しーちゃん

ごむらば

すきゅーばだいびんぐ

都心部から少し離れた大学に通う僕は真田 誠(さなだまこと)、大学2回生。

田舎から出てきて大学近くで一人暮らししています。

入学してすぐに潜水部に入部しました。

潜水部というのは文字通り水に潜る倶楽部。

つまり、スキューバダイビングのクラブです。


今年は新入部員も多く、その中でも特に気になったのが、杉内 真奈美(すぎうちまなみ)。

彼女はやたらと僕に質問などをして僕との距離を詰めてきました。


僕も小柄で可愛く、人懐こい彼女に惹かれ、夏休みが終わった頃から付き合うようになりました。


クラブのない時は彼女の住む都心部へ行き、映画やショッピングを楽しんでいました。

僕は彼女について一つ不満に思っている事があった。

それは僕と一緒にダイビングショップへ行こうとしない事。


僕がダイビングを始めて、少ししてから通い始めたお気に入りのお店。

このお店に通う理由は店員さんが親切でいろいろ教えてもらえる事もあるが、真の目的はこのお店独自のキャラクターに会いに行く事。


キャラクターの名前は【海ちゃん】と書いて【しーちゃん】と呼ぶ。

しーちゃんは全身がピンク色をしていて、全身がウエットスーツ素材のネオプレーンゴムで出来ている。

形状は玉子型で、体から短く先が丸い手足が出ている。

身長は70cm程と小さく、初めて見た時は大きめのぬいぐるみだと思った。

背中にもファスナーらしき物も見当たらなかったので。

だから、初めて目の前で動いた時は声を上げて驚いてしまった。





大抵、店の入口にいる【しーちゃん】は僕が店に入ると、僕の足元にやってきておススメ商品やお得な商品の所を案内してくれる。


俺が【しーちゃん】に勧められた商品を買うかどうかしばらく悩んでいると、再び足元へやって来て買ってと言わんばかりに可愛くアピールする。

僕はいつも【しーちゃん】のその可愛さに負けて商品を購入してしまう。


そして僕が購入を決めると僕の前をヨチヨチ歩いてレジへ誘導してくれる。


あの小さな着ぐるみが気になり、店長に【しーちゃん】の中に誰が入っているのか聞いてみた。

店長はうちの娘が中に入っていて、お店を手伝ってくれている事は教えてくれたが、それ以上の事は教えてくれなかった。


ただ、今の【しーちゃん】は2代目で、初代の【しーちゃん】は水色だった事、そしてごく稀に水色の【しーちゃん】が現れる事も教えてくれた。


僕の中では店長の小学生くらいの娘さんが【しーちゃん】の中に入っているのかなぁと推測し、それ以上の詮索はやめた。


2代目【しーちゃん】はセール商品がある時はその小さな体に特製のウエットスーツを着て、ゴーグル、シュノーケル、BCジャケットを装着しセール商品をアピールしている。


特に買う物が無くても、その可愛い【しーちゃん】に出会うためにお店を訪れるようになっていた。



大学の授業のない空き時間を利用して、お店に行く事が多く、その時間はお客さんもほとんどいない。

そのため、【しーちゃん】は僕の事を覚えてくれたようで、お店に行くといつも僕の足元にまとわりつくようになっていた。

そして、帰る時は店の出口まで見送ってくれる。


可愛い物好きの真奈美も【しーちゃん】を見たらきっと喜んでくれる。

そう思い真奈美とのデートのたびに誘ってみたが、素っ気なく断れていた。






12月も近づいたある日、いつものダイビングショップへ行くと、【しーちゃん】がサンタの衣装になっていた。

【しーちゃん】は女の子なので、スカートを履いて、帽子を被り凄く可愛かった。


真奈美には【しーちゃん】の事をずっと話していたが、全く興味を持って貰えなかった。

それでもサンタの衣装を着た【しーちゃん】を見せたくて、デートの時強引に誘い、ついに大ゲンカに発展してしまった。


クリスマス近くに別れる恋人たちがいるというのはよく聞く話だったが、まさか自分の身に降りかかるとは思っても見なかった。


大ゲンカをして数日後のクリスマス前日、僕が部屋に帰ると真奈美のメッシュバッグが置いてあった。

