第2話 ポストに投函

「めっちゃレトロ」

 俺は郵便ポストの表面を指でなぞる。レトロという表現が正しいかは知らない。単純に古いという意味で使ってみたにすぎない。黒い郵便ポストと思ったが、どうやら赤の塗装の下地か何からしい。所々に赤い塗料が残っているのだが、指で簡単に剥げてその下から黒が出てくる。それすらも剥げているところは風雨にさらされてか錆が浮いている。


「いつからあるのかは分からんらしい。こんな鉄製で地面にめり込むような重さのポストなんてどうやって持ってきたんかな」

 ヒロキはさっきから持ち上げようとしたり、倒そうとしたりしているがびくともしないらしい。

「で、この古いポストはなんなんだ?」

 ヒロキはこれも一応知っていてここに来ているはずだ。そんな話は聞かされてなかったが。


「これが天国への手紙を届けてくれるポストだって」

「あん?オカルトか?」

「いや何でそうなる。天国に届くとか夢のある話じゃね?」

 どうも俺とこいつにはずいぶんと感性の違いがあるようだ。まあ、だからこそ飽きもせずにいい歳して未だにこんなことしてたりするんだが。


 見ればヒロキの隣にある立て看板に、さも美談か何かのように紹介文が書いてある。観光地なんかによくあるあんな感じだ。

「恋人の聖地とかにある看板みたいで胡散臭さしかねえな。そもそも死人に届きもしないだろうよ」

「まあ、さすがに書留で送りもしないだろうし投函したあとまではわかんないよな。それでもそういうもんじゃない?届いたかどうかより投函することが目的、みたいなのでさ」

 ヒロキはそう言ってカバンを漁りだす。その中から出してきたのは一通のハガキ。


「あー、この間おばあちゃんが亡くなった、もんな」

 ヒロキはおばあちゃんっ子だった。もちろん大人になっても“子”のままにゴロニャンしていたりはしなかったが、それでも大事な大事な親族には違いない。あのときは珍しく静かだったからな。


「──いや、これは別だよ」

 俺に見せてきた宛名には

「なんで俺やねん」

 俺の名前がデカデカと書いてあった。

「そんで、内容が暑中見舞いとか。今、見舞えよ。あっついわ」

 裏面には朝顔が描かれたよくあるテンプレ暑中見舞いが印刷されている。手書きなのは宛名だけで郵便番号も住所さえ書かれていない。


「まあ普通にばあちゃん宛てでもよかったんだけどさ。それだと届いたか分かんねえし」

「だからって俺のとこにも届かねえよ?せめて住所くらい書けよ」

 ヒロキは俺のツッコミに指を立てて「そう、それ」と言い

「天国の住所ってわかんなかったからさ」

「その前に俺は死んでない」

 お互い暑さで変なテンションになってあとはしきりに笑って馬鹿言い合って、せめて郵便番号だけでもと俺が書き足してみたりして──


「よし、投函するか!」

「届け、天国の俺に」

 すっ──と呑まれてポストに消えたハガキ。

「あっちぃ。車に戻ろうぜ」

「あー、絶対車内クソ暑いやつ」

 俺たちは喉の渇きを覚えて登ってきた階段をくだり家路についた。

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