真夏の天使様

復讐神コウ

何かが終わる、何かが始まる

 コツコツコツコツコツ。


 一定の間隔で歩く足音が廊下全体を反響する。

 それを鳴らすのは錆びかけのロボットのようにぎこちない動きで移動する一人の少年だ。



「あぁ……ヤバい! めっちゃ緊張してきた」



 チラリと左手首に巻き付けている腕時計を見るとその針は約束の時間まで五分を切ってしまっていた。



「今からホントに俺、先輩に告るんだよな?」



 その事実を再確認し、若干顔を青ざめる。

 少年──水奈雲澪みなくも れいはこれから入学して三日で憧れの先輩となった意中の相手、伙神飛鳥かがみ あすかへ想いを告げる。



「俺が入学して間もない頃、校内を彷徨さまよっていたところに優しく案内をしてくれた時から好きだった先輩に……好きだって言うのか」



 夏の暑さと告白の緊張という両方で汗を垂らす澪は当時の出来事を回顧する。



『えぇっと……キミは新入生?』


『はい、少し迷ってしまって……』


『やっぱりね!なら案内するよ。私は二年生の伙神飛鳥。よろしくね新入生君』


『ちょっ!?』


『どしたの?』


『いや、あの……俺には水奈雲澪っていう名前があるので』


『そっか。じゃあ澪くんね!じゃあ出発するよ澪くん』



 一通り過去の思い出を脳内で上映しながら澪は呟いた。



「初対面で手を繋がれるわ名前教えたら早速名前呼びするわで随分とすぐに他人のパーソナルスペースに入り込もうとする先輩だったよなー」



 まぁそこがいいんだがと付け足す澪。恋は盲目とはよく言ったものだ。



「この三ヶ月間で先輩のあらゆる情報や関わりを持ってきた俺はとうとうこのステップまで来てしまったか。思えば長いような短いような」



 感慨深く澪は言うが彼は実際のところ足りない脳みそを飛鳥の興味に費やし友人関係を棒に振るレベルで飛鳥にのめり込んでいるだけだった。何度も言うが恋は盲目とはよく言ったものだ。後若干ストーカーのやる手口と似ている部分があり大変御気持ちが悪い。



「しかし一つ問題があるな……先輩は俺の事をどう思っているのだろうか」



 趣味嗜好を調べあげた澪であったが唯一手に入らなかった情報は自身に気があるかどうかの有無だ。

 澪は生まれてこのかた恋愛をしたことがないチェリーボーイ。しかもインターネット等を使って恋愛のイロハについても調べずに独自で自身の恋を成就させようと躍起になっていた。



「あ……着いてしまった。この先に先輩が……いるはずだ」



 少し時間に余裕があるが澪には先輩が既に待ち構えているということに確信めいたものがあった。

 逸る気持ちを抑えながらゆっくりとそして慎重に教室の扉を開いた。



「──先輩。お待たせ致しました。澪です」


「やっほ、澪くん! そんなに待ってないから大丈夫だよ!」



 澪の瞳に飛び込んできたのは夕陽に照らされた『美』の体現者だった。勿論あくまでも澪から見た表現だがそれを抜きにしても誰が見ても彼女は絶世の美少女だった。

 大和撫子を極限にまで至った黒髪ロングヘアー。燃え盛る紅蓮華の様な紅い眼。高校生とは思えない抜群のプロポーション。健康的な肌の色。

 澪には彼女が女神天使様に見えていた。あえて全部言おう、恋は盲目とはよく言ったものだ。



「そ、そうでふか!ならよかったでひゅ!」


「フフッ、そうでふかって。澪くん慌てすぎだよ。落ち着いて……はい深呼吸!」



(噛んでしまった……めっちゃ恥ずかしい!)

 顔全体が林檎のように赤くなるのを感じた澪は俯いた。

 飛鳥に促され、体内の酸素を吸って二酸化炭素を吐いてを繰り返すこと三度。澪は漸く話を切り出した。



「せ、先輩。あのですね……今日ここに呼び出したのは理由がありましてね」


「理由? 澪くん、理由ってどんな理由?」



 疑問に思い、首を傾げる飛鳥に面と向かってこれから告げる内容を踏み出す澪はそのあまりの可愛さにピシリっと石の如く固まってしまった。

(くっそ可愛いんだが先輩? え? 何? 先輩っていつから学生から聖人てんしにジョブチェンジしたんでせうか?)



「あれ? おーい澪くん! 大丈夫かな?」


「大丈夫ですとも先輩。先輩を困らせてる奴は俺が完膚なきまでにグーパンしてやりますから!」


「うん、私今現在進行形で澪くんに困ってる!」



 そ、そんな!? と、ショックを受けた澪は己の何が悪かったのかを脳内CPUで僅か0.3秒という時間で答えを熟考していく。

(いや今のやり取りは俺が十割どころか百兆割ぐらい悪いじゃん。まんま戦犯じゃん)

 醜態を晒していることに今気づいた澪は深く反省した。



「すいません先輩。少しばかり……いや、かなり気が動転しておりましたでございマッスルは筋肉」


「今も全然落ち着いてないよ!?」



 語尾に怪しげな言語を話し出した澪に遂には声を大にしてツッコミを入れた飛鳥。

(おかしいな? どこが違えていた?)

