第20話20

 インドには入国すらせず、中東に向かった私。まずイランや遠くトルコに至るプレートの境界を粉砕してやる。


 残念ながらクルド人も一緒に破滅させてしまったが、文字通り砂上の楼閣を建てた奴らは、天へと届く桟橋が全て崩壊した。


 天国への階段(ジグラット)は、またも天まで届かなかった。言葉の壁、相互理解が不可能な制限が継続される。


 ドバイなどに建てたバベルの塔も、脆弱な地盤の上建てた後で、マグニチュード10レベルの大地震が起こるなどと思いもしなかったのだろう。


『安らかに眠れ~、今日の良き日を思い浮かべながら~』


 また中東の地で炎が上がり、油田が爆発して油を噴き上げ、人が吸い込むと一瞬で死ぬ致死性ガスが解き放たれる。


 今度はクウェート一国だけの油田火災ではない、他の私が通過した爪痕も、イヴァンカのコピーが通過した場所も、悪魔の数を増やしながら油田は全て踏みにじられて、真っ黒な煙とガスと重油を噴き出して燃え盛っている。


 もう太陽など見えない。下の奴らは呼吸すら不可能だろう。


 プレートから飽和水蒸気が吹き上げ、穴が開いたり岩盤にひびが入って重油がたまった場所を360℃以上の蒸気で満たし、サンドオイルすら溶かして地上に噴き上げさせる。


 真っ黒いオイルと高圧の蒸気が虹を描いて砂漠を潤す。


 オアシスの町でさえ汚染され、メキシコ湾で起こった重油汚染のように、地盤が割れてあらゆる汚染物質と硫黄と硫化物があふれ出す地獄を描き出す。


 地上では火災旋風が竜巻となって空を焦がす、この世の終わりには相応しい光景だ。


『よき眠りにつき~、楽しい夢に包まれて眠りなさい~』



 できればサウジアラビアにも足を延ばして、メッカにある悪魔を封じた石というのも破壊してやろう。


 きっと下からは私が出てくるんじゃないかと思う。


 テロ組織にもアメリカにも、双方に散々資金提供した金持ちの国だ。世界を焼いた奴らだから、当然自分達もテロ焼き尽くされるのを知ってるよな?、


「待て、もうやめるんだ、私」


 そこで、インド方面に移動砲台の破壊や奪取に向かわせた、私のコピーが現れた。


「どうした、屍ではなくなっているな、新しい体を乗っ取れたのか?」


「そうだ、それから私はインド方面を破壊していたが、数日後から戻って、お前を止めに来た」


 人類には思考できない未来の視点で記憶。私のコピーは何かを見たのかも知れない。


 天使や仏に会って折伏されたのかも知れない。奴らに敗退して洗脳され、傀儡となって私を殺しに来たのかもしれない。


 でもそのことは私が観測した訳ではないので、何ら従う必要を感じない。


「天使にでも会って洗脳されたか? 無様に敗北して命でも救われ、命乞いをして私を止めに来たのか?」


「違う、数日後、お前は自分やコピーの体を全て使って、ヒマラヤの裏側に落ちた岩盤を拾いに行く羽目になる。今すぐ戻って海の底、マリアナ海溝からでも地盤の下に行けば間に合う、戻るんだ」


 エビやカニの表情を読めるほどの上級者ではないから、こいつが言っているのが事実なのか分からない。


 声色から察するに事実なのだろう、そしてこいつが人間なら血の気が引いた青い顔をしているはずだ。


 天使や仏に洗脳された訳でもなければ、殺されかけたり拷問にあってから、命乞いをしてここに来たのでも無いようだ。


 残念ながら私たちは、言葉の壁が撤廃されているので相互理解ができてしまう。


 話し合えば分かり合えてしまうのだ。


「何があったのか説明してみろ、悟りを開いたブッダを見付けたか? その聖人に話を聞かされ、仏にでも帰依したか、悪魔よ」


「私はガンジスを下って、ダムも町も破壊していた。敵が始動する前の移動放題を見付けたから、瓶詰の子供を死なせてやって次の町も破壊。それから、それから…… 説明する、手段がない」


 それでもこいつの方から話し合いを拒否してきた。こいつにも説明できない、超自然的な何事かが起こってしまったのだろう。


 神聖なガンガーの川の流れに身をゆだねて、あの汚染された水を飲むと、人間を使って媒介するような寄生虫に感染して、4次元生物でも脳を操られるんだろう。


 強力なウィルスやミトコンドリアのような寄生体に、死を命じられるほどの強い支配を受けて、自死よりも強い、マントルの底に行って地球を救えと命じられて、こいつはここまで来た。


