第10話

「な、何だこの魔法は……ッ!」

「動ける者は今直ぐ此奴に攻撃を仕掛けるんだァッ!」

「光の壁……いや、光の盾だと!? まさか……ッ!」


 何かに気付いた騎士の顔面に光の盾が激突し、鼻を砕きながら後方へと吹き飛ばした。

 計四つの光の盾はヨハンを中心に、攻撃を仕掛けて来る騎士との間を塞ぐ様に展開されている。

 弓、剣、槍、更には魔法さえも防ぐこの光の盾だが、徐々にその光は弱まり、複数回の攻撃により盾に亀裂が入って来ている事からも、この状態が長く続くとはヨハン本人は勿論、帝国騎士達も薄々と気付いていた。


「くッ……魔力が…もう……ッ!」


 尋常じゃない魔力消費の正体は恐らくこの光の盾だろうと予想が付いた。だからといってこれを解く訳にもいかず行き詰まるヨハンの視界に突然、洗練された隊列の瓦解が映った。

 疲労により思考力も低下しているヨハンだったが、それが援軍だと理解するキャパシティは辛うじて残していた。


「誰だ……?」


 悲鳴が聴こえる。

 数十人もの騎士の肉壁によって未だ姿が見えないが、悲鳴からミシェーラでもドレイクでも、ルーカスでも無いと分かる。


「重装歩兵ッ! 前へ!」


 帝国騎士で指揮官の様な風貌の男が大きな盾や巨大な剣を抱える騎士に指示を出した。

 統率力はメルフェスタのそれを上回るかもしれない。

 そんな事を考えれる程ヨハンの元の攻撃が緩み、謎の勢力に攻撃の手が回っている。


「弓兵! 撃龍槍用意ッ!」


 弩弓から放たれる龍殺しの矢。

 ドンッ。という鼓膜を破る巨大な音と共に放たれた全長一メートルの巨大な矢はヨハンの見えない所で土埃を巻き起こした。


 土埃が晴れぬ間に一本の剣筋がキラリと光る。

 目視出来る程近い煌めき。ヨハンの先に居る五人の騎士がなす術も無く沈んでいった。

 そんな俯瞰的な反応も仕方が無かった一時。

 呆然と唾を飲み込む動作を挟めるヨハンに、近付く影は実に待ち望んでいたのかもしれない人物で淡い期待を寄せていた人物。


「まだいけるか、ヨハン」

「そちらこそ。撃龍槍は大丈夫でした?」

「あれはまずい、危うく身体に穴が空くところだったよ。――それにしても、それ『イージス』か。久し振りに見たよ。凄いな、ヨハン」

 

 驚いた表情で光の盾を見つめるルーカスはその名前らしきものを口にしてチョンチョンと突く。


「これをご存知で?」

「まぁ……な、――今はそんな話してる場合じゃないだろうけど」

「そ、そうですね。後でじっくり話は聞かせてもらいます」

「ん、分かった。取り敢えず、あれをどうにかしよう」

「正直、あれは防げそうにありせん……」


 お互い額に汗を滲ませており、息も多少切れている。

 

「左五人、右の魔法使いは三十秒でやれる。右三人と奥の魔法使いを頼めるか?」

「三十秒ですか……分かりました。援護は?」


 鼻で笑ったヨハンだが、馬鹿にした訳では無い。何故か信頼出来ていた。成し遂げそうなそのテンション感に笑ってしまったのであった。

 

「遠距離攻撃と重装歩兵の攻撃を頼む」

「承りました。あと、左の彼奴、指揮官です」

「お、そうか。じゃあ彼奴から……」


 ドレイクの剣だろう。ルーカスの握る剣は血で濡れている。恐らくここに来るまで多くの人間を斬って来た事だろうと予想が付いた。

 勢いよく走り出したルーカスの左側、光の盾で矢を防ぎながら自分の所へと飛んで来る斬撃を盾で受け止めるヨハンは残り少ない力を振り絞って相手を切り伏せる。


 正面から斬り込んで行くルーカス。

 今の世の中、相当な実戦経験が無ければあんな動きは出来ないだろう。

 死体を起こし矢を防ぎ、死体を盾に斬撃を無効化する。

 舌を巻く帝国騎士達の視線は縦横無尽に走り回るルーカスの残影を追っていた。

 素早い動きで地面を蛇行し、振り下ろされる剣も、横薙ぎの槍も、全て対応し、最小限の攻撃で次々に帝国騎士を沈めていく。


「グハッ……」

「う、後ろだっ!」

「あ……」


 剣を合わせて分かる。

 この金髪の男は”慣れている”と。

 服装から一般人だと思っても仕方がないだろうが、剣戟の際の落ち着きといい、周囲の確認を怠らない注意力、更には魔力を使った空間把握は一級品だ。


 少し離れてこの様子を見ていた帝国騎士はルーカスを分析しながら撤退を視野に入れて退き始めていた。


「ふんッ!」


 鋭い一撃がルーカスの肩を掠める。


「ヨハン!」


 二撃目を狙う騎士の前に光の盾が現れる。


「なっ……!?」

「集中」

 

 光の盾で相手の踏み込みを遮った一瞬の隙を突いたルーカスの飛び込み。鎖骨から背中に貫通した剣から手を離し、前蹴りで騎士を倒して足元の剣を拾うと、体勢を立て直しながら迫り来る騎士を斬っていく。


「流石です、勇者候補がこれ程だなんて……」

「まだ褒めるのは早いよ。ここから少し離れた所に王女を待たせてるんだ。約束の十分は近いし、急ごう」


 何かへ向けて手を伸ばしたルーカスの元にドレイクの愛剣が飛んで戻って来る。魔法の一つだが、位置と物体の質量を詳細に知らなければ難しい魔法だというのは有名な話で、それを他人の剣で行うルーカスの異常さ。