 等と宣うこのアホは自分が今何を喋っていたのかすら覚えていなかった。



「澪くんホントに大丈夫? 今日はもう帰った方がいいんじゃないかな?」


「全然大丈夫ですよ先輩。それでは今から俺が先輩を呼び出した理由をお話しましょう」


「あ、まともになった」



 急に普通に話し出した澪に一瞬の恐怖を覚えたがそれよりもここに呼び出された理由を話してくれることに飛鳥は興味を示した。



「今日ここに呼び出したのは他でもありません。俺の先輩への気持ちを先輩に知って欲しくて俺は今日、この時間を先輩に求めました!」


「ッ!? 澪くん……それって!」



 澪の実質的な告白宣言に飛鳥は顔の熱が一気に沸騰するのを錯覚した。

 飛鳥の表情の変わりようと彼女のバックにある夕陽を目に焼き付けながら澪は言葉を続ける。



「先輩……俺、先輩のことが──「澪くんッ!」──ど、どうしたんですか先輩?」



 自身の名を叫んだ飛鳥に澪は訝しげに見た。

 また再び俺が何が悪いところがあったのだろうか。と、顧みるがどうにも彼女の様子がおかしいのを見るとその線は消えた。



「あ、あのー先輩? どうしたんですか?」


「澪くん」


「はい? 澪くんですけど」



 名前を呼ばれ、静まり返った時間が続くこと早三分。

 飛鳥は何かを決したようにわなわなと震えていた顔を上げる。



「私ね、こういうのは自分から言っておきたいタイプなんだ」


「はぁ……いまいち話が見えてこないのですけど?」


「あれ? と、ともかく! 私にその言葉を言う前に伝えておかなくちゃいけない事があるからそれを言いたいの!」


「お、おおぅ……そうなんですか。随分ガンギマリな表情ですね」


「私そんなにおかしな顔してないよ!?」



 見る人が見ればそう捉えてしまいそうになる程飛鳥の顔はキマっていた。



「それで先輩。伝えたいこと、というのは何ですか?」


「あくまでスルーするつもりなんだ……まぁいっか。これを言うのは澪くんが初めて何だよ?」


「そうなんですか」


「うん。実は私……



 飛鳥はそう告白するのと同時にバサりと背中から鳩のような翼を出現させた。

 純白の処女雪のような白は誰もが見蕩れる清廉さをしていた。

 澪は飛鳥のこの異常さに、



「はい、知ってましたよ?」


「…………え?」



 表情を変えることなくむしろこれが当たり前かのように接していた。

 飛鳥はそれが想定外のリアクションだったのか思わず目を見開いて驚いた。



「私、人間じゃないよ?」


「繰り返さなくてもキチンと聞こえていますし使の翼も見えてますよ」


「い、いつから知ってたの?」


「先輩に案内された日から一週間と二日と22時13分43秒ですかね」


「………………」



 お手本のような絶句をする飛鳥に澪は更に続ける。



「それに言いますけどね先輩。この学園って割と人間以外も在籍していますよ? 俺も先輩について詳しく調べなければ全く分かりませんでしたけどね」


「嘘でしょ?!」



 取り戻した意識が再び遠のくレベルの衝撃事実に思わず吼えた。

(え? 嘘? 私一年以上この学園に通っていたけど全っ然気付くことが出来なかったんだけど!?)

 翼を器用に使って顔を覆い隠した飛鳥はチラリと目だけを隠さずに件の澪を凝視する。



「例えばそうですね……留学生と身分を偽っているエルフでしたり遥か彼方の星からやってきたという厨二病設定が実はそれが本当マジの宇宙人もいた気がしますね。他にも沢山いますよ?」


「それ私の友達のキュレイと幽ちゃんだったりする?」


「よく分かりましたね。流石先輩です」



(言えない……何で澪くんがそんな情報知ってるのかを。目が怖いよ澪くん!?)

 まるでこの世の真理を見ている澪は蛇足ですが。と、飛鳥にとってさらなる地雷を踏みに行った。



「人外以外にも異世界人、勇者、超能力者、転生者、そしてこの世界よりも上位の世界からの介入者が在籍しています」


「私今とんでもないことを聞いた気がする」



 なまじ自身が人外な為その話に信憑性しかないことを理解した飛鳥。現実は残酷なり。



「そんな事よりも先輩。俺が言いたい事なんですが……言ってもいいですか先輩」


「そんな事よりもって……充分情報が凄くてお腹いっぱいなんだよね」



 だが澪は飛鳥を逃がさないという真剣な眼差しで見つめる。



「うっ……確かに! 私だって澪くんのことは三ヶ月一緒にいるから色んなところを見てきたしここだけの話一目惚れだったのかもしれない」


「先輩……」


「でも私は、天使で。澪くんは人間で……」



 種族的な問題が飛鳥にとっては越えられない壁になっていた。

 しかし澪はそれすらも知っていた。



「そんな事、関係なんてある訳無いですよ」


「澪、くん……」


「俺はあの入学式の時、先輩に助けられたあの時から俺は先輩の魔法にかかってしまいました。エルフでも宇宙人でも勇者でも異世界人でも上位者でも解けない魔法に!」



 その魔法の名は────、



という名の天使の寵愛にかかってしまったんです!」


「澪くんッ……私は澪くんが好きです」


「俺もですよ、



 人間と人外が背負うには難しい恋愛なのかもしれない。

 しかし澪と飛鳥はそれを乗り越えるだろう。




 それは夏によくあるそんな日のこと。






 空に浮かぶ夕陽が一際輝いた様な気がした。

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真夏の天使様 復讐神コウ @saadagami

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