第19話 後日譚

 むかし、むかしあるところに鍛冶師と傭兵の街がありました。


 荒野と砂漠に囲まれたその街は、興業と言えば戦争に人殺しおまけで武器。


 遠いどこかの誰かの利害を、思惑を、暴力を、恨みを、利権を、信仰を、期待を、夢を。


 たくさん、たくさん抱えて一つの街は成り立っていました。誰かに望まれた姿のままに、誰かに望まれた在り方のままに。


 まるで大きな歯車のように、人の思惑と金で動きながら、数多の命を砂粒のようにすり潰していきました。


 誰がそう望んだと言われれば、きっとこの街に関わるたくさんの人が望んでいて。


 そしてそれと同じくらい、誰かを失った沢山の人の涙がその歯車の在り方を嘆いていました。


 ろくでもない街だと、傭兵たちは笑います。


 とんでもない街だと、異国の人たちは呆れます。


 しょうがない街だと、鍛冶師たちは笑います。


 仕方のない街だと、神様は笑いました。少しだけ困ったように。


 この街ではたくさんの英雄が生まれては死んでいきました。


 一月、二月で死んでしまう英雄がほとんどで、数年も戦えば大英雄、十年生き残ったらそれはもはや伝説です。そんな伝説、片手の指で数えられるほどしか知りませんが。


 そうして、あたりまえですがみんな最期は死んでいきます。


 大半は名が売れたころに、何気ないほんの些細な躓きのようなもので死んでいきます。噂では『英雄殺し』なんて死神がどこかにいて、彼らの命を理不尽に搔っ攫っていくそうです。ただ、そんな噂が立ったのももう随分と昔になりました。


 今、この街に英雄と呼ばれる人は誰もいません。

 

 隣国の崩壊で戦役が終わり、ここら一帯には長らく平和な時代がやってきました。まあ人が繰り返す過ちはどこか遠くには相変わらずあるみたいで、傭兵たちはどこか遠い街に遠征に出かけてはその戦果を酒場で話す姿は変わりません。


 大所帯の鍛冶屋は人を雇えなくなって看板を下ろしました。今では近くの鉱山への出稼ぎが主な街の興行です。


 傭兵たちも少し数を残すばかりになり、大半は交易や出稼ぎの人たちになっていきました。それでも変化についていけなくなった人たちは、どこかで崩れの山賊をやっているそうです。ろくでもないなあと思う反面、仕方ないかなあとも想います。


 うちだって、鍛冶屋の売れ行きが芳しくなくなった折に、たまたま始めた鉄細工が売れるようになっただけですから。あれがなかったら、私も私の家族も仲良く路頭に迷っていたかもしれません。


 この街から徐々に戦争と関わりが消えたのは、大体数十年も前のこと。


 聖女と聖騎士長という国の二つの象徴、そして国宝である神授の剣を失った隣国は、大義名分と民の求心を一気に失い崩壊への一途をたどっていきました。それを国の兵隊と傭兵で殲滅、民衆や兵士への魔術を使った扇動も明るみになり、隣国は決定的に崩壊、戦役は終わりを告げました。


 もともと、たくさんの国境付近に位置していたこの街は、金さえ積めばどこの国に味方することで有名でしたが、隣国が周辺国で分割統治されることになったことを契機に地理的に国境から離れることに。災禍の国。兵器の国。神授の国、数多の戦役を生み出したその国たちはもはやどこにもありませんでした。


 派遣傭兵という形で、街を切り盛りする話もあったのですが、結局立ち消える形で人々はそれぞれ戦争と鍛冶以外の新しい道を模索し始めました。噂では裏町の顔役が先導して街の改革を行っていたそうです。まあ、それも随分と前のこと、今では裏町はどこかの元傭兵が仕切っているとかいないとか。

 

 たくさんの人の友が死に、親が死に、恋人が死に、子すら死んでいきました。


 戦いは数えきれないほどの爪痕をあちらこちらに残し続け、その牙で数多の命を食らい続けていきました。


 ろくでもない世界だった。


 そんな時代を生きてきて正直な感想はそんなとこです。


 ただ、じゃあ辛いことばかりだったかと言われればそうでもなくて。


 必死に生きて、命を繋いで、それでも笑って、もう随分と少なくなった生き残りたちは生き続けていきました。


 すり潰された歯車の隙間で、それでも必死に喘ぎながら一生懸命生きてきたのですから。


 大切な誰かを失っても、それでも変わらず朝は来て。


 あした命がないとしても、それでも変わらず今日は来て。


 そうやって誰もが必死に生きていました。


 確かにろくでもない世界だったけど、まあ、そうやって必死に走っている日々は意外にな悪くなかったと想うのは。


 ……私もいい加減、歳をとってきたからかもしれませんね。


 僕、という呼称もいつのまにやら、使わなくなって。


 小剣ばかり打っていた鍛冶屋は、今では立派な細工屋です。最近は外国から入ってきた時計の勉強をしています。複雑すぎて少し泣きそうではありますが、まあ鍛冶屋の親方にどやされるよりは幾分かマシでしょう。


 もうだいぶ前に痴呆の入った養父の世話は娘に任せて、僕はルーペを片目に嵌めながらうんうんと試作の時計を眺めて頭をひねる毎日です。鍛冶師の仕事は、なじみの何人かに偶に小剣を送るだけで、もうほとんどしていません。


