を送り込むなどとても……」
「分かりました。それはあなたのせいではありません。謝罪の必要はありません。引き続き、管理をお願いします」
「はっ」
元公女はひとりになったあと、呟いた。
「……陛下。あなたはたしかに人類最強の戦士。ですが、それ故に力に溺れ、力ですべてを解決できると思ってしまった。この戦いはあなたの負けです。でも……」
元公女は確固たる決意を込めて口にした。
「あなたの敗北を人類の敗北にはしません」
一五の扉 敗北。しかし……。
武王の軍はついに敗れた。
補給が途絶え、飢えに苦しむところを総攻撃され、壊滅した。無敵を誇った武王その人もまた戦場に倒れた。人類最強の戦士と最強の軍団が無残に敗れ去ったのだ。人類の受けた衝撃は大きかった。『この世の終わりだ!』と泣き叫ぶ声がそこかしこから聞こえはじめた。その声につけ込むように魔王軍の総攻撃がはじまった。最強の軍団を失った人類にはもはや為す術はないかと思われた。だが――。
人の世にはすでに元公女の指示によって堅牢な中継基地が幾つも築かれていた。人類はその中継基地に拠って抵抗をつづけた。さらに、基地と基地を結ぶ強靱な輸送網。さしもの魔物たちも堅固なその守りを突き崩すことはできず、補給路を分断することは叶わなかった。
人類は魔王郡の猛攻に耐えた。耐え抜いた。そして、ついに――。
反攻の時を迎えた。
一六の扉 決戦
人類軍はついに魔王城に迫った。この軍勢には武王のような飛び抜けた戦士はいない。武王の軍のような精鋭揃いでもない。しかし、強靱な補給網があった。何度、撃退されようともそのたびに新しい水、新しい食料、新しい兵士が補充され、人類軍は戦いつづけた。元公女は彼女の指揮する人々に向かって語った。
「水を、食料を、医薬品を、我々の兵士の元に送りつづけるのです! 負傷した兵士たちを助け出し、その生命を救うため、医師と看護師を送りつづけるのです! あなたたちの働きこそが兵士たちを支え、人類の勝利を呼び込むのです」
数年に及ぶ包囲戦のあと――。
人類軍はついに魔王城を陥落させた。
最後の扉 いつかきっと、本当の幸福を。
魔王城を陥落させ、人類はついに安全を手に入れた。人々は歓喜に沸き立った。いまや大陸最大の交易商となった元公女は人々から讃えられた。しかし、一方では悪評もついて回った。
――誰にでも体を開いた売女。
そう蔑みの目で見られたのだ。
そんな人々に対し、元公女は堂々と言った。
「わたしの体のどこか穢れていると言うのです? わたしは人の世のために必要なことをした。その行為によって穢れなどが生じるはずはありません」
誰に対しても恥じることなく、堂々とそう主張した。しかし――。
彼女の確固たる意思も目の前で遊ぶ三人の子供を見ると揺らぐのだった。
彼女の三人の子供、彼女自身が産み落とした子供たち。この子供たちの父親が誰なのか、元公女自身にもわからない。強靱な補給網を築くために傭兵にも、商人にも、その身を預けた日々。その日々のなかで身ごもったこの子たちの父親を特定するなど不可能なことだった。
――きっと、この子たちはわたしと同じように白い目で見られるのだろう。売女の子、不義の子として。
それを思うと胸が痛む。でも、それでも――。
――きっと、いつか分かってくれるときが来る。わたしのしたことは正しかったのだと。
いつかきっと、その日は来る。この胸の棘がとれ、心から幸福を噛みしめる日の来ることが。その日のくることを信じて元公女は今日も平気な顔をして生きていく。
終
婚約破棄からはじまる売女と蔑まれる元公女と敗北の武王の物語 藍条森也 @1316826612
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