第9話

 赤髪を揺らし、次々と敵を斬り伏せていた女性はエリスというらしい。

 最初その女性が馬車を出る際は茶色の髪色をしていた筈だが、髪色が変わったのは何故だろう。

 仮にもミシェーラはメルフェスタ王国の人間である為、エリスで赤髪といった情報から、この女性が何者なのか見当がついていた。


「もしかして……あの、エリス・ネヴリスターダさんですか?」

「そうよ?」


 艶かしく微笑んだ女性はメルフェスタ王国の近衛騎士で最も有名だと言っても過言では無い人物。

 服装がまるでその人物を指していない事からあまり直ぐには気付く事が出来なかったが、赤色の長い髪の毛と様々な武器を使うその戦闘方法は彼女特有のもの。

 学生時代からその武勇は色々な所で聞く機会があり、同じ女性として尊敬し、憧れていた人物でもあった。


「じ、実はファンで……」

「そうなの、ありがとう。ゆっくり話せれば良かったんだけど生憎こんな状況だからね……」

「すいません、今言うべきではありませんでしたね……。でもネヴリスターダ様が居るとなると……この方はまさか、フィオナ殿下!?」

「変装しててよく分かったね」


 視線を下げるエリスの先には目を覚ました麗しき乙女が目を見開いて馬車の壁、いや、外を見ていた。


「どうしたフィオナ?」

「え、いやいや……茶髪だし……本当にフィオナ殿下なの……?」


「そうよ、久し振り」


 輝いて見える笑顔も、状況と血濡れた顔面によって少し良さが失われている気もするが、懐かしいもの。

 久々に再会出来て嬉しくなったからだろうか、ミシェーラは思わずフィオナに抱きついていた。

 ただでさえ馬車の転倒により脳が揺れているのに抱きつかれて揺らされる体。

 嬉しさ溢れる二人の雰囲気に若干押され気味のエリスは目を細め、口を尖らせて不満を露わにしていた。


「良いな、若いって……」

「何よ、エリス。貴方も十分若いでしょ」

「いや姫様、実年齢じゃありませんよ。精神的なやつです。羨ましい……」

「そう? まぁ……ん、何……あれ」


 敵か、と警戒しながらその壁を見たミシェーラとエリス。

 しかし、何も見えず懐疑的な表情のまま再び視線を戻すと首を振り二人が危惧している事を否定する。指を指している先は壁の穴で、その先に見える何かを見ての言葉だったのだ。


「ん……あれは覇気だな、いやしかしあれ程の覇気は珍しい」

「えぇ……何ですかあの覇気の量は!?」

「姫様が言っていた帝国の精霊使いかもしれないな。彼奴は化け物だ。徒歩だが仕方が無い。王都は近い。逃げるぞ」

「ちょっと待って下さい。近くに私の仲間が……」

「そう言えば君は……」

「ミシェーラ・ヴィヴィアンと申します」

「あー。姫様と仲が良いと聞いた事ある。だからエリス殿下だと分かったのかな?」

「でも未だに疑いが晴れないというか……高度な変装ですね……」

「それはもう、姫様は王族だからね。それくらいはしないと。それはそうと、さっき言っていた仲間って?」


 三人で馬車の外に出て紫色に染まる空を後ろにその場から徒歩で離れて行く。


「他の仲間がこの周りに居る筈で! きっと力になる筈です!」

「仲間……勇者パーティーの者達か。どうしますか姫様?」

「正直ミシェーラ以外のパーティーメンバーを詳しく知らないのよね」

「――ハイデガー家の勇者候補が付いています」

「え、シリウス?」

「違います、ルーカスです。今はルーカス・セインと名乗っています!」


 驚き目を見張るフィオナに慌てて訂正を加えるミシェーラ。手をパタパタと振ってあたふたしている。

 

「ルーカス・セイン……名前は何処かで聞いた事があるんだけど……」


 首を傾げて深く悩むフィオナ。王都の学園に在籍している大半の生徒は貴族の令息や令嬢で、体裁の為にもある程度の顔と名前は覚えているのだが、地方の学校となると話は別だった。

 勿論、地方の学校でも有名どころの貴族の名前は覚えているし、辺境に居ながらも王家と親交が深い貴族など多く居る為に自然と覚えているもの。


「姫様、ミシェーラ様、何か来ます……伏せて」

「え、あ、うん」 「は、はい」


 低木が揺れ、朽木を踏み折るその音で即座に伏せるように指示を出したエリス。身体的な状態はあまり良いとは言えず、ここは静かに身を屈めて静かに通り過ぎるのを待った方が良いと判断したのだ。

 足の間隔は大きく、落ち着いている様な足取り。

 パキパキと枝や枯葉を踏み砕いていく何かは人間で、方向からして転倒した馬車の方から来たに違いなかった。


「敵でしょうか……」

「分からない、ミシェーラ様は万が一の為にも戦闘用意を」

 