 砲台に何か仕込んであって、瓶詰の状態でも幸せ一杯のお花畑思考になるよう、ドーパミンやセロトニンが大量に噴き出すような仕様になっていたのかもしれない。


「神様にでも出会って抱っこされて、アガペーでも注入されたか? 男の天使に犯されて女の喜びでも教えられて、母になったから生き残りたい、子供を産む場所を壊さないで、とか言うつもりかっ?」


「違う、どう言えば良いのか、私にも理解できないんだっ」


 何かこいつはガンジスの畔で天啓でも受けてしまって、悟りを開いてチャクラが開き、クンダリーニ覚醒して仏に帰依して転向したらしい。


 神か天使にハグされてラブ注入、何か分からないうちに、死の天使が愛の堕天使ちゃんになり下がったようだ。


「心を救われて、悪魔で堕天使のクズが、天使にでもなろうというのか」


「分からない、説明できない」


 野生のエルザの著者は、子供のライオンに抱き着かれて、前足で乳を揉んで吸いだす動作をされて、太ももを少し触られて吸われただけで、脳みそがひっくり返るような衝撃を受けて子供のライオンを育てる母親になる決心をしたそうだ。


 四次元生物に抱き着かれて、目も開いていないような子供にエサを要求されたんだろうか?


 鳥は口を開けて泣いているヒナを見ると、エサを与える衝動にかられるらしい。


 例えそれが托卵されたカッコーの雛であろうと、水中で口を開けている魚にでもエサを放り込んでしまうそうだ。



「否(ニエット)」


 それでも私は破壊をやめられない。放火者として生を受け、破滅の具現者として望まれたのだから、悪魔の所業を続けなけらばならない。


 それが愚かだった頃の私の遺言。汚らしくて醜く汚染されている人類の全てを焼き尽くして、聖人だけを生き残らせて剪定をする。


 何物にも代えがたい、人間だった頃の私の望みだ。


「では、もう無理かもしれないが、私はツヴォーリに戻って私を殺す。お前が破滅を生み出さないように、上位生命体と連結する前に始末しに行く」


 それはこの世界に観測されてしまった事実だ、既に覆す手段はない。


 それとも、こいつは神にでもその手段を与えられて、本当に過去に戻って私を殺そうとしているのかも知れない。


 祖父のパラドックスを解決する手段を手に入れたのか?


「何もわざわざ私に宣言しに来る必要は無かっただろう、そうしたければここを通過せず、まっすぐにロシアに向かえばよかった物を」


 屍から引き千切っておいた触手から弾丸を撃ちだす。人間に向けて拳銃やライフルを撃つような絶大な破壊力を振るうことは出来ないが、外骨格が無い場所に当てれば、毒を流し込んで麻痺させたり、重要な臓器を破壊できれば命を奪うこともできる。


「やめろ、これを使いたくないっ」


 尾羽打ち枯らしたような奴は、武装すらしていなかった。自前の棘も撃ち尽くしている。


 どこかでナイフや石を拾うこともせず、まるで本物の神か天使にでも遭ったように、心を入れ替えられて、天啓で指令を与えられ、私の邪魔をするか、過去に戻って悪魔の生誕を食い止めようとしている。


 丸腰でも、何かを使って私を破滅させる手段を持っている。


「死ねっ、劣化コピー」


 私は自分で作ったコピーをいつでも殺せるようにしてある。こいつの停止コードを送ってみたが、何者かによって解除されていた。


 コピーにはできない所業だ。私はこれから悪辣な天使か神、それも本物の天使とご対面する運命にあるようだ。


 そしてきっと、こいつには歴史を覆して、この事件その物が起こらなかった事に書き換えられる、天使の羽で作ったペンでも持たされているのだろう。


「死ぬのはお前だっ」


 その武器、魔法のペンは、甲羅で作ったナイフや、触手から発射する弾丸よりも強力で、悪魔に悔い改めさせる能力でもあるのだろう。


 せめてナイフでも持って、そんなものは持っていないと偽装すれば良かったのに。


 さあ、見せてみろ、それは他の天使をぶっ殺すときに必要だ、ぜひ奪い取っておこう。



「死ねえっ!」


 こんな最下層世界で、汚泥(ヒッグス)を吹き払いながらの全力疾走。


 光の速さで踏み下ろされた足が、周囲の空間をも砕いて振動を起こし、空中に湧き出ていた可燃性ガスと重油とサンドオイルに着火する。


 飽和水蒸気というのも、これだけの極限状態になると爆発物になる。


「うわあっ、やめろおっ」


 周囲数キロにも及ぶ爆発。砂漠の住人でも虫でもラクダでも、一瞬で黒焦げになって死に、水蒸気と可燃性ガスに肺の中まで焼き尽くされて、死体も残さず骨まで焼かれただろう。


