オカルト雑誌編集者の、恐怖体験。

無月弟(無月蒼)

オカルト雑誌編集者の、恐怖体験。

 皆さんこんにちは。本日は僕の話を聴きに集まって頂き、ありがとうございます。


 まずは自己紹介をさせていただきます。

 僕の名前は御堂みどう竜二りゅうじ。月刊スリラーと言うオカルト雑誌の編集をやっています。


 幽霊や妖怪やらにまつわる噂について調べたり、実際に不思議な体験をしたことのある人に取材して、記事にするのが僕の仕事。

 だけどこの業界にいると、たまに僕自身が怖い体験をすることもあるのですよ。

 今日はそんな恐怖体験の一つを、紹介しようと思います。



 あれは、入社二年目の夏のことです。

 その日僕は、幽霊が出ると言う噂のある、廃墟となったある施設を訪れました。

 詳しく話したら興味本位で行く人がいるかもしれないので、施設の詳細は伏せさせていただきますが、山の中で十年近く放置されていた、そこそこ大きな建物です。

 噂ではそこに夜な夜な、女性の幽霊が出ると言うのですよ。


 夕方になると、カメラを持って一人でその施設へと向かいました。

 安全面を考えると誰かと一緒に行った方が良かったのですが、恥ずかしいことに当時の僕は、一人で行った方が幽霊も出てきやすいいんじゃないかって、浅はかな考えをしていました。

 けどまさか、あんな事が起こるなんて。


 山道を車で走ること一時間。施設に到着したのは、午後七時頃でした。

 夏と言うこともありまだ少し明るかったのですが、何年も放置されてドアや窓のガラスが割れているその建物は、酷く不気味に思えました。


 もちろん許可を取ってやって来たので、中に入ることには問題ありませんでした。

 けどそこに住み着いていると言う幽霊も、入るのを許可してくれてるとは限りません。

 今更ですが本当に大丈夫かと、急に不安になりましたね。


 しかしここまで来たのに、引き返すなんてできません。

 僕はカメラとライトを手に車を降りて、施設の中へと入っていきました。


 長年放置されているだけあって、建物の中は荒れ放題。

 所々にクモの巣が張っていて、床は誇りまみれ。もしも転んだら、きっと真っ黒に汚れてしまうでしょう。それに建物自体が大分痛んでいましたから、床が抜けたら大事です。

 僕は慎重に、散策していきました。


 しかし肝心の幽霊は、どこにもいません。

 不審な物音がするなんて事もなく、結局途中で数枚の写真を撮っただけで、僕は車に戻りました。


 けど、まだこれで終わりではありません。

 もしかしたらたまたま出なかっただけかもしれない。やっぱり幽霊が出るとしたら真夜中ですから、僕はそれまで待つことにしました。


 元々夜までいるつもりだったので、ちゃんと用意はしてきました。

 車の中には、来る途中にコンビニで買った食べ物や飲み物があります。

 僕は弁当を食べ、スマホでテレビを見ながら時間を潰しました。


 何も無い山の中でも、食料とスマホがあれば、案外過ごしやすいものです。

 スマホをいじって、仮眠を取りながら、夜中になるのを待ちました。


 そして時刻は、午前一時半。僕はもう一度、建物の中に入っていきました。


 さっきと同じルートを、慎重にたどって行きます。

 もしかしたら今度は何か出るかもしれないという期待と不安に、胸を高鳴らせながら。


 しかし、結果は拍子抜け。またしても何も現れなかったのです。

 結局また何枚かの写真を撮っただけで、建物の入口へと戻ってきました。

 雑誌に載せるネタを探しに来たのに、これでは記事になりません。

 せめて撮った写真に何か写っていることを願いながら、僕は玄関を出て、止めてある車に向かおうとしました。


 ですがその時です。離れた場所に止めてあった車の近くで、何かが動いていたのです。


 僕は咄嗟に足を止めて、近くにあった木の陰に身を隠しました。

 その日は月が出ていましたから、辺りに外灯の無い山の中でも、目が慣れてきたらだんだんと、動いていた何かがハッキリと見えてきました。


 もしやあれが、この施設に現れるという女性の幽霊? そう思った僕は、息を殺してカメラを構えました。

 しかし、よくよく見てみると違うことがすぐに分かったのです。


 それは、女性ではなく男性でした。

 年齢は、恐らく六十才くらいでしょうか。暗い中、遠目でも分かるくらいカピカピに汚れた服を着ていて、長く伸びたボサボサの白髪頭。たぶん、何日も風呂に入っていないのでしょうね。


