【後編】IMORTAL×ALCHEMISTフジミ ノ アルケミスト

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 Gate:Emethゲートエメス

 -IMMORT ALCHEMISTイモウト・アルケミスト-

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 エルナショナル大橋での決戦より一夜。

 ブレイズベルの空を覆っていた雨雲は消え去り、空には快晴の蒼穹が広がっていた。


 俺は今、ミスカトニック大学の敷地内にある医務棟のベッドから外を眺めている。

 戦闘中に変形した身体はすっかり元通りになっており、まるで全てが夢だったかのようだ。

 隣ではハロウィがナイフサイズのアゾット剣を使って器用にリンゴを剥いており、そのにこやかな顔を見ればあの激動の夜を越えた翌日であっても俺の心は穏やかになるというものである。


「はい、おにい。あーん!」

「ん……」


 昨晩の戦いが全て終わった後、騒ぎを聞きつけた大学のスタッフたちによって俺たちは確保された。

 アキや師匠たちはともかく、俺は不法侵入者だ。一時はどうなることかと不安だったが、今はこうして大学の設備で治療を受けている。

 看護師さんの話を聞く限りでは、俺とハロウィは師匠の招聘した客員研究員という扱いになっているらしい。

 改めて教授という立場はすごいと思った。


「錬金術のお医者さんってすごいンだね。あれだけの戦いだったのに、誰も死なずに済んだらしいンだから!」


 そう。そのことも俺たちにとっては嬉しいニュースだ。

 建築物への被害は多少あったものの、幸いなことに今回俺たちが引き起こした騒動による死者は一人も発生しなかった。

 お陰で大学側も今回の件を実験の失敗による事故として揉み消す方向で動けたらしく、俺たちが罪に問われる必要もなくなったのだ。


「ブレイズベルの医療技術は国内外問わずトップクラスの水準だからな。パラケルススっていうすげえ医者がいるらしくてさ。この医務棟もその錬金術師が建てたものだって言ってたぜ」


「ボクのことを呼びました?」


 部屋の入り口から飛んできた声の方を振り返ると、そこにはドヤ顔で腕を組むアキが立っていた。


「よお。もう歩き回って大丈夫なのか?」

「生憎ボクは大した怪我なんて負ってませんからね。どこかの誰かさんがお姫様みたいに大事にしてくれたお陰です」

「そりゃどーも。俺たちの方も傷は大したことなかったぜ。優秀なお医者様が戦闘中にせっせと治してくれたからな」

「当然です。お前はもうボクの作品も同然なんですから。一流の錬金術師というのは自分が作ったものの面倒を死ぬまで見るものなんですよ」


 アキは気のせいか頬を赤らめてそう述べる。


「ふーん、じゃあ俺も一生ハロウィの面倒見てやらないとな!」

「やーン! おにいったらぁ!」


「はー……このおバカ兄妹は……勇気を出したボクの方が超バカだったみたいです」


 アキはぶつくさ呟くと、さっと此方に小さなものを投げて寄越す。

 片手で受け取ったのは白い封筒だった。


「……なんだこれ」

「開けてみてください。ボクからの復帰祝いですよ」


 言われるままに薄い紙の包みを開封すると中から見覚えのある黄緑のタブレットが出てくる。

 そのボディは画面以外が綺麗な白に染まり、てっぺんには小さな金色の角が可愛らしく生えていた。


「超カワイくなっちゃいましたね。まるでちっちゃいお前みたいです」

「飼い犬は飼い主によく似るって言うが、タブレットもそうなんだな……」

「変わったのは見た目だけじゃありませんよ。起動してみてください」


 タブレットを手に取って起動の意志を流し込むと、黄緑だった画面に色んなアイコンが配置された待ち受け画面が浮かぶ。

 アキはそれを後ろから覗き込むと、一番左上にあったアイコンを指で触った。


 浮かび上がってきたもの。それは俺の正規の学生証だったのだ。


「アーミテイジがお前を正式な客員研究員として学園に登録してくれたみたいです。これで今日からお前もボクと同じミスカトニック大学の学生ですよ」


 そして、アキはずっと背後に隠していた右手からもう一つの包みを取り出す。


「お前の白衣です。ボクのと同じトリスメギストス寮の紋にしておきました。お前もアーミテイジと同じ学派がいいでしょう?」


 彼女はそれを俺に手渡す寸前、はっと手を止めて意地悪そうな顔を浮かべる。


「……ねえお前。この新品の白衣と、ボクの香りが染み付いたお古の白衣、どっちがいいですか?」

「アキのやつ貰っていいのか?」

「キモ……なんで即答なんですかお前」


 ――理不尽だ。


 だが、アキは顔を赤くしながら目の前で白衣を脱いでくれる。


「……錬金術師が教授へと昇進して赤衣しゃくいを着る時には、それまで着ていた白衣を一番の弟子に託す風習があるそうです」


 師匠が旅立つ日に置いて行った黒衣。

 あれにはそういう意味があったのかと今更ながらに思う。


「そういえばアキはシヲの白衣を貰うのか? あいつこれから教授になるんだろ」

「それがね、白衣は誰にも譲らないみたいなんですよ。これまで一度も弟子を取ったつもりはないって。

 まあどのみち昨日研究室に入ったボクが貰えるはずもありませんし、他のヤツに取られちゃうぐらいならその方がいいんですけどね」

「じゃあ尚更この白衣本当に貰っていいのかよ。替えの白衣は――」

「お前が本来着る筈だったこの新品を貰いますよ。この白衣はお前と出会って自分の居場所を見つけた新しいアキ・ホーエンハイムの白衣です。そしていつかボクが教授になる日が来たら――この白衣もお前にあげます。