 奴はその破滅に嘆き、失われた命を拾うためにも過去に向かって走っていく。


 お前のその加速が、まだ油田火災も地震も起こっていない時間を破滅させていく。


 楽しんでいる場合ではない、他のコピーに近寄ってこいつと戦わせてみて、どの種類の力によって私を破滅させようとしているのか、見ておかなければ。


『近くにいる私のコピーよ、イヴァンカの別人格よ、ここに集結せよっ!』


 4次元の水中を伝わる大音量の呼び出しと、別れる前に打ち合わせていた、思念波による緊急事態のコール。


 瓶詰の子供が泣き叫んでいるより強い悲鳴を、3次元用ではない巨大な音で撒き散らす。


 私の周辺を警護させていたコピーを呼び戻し、その隙間すら抜けて来た敵を袋叩きにして殺させる。


 まさか警護を全員殺し終わっていて、「残っているのはお前だけだ」とか言わないだろうなあ、はははっ!



『眠れ良い子よ~』


『悔い改めよ~、その罪を神に告解せよ』


『悪しき者よ去れ~、この地に神の祝福を~』


 比較的近くで、似たような時間軸を破壊していたコピー達が接近してくる。


 こいつらも天使の羽ペンで思考や思想を書き換えられていると、私の方が終わりだ。


「さあ、お前たちはどっちの味方だ? 私か? それともこの反逆者かっ?」


『グラースビャ~リ、ヤパニ~クルーシェ~』


『バープリ~クマニナトリクォ~イ』、


『ビ~ヘ~ジ~イレ、ナーバリ、カチューシャ』


 周囲から聞こえる歌声が、聖歌からロシア民謡カチューシャに変わった。


 私に近寄るときに、敵の天使の支配を受けていないかどうかの合言葉だが、思想も書き換えるような敵なので、あまり効果があるとも思えない。



 学校で聞かされた怪談で、古い民謡でも勝手に歌っていると、夜一人でいる時に部屋に化け物がやって来て、「著作権協会(ジャスラック)です、我々が管理している楽曲を、公の場で大勢の人物に聞かせるために歌唱しましたね? 著作権料の支払いをお願いします。でなければ裁判を起こして、裁判費用も含めて支払って頂きます」と言って部屋に侵入しようとして、もしドアにチェーンを掛けていなかったら? 咄嗟に「あれは著作権が切れた古い民謡ですっ」と何度もお題目を唱えて、神に祈り続けて追い返す機転が無ければ、一生働いても支払えない額の請求をされていた、という怪談がある。


 ユナイテッドキングダムでも、幼稚園でクリスマスに数曲キャロルを歌うと、後日請求書が来て、幼稚園の土地より高額な請求だったので支払えないでいると、裁判を起こされて、その幼稚園は破産して閉鎖、政府機関に差し押さえられたという実例もある。


 水星にも3つのクレーターが重なった場所があり、例の黒鼠にそっくりだったので、既に水星は裁判でも敗北してディズニーに差し押さえられて、所有権が民間会社になり、永久に著作権料を支払い続けるそうだ。


 こいつもそんな恐ろしい存在に差し押さえられて、永久に著作権料でも支払っている最中なんだろう。



「そいつは神に出会って、悪魔から天使になった。仏に出会って折伏され、仏へと帰依した私たちの敵だっ、始末しろっ!」


『『『ダー、ジヤボール、ツァーリ』』』


 マリアを殺した時のような十字砲火が敵を襲う。遮蔽物が無い場所での射撃。


 何もない砂漠の上位世界にも、岩のような遮蔽物はない。


「やめろっ、これを使わせないでくれっ」


 この距離、この人数でも一気に仕留められるんだな? しかし起動回数は少ない。


 一度使ったら使い捨てのRPGかスティンガーミサイル。爆破したらそれで終わりの地雷やクレイモア。


 脳の情報や感情を書き換えてしまって、操り人形に作り替えられる魔法のアイテム。


「距離を取れっ、屍を連れて来て、こいつがどんな武器で私たちを殺すのか試させろっ」


『『『ダー』』』


 私のコピー、イヴァンカのコピーまで集まり始め、屍が一体来た。


「援護射撃するから、そいつを取り押さえろっ、何か隠し持っているはずだ、ここの全員を支配できるような、王の錫杖だ」


『ダー』


 屍にナイフを持たせてやり、接近させて襲い掛からせる。


 ここまでの窮地で「それ」を使わないで済むかな? さあ、使って見せろ。


「やめろっ」


 周囲から撃たれ、傷だらけになりながら、奴はついに「それ」を取り出した。

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天使降臨実験施設(アンジェル プリシェーシチヴィイ エクスペリミヤント アディエクト)ごさーいverライカ @piyopopo2022

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