第30話:取説の最期
気がついたら僕は取説を持って江住さんの家に行っていた。
今日、江住さんが遊びに来てくれて、ついさっき帰ったばかりなのに、今度は僕の方が江住さんの家に来たのだ。明らかにおかしい。
玄関のチャイムを押すと、インターホンで画像を確認したからか江住さんの本人が出迎えてくれた。
「どうしたんですか? 宇留戸くん。私 なにか忘れ物しましたっけ?」
「いや、違うんだ」
「まあ、玄関では何ですから、あがってください」
「いや、ちょっと待って! これを見て欲しいんだ!」
ちょっと困惑気味の江住さんを制止して、持って来た取説を彼女に見せた。
もちろん、表紙には「
手書きみたいにクオリティが低くない。明らかに印刷物。これがいかに異常な物か、表紙を見ただけで伝わったはずだ。
江住さんは僕から取説を受け取ると、パラパラとページをめくり始めた。
「僕が江住さんの好みをよく知っていたのは、この取説のお陰なんだ。結局、直接江住さんから聞いたことなんてほんの少しで……僕は、江住さんとの関係でカンニングをしていた……」
「……」
江住さんは俯いて表情が見て取れない。単に僕が彼女の顔を見れないだけかもしれない。
「そして、それだけじゃない。この取説に江住さんのことをたくさん書きこんだ。僕のことが好きになる、とも」
ちょうど江住さんは、僕が手書きで書きこんだページを見つけた。
僕は彼女から取説を受け取り、ポケットからボールペンを取り出した。そして、僕がこれまで取説に書きこんだ文章を二本線で消していく。
文章において二本線は「取り消し」。僕が書いたことは全てなくなる。
僕のことを「大好き」にさせたことも、全部。なかったことになる。
「これで……全部、元通りだから。僕が歪めてしまった江住さんの部分は元に戻ったはずだから……」
全ては終わったのだ。僕のことを好きだった彼女はもう、ここにはいない。元々夢だったんだ。僕みたいな陰キャボッチがクラスで人気者の江住さんと一瞬でも付き合えたのは夢。
彼女と話せただけでも大事件だったはずだ。
江住さんが僕から取説を再度受け取り、僕が書いた部分が全部消されたのか確認するようにページをペラペラとめくっていく。
大丈夫。自分で書いたのだから、どれくらい書いたか僕は全部覚えている。ちゃんと全部消した。消し忘れはない。
「私はね、少女マンガを好きだから宇留戸くんを好きになった訳じゃないよ?」
そう言うと、彼女は僕の手からボールペンも受け取った。
「ホントはね、加留部さんから教えてもらったの。走るの教えてもらってたんでしょ? 私に知られない様にこっそり練習して……」
「……」
「
「……」
江住さんが、取説に何か書いている。
「ほら、これ」
『
開かれた取説の余白に、可愛い文字でそう書かれていた。
「今日はお気に入りのクッキーを持って行ったけど、宇留戸くんどこか上の空で結局食べてなかったよね? ホントにおいしいからおすすめなの。うちにもまだあるからあがって行って」
「江住さん……」
恐る恐る彼女の顔を見ると、少し赤くて、はにかんでいるようで……
「ちゃんと紅茶も淹れるからね」
「ありがとう。おじゃまします……」
結局、この取説は何だったのか。そして、書きこんだ文字は本人に影響したのか……それは分からない。でも、この日、本当の意味で僕には彼女ができた。
彼女の名前は、
モブの僕と付き合ってくれるにはレベルが高すぎるSレアの彼女だ。
END
【4.0万PV感謝】カノジョの取説を拾ったのでそれを使って口説いた結果 猫カレーฅ^•ω•^ฅ @nekocurry
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