小柄な真奈美にダイビング器材の入った重いメッシュバッグをいつでも僕の家に置いて帰ってもいいように合鍵を渡していた。


しかし、こんなクリスマス前に潜りに行く事もないはずなのに、なぜだろうと思いながらメッシュバッグに近づく。


念のため、かなり膨れたメッシュバッグのファスナーに手をかけようとした時だった。

突然、メッシュバッグが動いた。

ビックリしてメッシュバッグから離れたが、まだ動いている。


少しビビりながらもメッシュバッグを開けると出て来たのはピンク色の【しーちゃん】。

いつも、お店で俺の足元にまとわりつく、あの【しーちゃん】だ。


メッシュバッグから半身を出した状態で僕に会釈する。

そして、【しーちゃん】は短い両手を挙げる。

左手にはメモ、右手には刃の出ていないカッターを持っている。


メッシュバッグに引っかかりながらも短い手足を駆使して這い出て、メモを僕に渡す。

メモには【しーちゃん】の背中の絵が描かれてあり、《点線に沿ってカッターで慎重に切り開いて下さい》と書いてあった。


メモを読み上げた僕に【しーちゃん】はカッターを渡して背を向けた。

薄くではあるが点線が描かれている。


僕はメモに書かれていた通り慎重にカッターを走らせる。

【しーちゃん】の背中はぱっくりと開き、現れたのは大きなファスナー。


ドキドキしながら、ファスナーを下ろしていく。

今まで何度も会いに行った【しーちゃん】の中の人に会える。

はやる気持ちを抑えながら、ゆっくりと中の女性を想像しながら。


僕はすぐにファスナーの下に人肌が現れると思っていたのだが、現れたのは【しーちゃん】の体と同じピンク色のネオプレーンゴム。


メモを見返すと、ファスナーはしっかりと最後まで下げるように書かれている。


メモに従いファスナーを最後まで下ろすと、【しーちゃん】はうつ伏せに倒れた。

僕は心配になり声をかけようとした時、【しーちゃん】の中身が体を揺すり始めた。

僕は何もできずに、この状況をただただ傍観する。


【しーちゃん】の背中のファスナーから中身がゆっくりと出てくる。

中身が出て、皮だけとなった【しーちゃん】が床に落ちる。

僕の目の前には目だけが見えているピンク色の人が現れた。

その目は僕を見て微笑んでいるようだった。


ピンク色の人は目だけが見えているマスクを外し、僕の前に現れたその姿は真奈美だった。

髪はしっとりと汗で濡れている。

真奈美は僕の帰りをかなり長い時間、【しーちゃん】の中で待ってれていたのだろう。


真奈美はピンク色のネオプレーンゴムのスーツを着たまま、僕と向かい合うと言った。

「私が【しーちゃん】なの」

だから、お店に行っても当然【しーちゃん】に会うこともできないし、何よりお父さんに付き合っている事を知られたくなかった事を聞かされた。


そして、高校の時に手伝いをしていたお店で、よく来店していた僕の事が好きになり、【しーちゃん】としてでも一緒にいたかった事も教えてくれた。


さらに本当はダメなことなのだが、個人情報から僕の大学やクラブを調べ、同じ大学、同じクラブに入り付き合うまで至った事を。


僕はそれを聞いて真奈美をギュッと抱きしめた。

そして疑問に思っていた事を真奈美に聞いてみた。

「このスーツはファスナーはないけど、どうなってるの?」

真奈美は首のところを引っ張り言う。

「凄く伸びるでしょ、ここから着るの」


「じゃあ、スーツの中は?」

真奈美は黙って下を向く。

「確かめてもいい?」

真奈美は顔を赤らめて頷いた。


俺は小柄な真奈美をお姫様抱っこして、ベッドへ連れて行き、スーツの中身を確認した。




事が済んだ後で、真奈美にはもう一度【しーちゃん】になってもらい、【しーちゃん】を初めて抱きしめました。


僕は大好きな真奈美と【しーちゃん】の両方を手に入れる事ができました。



おしまい

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しーちゃん ごむらば @nsd326

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