第29話:江住さんと恵美

 僕がキッチンからお菓子とジュースを持って来た時、部屋では既に江住さんと恵美めぐみは仲良くなっていた。なんだろう、このジェラシーというか、敗北感。



「これ面白いです! 表紙を見て ちょっととっつきにくいと思っていたんですけど」


「そうなんです! これは表紙でちょっと損していると私も思います!」



 なになに、恵美が興奮気味でマンガについて話している。



「これ、ジュースとお菓子だけど……」


「あ、宇留戸くん、ありがとうございます」


「兄さん! いま邪魔しないでください!」



 ああ、もう僕が邪魔者みたいになってる!


 江住さんは僕と目が合ってもニコニコしていた。これで良かったのかな。僕も江住さんに微笑で答えた。


 そう言えば、恵美はお姉さんが欲しいと言っていたことがあった。急に連れて来た江住さんだったけど、「理想のお姉さん」を彼女に重ねているのかもしれない。


 もしそうなら、いつも僕を助けてくれてばかりいる恵美に少しだけ恩返しができたのかもしれない。


 ただ、この時 先日無期停学になった市川のことが思い出された。彼は、定期テストでカンニングをして無期停学になった。


 やってはいけないことをやってしまってそのペナルティを受けたのだ。


 僕はどうだろう。


 江住さんとは順調だ。全てが順調すぎるくらいに順調だ。順風満帆と言ってもいい。でも、それらは全てあの「取説」のお陰。


 僕は本当は江住さんのことを何一つ知らない。全てはカンニングで手に入れた情報だ。逆の立場で考えたら怖いかもしれない。僕のことを何一つ教えていない女の子が僕の全ての情報を知っているのだ。


 それこそ、好きな食べ物も、好きなマンガも、好きなラノベも、そして何食わぬ顔で彼女は僕の好みに合わせて話をする……興味を持つのは当たり前で、僕だって共感してしまうだろう。好きになってしまうかもしれない。


 僕がやっていることはそういうこと。


 笑顔で彼女を裏切っているってことなのだ。


 この事に気づいてしまってから、僕は上手く笑えていただろうか。


 それを知ってか、知らずか、江住さんはまだ明るいうちに帰って行った。明るかったから僕は送って行かなかった。


 リビングで、恵美が興奮気味に江住さんがどれくらいいい子かを語っている時、僕はソファでぼんやり考え事をしていた。


 このままで本当にいいのか。


 僕は江住さんが本当に好きなのか。それとも単に可愛い女の子を彼女にしたかっただけなのか。

 僕にはもう、何がなんだか分からなくなってしまっていた。


 そして、気がついたときには、僕はあの取説を持って江住さんの家に駆けだしていた。

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