side B

「ダメよ。あなたは永遠にここに留まっていなくちゃ」

 

 手錠をはめられた両手。椅子に括り付けられた両足。母はそんな僕の、目の前のテーブルに、湯気立つシチューを置いた。

 

「あら、手が使えないのね。私があーん、してあげるわ」

 

 息子。それはすべからく、え輝き続ける運命。


 ずっとそこにいて、いつまでもそこにいて。決して生滅しょうめつすることの許されない。母の盛名せいめいにおいての大事な大事な要。


 母は僕がいるから生きていけるし、僕がいるから近所での音頭おんどを保っていられる。


 僕が成績優秀な頃はそれで良かった。でも僕が大学を二浪したあたりから、母は徐々に壊れはじめてしまったのだ。


「どうして居なくなりたいなんて言うの? だれにも変わりはできないのに。そんな自棄じきになることないわ。どうしてそんなことを?」


 母は僕を許さなかった。息子はずっと勝者しょうしゃ……それが母にとっての僕の役割で、逆に言えば、僕の価値はそれしかない。


「気持ちはわかる。ずっと同じ毎日、代わり映えのない毎日だもの。でもね。あなたは自分の域外いきがいなんて考えなくていいの。ずっとずっとそのままでいればいいの。それがあなたの存在価値なのよ?」


 僕がいくら言っても、母は納得しない様子で。


 とうとう、シチューの詰められた重い口を開く。



「母さん。もう、僕を、解放して」

 

 

 僕はシチューを噛むと同時に、口内の柔らかく弾力のあるそれも噛み抜いた。

 

 湧き出る液体がシチューに混ざって、ピンク色に染まる。

 

 歪む視界。震える眼球。遠のく意識。

 

 その眼で最後に捉えた母の眼球はひん剥かれ、僕の耳には届かなかったが、おそらく発狂していたに違いない。

 

 肩に置かれた手の温もりは一瞬でシャットアウトされ、ガクンとこうべを垂れた僕は、身体を揺らされ——

 

 

 ごめんね、母さん。僕はあなたの息子SONにも、太陽SUNにもなれない。

 

 僕は聖人SANではなかったんだよ。

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サン 千鶴 @fachizuru

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