 「だからぁ、わしは昔赫獅子の英雄じゃったわけじゃよ。三国……四国じゃったか? の戦役でこう敵を剣でばったばったとなぎ倒しての」


 「おじーちゃん、その話もう二十七回目。あと、この前は聖剣の英雄だったっていってたよ? 敵の将軍にスライディングキックしたって言ってたよ?」


 「はあ? わしが聖剣なはずないじゃろ? 何いっとんじゃ。というかお前誰じゃ」


 「はいはーい、私はただの関係ない町娘。でも言ってたよー? 結局どっちなのさ、ていうか本当なの?」


 「本当に決まっとるじゃろ、たく。ま、どうでもいいわい。で、これは儂が絶壁と呼ばれていた頃の話なんじゃがの」


 「また名前変わってるし……」


 視界の端でそうやって呆れ気味になっている娘に世話をされながら、養父の姿に思わずが苦笑いが浮かんできます。


 ちなみに養父は赫獅子でも聖剣でも絶壁でもありません。ていうかそもそも英雄じゃないそうで。


 なんでも傭兵だったのに逃げ足ばかり達者で、なんやかんや生き残っていたら年長だから、街の代表者になっていたとかそういう話だっただろうか。養父が痴呆になる前に聞いたから、多分本当だと想うのだけど。


 ただ、よく嘘をつく人でもあったから、実際のとこはよくわからなかったりします。家に出たゴキブリを杖でしばき倒す一刀だけは、間違いなく歴戦の傭兵ではあるんだけど……。うちの娘と奥さんの限定的な尊敬を得る以外使いどころがないのは悲しいところ。


 そうやって、仕事をしてると、からんからんとドアベルが鳴りだしました。


 私ははてと首を傾げます。お客さんかな、いま細工屋で預かっている仕事はないのだけど、そうなると心当たりは昔なじみの女傭兵か、今は街の顔役やってる傭兵くらいしか思い当りません。


 さて、どっちだろうとこった肩を回しながら、ドアをゆっくり開けました。


 「久しぶり、少年」


 「お久しぶり! えーと、私は初対面だけど」


 壮年の男性とどことなく異彩を放つ女性がそこには立っていました。


 正直、最初は面食らいました。思い描いた二人とはどちらも姿が違っていて。


 誰? というか、隣の人、金髪に赫眼ってどこぞの貴族様か何かでしょうか。それに、私ももう少年って歳でもないし……。


 ただ、そこまで思考して、困惑している私の様子を察したのか男は懐から小剣を何気なくすっと出しました。


 そしてそれをすっと自分の指先の上に小剣の腹で支えて乗せて見せます。


 「それ……僕の……剣」


 思わず零れた言葉に、男性はにっと笑うとそのまま指で遊ぶように小剣を手のひらと指先でくるくると遊び始めました。


 舞う様に、踊るように、小剣は男の手のひらで回り続け、最後に革製の鞘にすとんと落ちてきました。


 「そう、今じゃ大半大道芸用だけど。相変わらず、いい剣だよ」


 そうやって男性は優しく笑いました。そこまできて、ようやく腑に落ちるものが記憶の奥底の方にありました。


 「常連さん! 常連さんですよね?! 昔、僕にオーダーメイド作らせてくれた!」


 そう言うと、男性はニヤリと笑いました。


 「当たり。ちょっと街を離れてたんだが、戻る機会が最近できてな入っていいか?」


 「もちろん、お茶入れますんで。あ、家内は今ちょっと出てるんで、かけて待っててください」


 「ありがとう、あんまり気にしないでね」


 そう言って二人を部屋に通してから、バタバタとキッチンに行って来客用のコップと紅茶を準備します。確か、この前流れの商人にもらったよさげな紅茶があった気がするですが。


 と、そこまで考えて、あ、と思わず口から言葉が零れます。


 通した部屋には養父と娘がいたはずです。


 養父はもう随分前に痴呆が入っていて、もう誰が誰だか分かっていません。ともすれば来客を侵入者か何かと勘違いして攻撃しかねません。確か、前もそういうことがありましたし。店の客を追い返してしまって大変なことになったっけ。


 私はお湯を沸かすのを後にして慌てて、踵を返して部屋に戻りました。


 まずい、まずい。


 そう想ってドアを開け放ちました。


 ただ開けた先の光景は想っていたのと、少しだけ、違っていました。


 そこにあったのは、娘が不思議な顔で老人と来客をしげしげと眺めている様子だけでした。






 「ただいま、クソおやじ」


 「おかえり、バカ息子」


 「おじさま、ただいま」


 「ええ、おかえりなさい、リザ様」


 「町の人に聞いたよ、ボケたらしいじゃねえか。来るのがちょっと遅かったか?」


 「バーカ、早えよ。俺が死んでから来いっていっただろ」


 「でもおかげで、ちゃんとお礼を言いに帰ってこられたわ」


 「勿体ないお言葉、それに私が知るころよりも顔色がいい。息災なようでなによりです」


 「おかげさまで、な」


 「うん、元気にしてる。ちゃんと生きてる」


 「そうか、それなら私から言うことは何もありません。ええ、何も」






 そう言って語り合う三人を、僕と娘はただ黙って見つめていました。

















 ここはかつての傭兵と鍛冶師の街。





 今ではすべて終えて、時代に取り残されたそんな街。





 それでもまだ僕達は、この街で今日も生きています。

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殺し屋男と台無し少女 キノハタ @kinohata

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