 恐る恐る背にしていた巨木から身を低くしたまま音のした方を覗くエリス。


「騎士では無さそうです。傭兵? いや、一般人です!」

「一般人がこの場に? 危険です! 直ぐに助けを!」

「ちょっと待って下さい! エリス様、その一般人の特徴を教えていただけますか……?」


 巨木から飛び出そうとしていたエリスの肩を強く掴み引き留めたミシェーラの頭には金髪で身長が高く、飄々とした一人の男がチラついていた。


「金髪で碧眼、抜き身の剣を手に此方へ歩いて来ています。せ、背中に人間を一人抱えていますね……何故でしょう……」

「うん。間違いないわ、さっき話した勇者候補です!」

「えーっと……ルーカス・セイン?」

「そうです! 仲間です!」


 湿った地面から腰を上げて両手で大胆に土を払いながら姿を見せたミシェーラは手を振り、ルーカスと思わしき人物に声を掛ける。


「あ、ミシェーラ。生きてたか」

「当然です。それよりドレイクは無事ですか? 見た限り死にかけていますが?」

「大丈夫だ。怪我をしてるが…よっと」


 背中に背負ったドレイクはぐったりとしており、至る所に傷が見え、血が滲んでいる。

 そんなドレイクをルーカスは投げる様に地面に降ろし、血が滲んだ包帯を新しいものに変えようと解き、手に持っていたドレイクの剣で新しい包帯を切って素人なりに巻いていく。


「ちょ、ちょっと待って下さい、私が巻きます」


 ミシェーラが姿を見せた巨木の裏から二人、女性が現れ、その内の赤髪の方の女性がルーカスの処置方法に意を唱えながら走り寄って来た。

 この女性は誰なのか、警戒するべきだが、チラリとミシェーラの方を見るとその様子に微笑んでいて警戒する必要は無いように思えたルーカスは黙って包帯を手渡した。


「手慣れていますね」

「えぇ、経験者というやつですね。初めましてエリスです。ミシェーラ・ヴィヴィアン様には先程お世話になりました」

「はぁ、エリスさん。じゃあ、あの方って王女様だったりしますか?」


 指さす先に見える女性は此方を一直線に眺めており、少し気が引けてしまう。ルーカスが話に聞くメルフェスタ王国の王女は茶髪では無かった気もするが、立ち姿は貴族と近しい高貴さを感じたのだ。


「はい。あの方はフィオナ・フォン・ハイガーデン。メルフェスタ王国第一王女殿下で有らせられる」

「……」


 一旦黙り、脳を整理するルーカスに問答無用で近付いて来るフェリス王女は笑顔全開で木の根がそこら中に張っている森の中を突き進んでいる。


「貴方がルーカス・セイン様ですか?」

「様だなんて、ルーカスで構いません、殿下」

「そうですか、ではルーカス。勇者候補だと聞きました。これから王都に向かわれるのですよね?」

「はい、しかしまだ帝国騎士の残党が居るかもしれないので暫くは動けそうにないです」


 素直に状況の悪さを伝える。

 ヨハンが見つからない今、浮かれて王女と話している場合では無かったからだ。


「ご一緒しても?」

「――少し、考えさせて下さい」

「あ……はい」


 顎に手を添えて何かを考えるルーカス。出会いからそれ程時間が経っていないが、王女を前にこの胆力。

 不敬なのはそうだろうが、状況も状況だ。ルーカスは”最善の選択肢”を取る為に今からどうするかを必死に考えているのだった。


「ヨハンを探してきます。それまで此処で待っていてはくれませんでしょうか」

 

 それは言葉にするだけだったら簡単だが、いざ行動に移すとなるとフィクションの様なシナリオで、聞いた側は受け入れ難いもの。


「ルーカス……この状況では、いくらヨハンでも……っ!」

「死んでるとでも言うのか? 仲間だろ、信じろよ。勇者パーティーであろう者がそう易々とくたばる様じゃこれから先、話にならないだろ。絶対に見つけて連れて帰る」

 

 勇者候補だからと見栄を張っている様に見えるかもしれない。

 現にエリスはルーカスの第一印象をそう捉えており、呆れ半分の懐疑的な視線でルーカスとフィオナの会話を見届けていた。


「それは……ミシェーラとエリスの体力次第です……長くは……」

「十分です。十分で片付けて来ますので、どうか」


 そう言って頭を下げるルーカスに、それを成し得る能力は微塵も感じられないが、拒絶したところで何かある訳でも無い状況が今だ。


「………………………………………良いでしょう。許可します」

「はっ」

「お仲間の無事を願っております」

「その言葉があれば、死の淵に立たされていようとも彼は生き存えるでしょう。――それでは、行って参ります」

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