 今日までのボクと、これからのボク。両方の香りをお前が独り占めですよ。贅沢ですねぇ?」


 悪戯っぽく笑うアキの顔に、俺の胸がわけも分からず高鳴った。


 アキから譲ってもらった白衣を身に纏うと、優しくて少し甘い香りが包み込んでくれる。

 新品なんかよりこっちの方がずっといい。俺はアキから何かを貰うのが好きだった。


「さ、それじゃあ教授たちの見舞いに行きますよ。何やらボクたちに話したいことがあるみたいですから」

「たち、ってことはシヲももう目を覚ましてるのか?」

「ええ。今はもうイタクアも出てきていないみたいです」


 俺はなんだか無性に緊張してきた。

 イタクアとは互いに殴り合った仲ということもあって今なら話せそうな気もするが、シヲとは正直初対面にも等しい。

 第一印象が互いに最悪なことも相まって進んで会いたいとは思えない相手だった。


「おにいーッ。ちゃンと仲良くしないとイタクアさンに怒られるよー?」

「わ、分ーかってるって! ビビッてなんかねえっての!」


「……分かりますよ。お前って言葉よりも拳で語り合う方が得意そうな顔してますもんね……」


 アキに先導されて廊下の端にあった病室の前へと辿り着くと、彼女は自分の学生証をドアレバーの横にあるタッチパネルへと通す。


「ほら、お前も」


 彼女に促されてタブレットをかざすと、ガチャリと鍵が解ける音がした。

 扉を引くと、その奥にはベッドから上半身を起こした師匠とシヲが待っている。


「やあ少年。無事だったようでなによりだね」


 師匠は俺たちの中で一番の重傷だったそうだが、一晩明けただけでもう何事も無いかのように回復していた。

 アキの言っていた通り、教授というものはつくづく化け物だなと思う。


「おかげさまでな。俺はあんたの作品なんだぜ。心配しなくてもそう簡単には壊れねえよ」

「フッ、そうだったね。……少年は私との約束通りにシヲを救ってくれた。先ずはそのことにお礼を言わせてくれ」


 目を閉じて頭を下げる師匠の横で、シヲは指先を使ってかちゃりと眼鏡を上げる。


「ウィル。君のことはイタクアの内側から見ていたぞ。よくもまあこの私に向かってあれだけの大言壮語を吐きつけてくれたものだ」

「あ、あらー? シヲー?」


 予想外の態度に焦る師匠などお構いなしにシヲは俺を睨みつける。


「私の目が黒くなったからにはこれ以上の無礼は許さん。……君がこの世界に馴染めるように全力で作法を教え込んでやるから、そのつもりでいろ」


 シヲは険しい顔の奥に必死で恥ずかしさを押し殺して目を閉じる。

 俺には寧ろ、シヲのそんな態度が安心した。この人はきっとイタクアが心配していた程弱い人じゃないんだ。


「ま、一応兄弟子として敬ってやるよ。その代わりに飯奢れよ? 俺、シティで食いたいものがいっぱいあんだよ」

「……よかろう。君程度では到達できない本当の美食というものをその身にきっちりと叩き込んでやる」


 俺とシヲが不器用ながらも打ち解けたのを見て、師匠はふうと息を吐く。


「よし、それじゃあ本題だ。少年、これからこの学園で錬金術を学ぶ気はあるかい?」

「おう。師匠もそのために学生証を作ってくれたんだろ?」

「それもあるんだけどね。少年を私の下に置いたのはとある機関に少年を勧誘したかったからなんだよ」

「……とある機関?」


 いまいち話の飲み込めていない俺に師匠はすっとカードキーを手渡してくれる。


「ハリエッタ・“ビブリオティカ”・アーミテイジ研究室とシヲ・“ブラックチェンバー”・リヒトハウゼン研究室による合同研究機関――その名をEurekaエウレカ。今回のを受けて王室が大学に発足を命じたカミの専門研究機関だよ」


 目玉をかたどった紋章が俺の瞳を真っ直ぐに見つめている。


「今回の一件でARMSを完全に制御できる可能性が示されたからね。いずれはこの世界からカミに対する恐怖を消し去ることができるかもしれない。そのために少年には私の助手としてビシバシと働いてもらうよ」

「ああ、いいぜ。ここが俺たちの新しい居場所ってことだな!」


 ――よかったな、イタクア。お前の無茶も全くの無駄ってわけじゃなかったみたいだぜ。


 俺はカードキーを受け取ると、そのまま師匠に促されてアキと部屋を後にした。

 なんでもこれからシヲの教授就任式や新組織発足に向けての打ち合わせが山のように待ち受けているらしい。


「病み上がりだってのに大変だな。教授って役職は」

「この世界を支える柱ですからね。世界はこの大学を中心に回っているんですよ、お前」

「それじゃあ俺たちは暫くそのバカでかい回転に振り回されることになりそうだな!」


 俺が暢気にそう答えると、アキはふと足を止める。

 彼女の方を向くと、その目は嬉しそうにじっと俺を見つめていた。


「……ねぇ。お前は次に、この世界でどんなことをしてみたいですか?」


 今なら、その質問の意味が分かる。

 俺たちは生まれてからずっと自分たちを縛り付けてきた呪いから自由になった。

 地下室はもう見えず、今は世界の中心から無限に続くこの世界を見渡している。


『いつかその目で確かめに行くといいよ。なにしろまだ誰も確かめたことなんて無いんだからね』


「俺は……この世界の果てを見に行きてえ。そこには象が居るのか、亀が居るのか、はたまた俺たちよりもでっけえ蛇が居るのか。確かめに行くんだ。師匠から貰ったこの目で!」

「何処までだって一緒に行ってやりますよ。ボクはお前の相棒ですから!」


 俺たちは手を繋ぐ。

 そして、何処までも続く世界へと走り出した。

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