「げ、撃龍槍だ!」

「気にするな、俺が壊す!」


 一本目はルーカスの足元に着弾し、地面を木の根ごと抉り出す。

 二本目は剣で逸らし直撃を防いだものの、肩への衝撃は凄まじく、苦々しい表情が溢れる。

 三本目、数歩隣に生えている木に直撃した事で衝撃波がルーカスを襲った。


「……っ! ルーカスッ!」

「構うなッ!」


 地面を転がり、土に顔を沈める事になっても這い上がるルーカス。目標である弩弓は目前で、射手が顔を青くしているのまで見えた。


「はぁぁぁッ!」

 

 加速魔法。

 肉体の動きを魔力でカバーし、全身の動きを速める魔法だが、使う者は珍しい。それこそ魔法使いは激しく動く事自体少ない為に機会が無いものなのだ。


「魔力だけじゃない……覇気か……!」


 紫色の影が剣から溢れて斬撃へ乗り、騎士の鎧ごと粉砕した。その鏖殺とも取れる一方的な猛攻はたった数分の出来事で、もう既にルーカスは立つ事すらままならないヨハンを背負って来た道を戻り始めている。

 信じたくなかった。

 こんな強い人物が今まで隠れて暮らしていたなんて。

 自分が候補へなれなかった理由が見つかった気がしてヨハンは涙が出ない様に目を強く瞑った。

 身長的にも自分が背負われているのはおかしいのだが、そんな事を気にする余力なんてお互い残っていない。ただ、王女とミシェーラ、エリスの元へと辿り着いた時に改めて事の珍妙さに気付き、誰にも見られない所で赤面するヨハンだった。


◇◇◇


 ルーカスがこの場を離れて数分後、ミシェーラ、エリス、フィオナの一向は身を潜めながら負傷したドレイクの手当、見張り、と分担して過ごしていた。


「姫様、何者なんでしょう、あの男」

「ルーカス・セインね、正直……分からない事が多いわ。先ず名前、セインって家名……聞いた事が無いし」


 ミシェーラが少し離れたところでエリスがフィオナに話し掛けた。別に内緒話という訳では無いが、一応ミシェーラはあのルーカスと”仲間”で、彼についての懐疑的な話は気を悪くする恐れがあった。


「エレオノール・ハイデガー。あの方は依然としてハイデガーを名乗っておられます」

「そうよね、そこも気になるわ。別に旧姓を名乗る事が悪という訳ではないけど、何か事情が無ければ……」

「ルーカス様のお父上はどういう御方なのでしょうか、ネヴリスターダ本家に居た頃から今まで聞いた事がありません、ハイデガー家の令嬢と結婚出来る程の御仁なのは理解しているのですが……」

「――ん、私も知らないわ……何故かしら、王城へ帰還したら直ぐに調べさせましょう」

「そ、そうですね」


 エリスは驚いていた。

 フィオナはメルフェスタの王女で、権力は王国の中でも十本の指に入る程に高く、一つ命令すれば国が総出で動くとも言われている”信頼”を有する存在。


 そんな存在が剣聖の家系、長女の婚約情報を知らないなんて有り得るのだろうか。一度は耳にした筈だ。数えきれない程の祝いを受けたであろう婚約で、期待は王族の婚約と大差無いと断言出来る。


「姫様が知らないとなると、王城でも知っている人がいないかもしれませんね」


 冗談半分の台詞だった。ハハッと笑いながら発した言葉だったが、その途端にフィオナの顔が硬直したのが分かった。


「ハイデガーが隠しているのかしら……?」

「かもしれませんね、今まで彼の事は都市伝説程度にしか聞いた事がありませんでしたから」

「どんな?」

「マルコ・ハイデガーに隠し子が居るとか、養子を取っているとか、ありきたりなものですが……」

「そう、でもまぁ調べる必要があるわね。今後の為にも彼の情報が必要だわ」


 帝国へと赴いた格好では動きにくい為か、ドレスの裾を千切ったフェリスは森の中で倒れる帝国騎士から剣やら槍やら装備を集めて回る。

 証拠としての死体なんて重くてとても運べたものでは無いが、帝国の物だと判断出来る装備さえあれば今後の交渉材料としては十分だったのだ。

 王女自らがこんな事をするという恥じらいは既に捨てている。


「ミシェーラさん!」


 少し離れた場所に居るミシェーラ。木の上から索敵している最中の彼女を大きな声で呼ぶ。

 

「どうしました?」


 木の上から飛び降りて此方に駆け寄って来る。


「あそこに使えそうな馬車が」


 指差した方向に帝国の物だと思われる馬車が放置されていた。上手く木陰に隠されているのを見る限り、事故などで放置されている訳では無さそうだ。肝心の馬も少し離れているが怪我無く縄で繋がれている。


「――罠では?」

「エリス」

「はい」


 エリスは敵が潜伏しているか否か、確認する為に剣を抜いて馬車の元へ歩いて行く。

 見張りは基本的に居る事が多い。

 移動手段である馬は置いといて、馬車は部隊の”お偉いさん”が乗っている事が多いものだ。例えば部隊の司令官。視察の為に参謀的な大物が現場に来るなんて珍しい事だが、何か特別な作戦などの場合には全然有り得る事。

 数分後、変わらない様子で此方へと戻って来たエリスに少し安堵しながらも緊張感を持って駆け寄った。


「大丈夫でした。五人の見張りが居た様ですが、全滅でした。位が高そうな人物の死亡も確認、安全です」

「良かったわ、彼とお仲間が戻って来たら馬車で共に戻りましょう」

「はい」 「はっ」

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双璧の勇者達 @Jyamirupon

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