 最初は幽霊かと思いましたけど、どうやら違ったようです。

 どうしてこんな時間にそんな所にいたのかはわかりませんが、その男は浮浪者だったのです。


 正体が分かると、僕は構えていたカメラを下げました。

 幽霊でないのなら撮っても仕方がありませんし、何よりフラッシュをたいて見つかることを恐れたのです。


 実は先輩から、こんな話を聞かされていたのですよ。

 心霊スポットに行く際は、幽霊だけでなく人間にも注意しなければいけない。そういう場所にはヤンキーが肝試しに来る事もあって、絡まれたら大事になると。


 浮浪者は肝試しに来たと言う感じてはありませんでしたけど、隠れている事がバレてはいけないと、頭の中で警鐘が鳴ったのです。


 浮浪者は車を調べるようにウロウロしていて、ドアに手を掛けてガチャガチャと開けようとしていました。

 しかし僕は車を出る際に、鍵をかけていました。いくら引いても、ドアは開きません。


 そしたら浮浪者は急にしゃがんで、何かを手に取りました。

 暗くてよく見えませんでしたけど、たぶん手頃な大きさの石だったのでしょうね。

 そして石を手にした浮浪者は、それで助手席の窓を叩きだしたのです。


 ガン!


 ガン!


 ガン!


 静かな山の中に、石で窓を打ち付ける音が不気味に響きます。

 しばらくすると車の警報装置が作動し、ヴーと言う警報音が加わりました。

 しかし浮浪者は気にする様子もなく、穴の空いた助手席の窓に手を入れるとロックを解除して、車の中を物色し始めました。


 この時の、僕の恐怖がわかりますか?

 この浮浪者は、絶対に危ない人です。もしも見つかったら、何をされるか分かりません。


 気づかれる前に逃げようかとも思いましたけど、車無しでは麓まで帰ることもできません。

 僕はじっと息を殺しながら、浮浪者が立ち去るのを待つことにしました。


 そうしてしばらくすると、浮浪者は車から出てきて、今度はこっちへ歩いて来るではありませんか。


 一瞬、見つかったと思って焦りましたけど、そうではありませんでした。

 彼は隠れている僕を素通りして、廃墟となった建物へと入って行ったのです。


 もしかしたらここは、彼の住み家になっているのかもしれません。

 ひょっとしたら、車の持ち主である僕を探しに行ったのかも?


 とにかく、見つかってはまずい。

 そして浮浪者が離れた今が、逃げる絶好のチャンスです。

 僕は急いで車に行くと、鍵で運転席のドアを開けました。


 助手席には割れた窓ガラスが散乱していて座れたものじゃありませんでしたけど、幸い運転席の方はそれほど被害はなく、急いで乗り込んでキーを差しました。


 ホラー映画ではこういう時、なかなかエンジンが掛からなくて焦るのが定番です。

 けどその時は、すんなりエンジンが掛かりました。

 助手席の窓が割れて悲惨な状態でしたけど、走ることはできます。僕はアクセルを強く踏み込み、そこから逃げ出しました。


 言っちゃ悪いですが、あんな身なりの浮浪者が車を持っているとは思えませんから、もう追ってこられる心配もありません。

 ですがそれでも、心臓はバクバク。生きた心地がしませんでした。


 麓まで車を走らせ、コンビニに行って店員さんの「いらっしゃいませ」と言う挨拶を聞いて、ようやく助かったと言う実感が沸いてきました。


 だけど車が荒らされたのです。そしてよく調べてみたら、置いてあった食料も失くなっていました。

 きっとあの浮浪者の狙いは、食料だったのでしょうね。


 僕は急いで編集部に連絡して、警察に通報。その施設の周辺を捜索して浮浪者を探してもらいましたけど、生憎見つかりませんでした。

 もしかしたらこうなるって分かって、逃げたのかもしれません。


 まあ少しの食料と車のガラスが割られただけで、まだ良かったですよ。

 あの時見つかっていたら、もしかしたら今こうして話せてはいなかったかもしれないのですから。


 よく幽霊よりも生きた人間の方が怖いって言いますけど、本当にその通りです。


 え、肝心の、施設に出る女性の幽霊はどうなったかって?

 実は撮った写真の中に、白い服を着た女の人が写っていたのですよ。

 けどそんな幽霊よりも、浮浪者の方がよほど怖かったですね。


 こんな仕事をしていますから、恐ろしい体験をしたことは他にもあります。

 また機会があったら、お話ししますね。

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オカルト雑誌編集者の、恐怖体験。 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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