私たちの供述

吉野奈津希(えのき)

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 お父さんはいません。お母さんがよく言っていました。お父さんがお母さんに勝手に陰茎を入れて出して、それで勝手に出てきたのが私だって。だから私はお父さんの陰茎の成り損ない、捨てられたどうしようもない人もどきなんだって。お母さんはよくそう言っていました。陰茎の成り損ないのお前を食べさせるために、好きでもないものを入れて出してを今でもやってやっているんだって毎日のようにお母さんが言ってしました。私が真剣そうに、申し訳なさそうな顔してないと殴るんですよね、お母さん。


 刑事さん、凄い顔してますね。私、そんな気にしてないんですよ。コンビニでアルバイトをしているんですけど、そのお客さんと同じですよ。商品持ってきたら温めるかどうか聞く、ビニール袋に入れるか聞く、支払い方法を聞く、そうすると相手の顔も気分もわかる必要なんてないし、それに私の気持ちを乗せる必要なんてないんですよ。それとお母さんも同じ。私がお母さんに興味ないみたいに、お母さんも私の気持ちにそんなに興味ないんです。自分の言葉にそれっぽくリアクションが返ってくるかどうか知りたいだけ。お母さんの言葉で私が傷ついた、ショックを受けているって雰囲気を味わえればお母さんは満足なんです。そうやって何かに復讐できた気がすればあの人はそれで人生オールOKって人なんです。だから私はその演技だけ一生懸命やったんです。七パターンぐらい表情と言葉と体の震わせ方を作っておけば大丈夫なんですよ。あの人、私よりも頭悪いんで。それだけで騙せちゃうんです。私、試しに二日連続で同じリアクションをやってみたんですけどあの人、あ、お母さんのことですよ、満足そうに仕事に行きましたよ。仕事ってって感じで笑っちゃいますよね。自分で散々馬鹿にした陰茎を出して入れてって仕事にそうやって向かっているんですから。自分で自分のことを結局馬鹿にしているのに気付いてないんですよ。そう考えると私のお父さんって結構頭良かったのかもしれないですね。あんな人と付き合ってたらどうしようもないですから。さっさと逃げるのが最適解ってやつですよ。私もお父さんの頭の良さを少しはもらえていたのかもしれないですね。


 それで? ええと、はい、何の話でしたっけ。ああ、そうだったそうだった。ミヤちゃんの話ですよね。


 動機ですか? そうですね。うーん、どう説明したらいいんでしょうねえ?

 ああ、そんな怒らないでくださいよ。私、頭が悪いから、うまく説明が出来なくってぇ。ほら、お母さんにろくに教育してもらってないから。仕方なくないですか?

 はい、はい。話しますよ。どうしてミヤちゃんを殺したかですよね。


 退屈だったからですよ。


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 父も母も普段は留守にしています。仕事が忙しいと二人は良く言っていました。でも、本当のところは二人とも仕事が好きなんです。私が手がかからない年齢になったらすぐにあっちこっち飛び回っていましたから。たまに家族で食事をしても二人とも今取り掛かっているプロジェクトがどうだ、トラブルの対応がどうだ、組織体制がどうだ、現在のミッションがどうだ、そんな話を自慢気にするんですよね。本当、つまらない。


 私の家、高所得層に当たるらしいんですよね。二人して結構な金額を稼いでいるって。それでも私にとっては普通としかいいようがないんですよね。テレビとかの「お金持ちの生活」とかを見ても、私の生活はそうでもないですし。お手伝いさんがいるわけでもないし、大豪邸に住んでいるわけでもないし。でもお父さんもお母さんもすっごい私に誇るんですよ。いい生活ができていて良かったって。自分達が子供たちの時よりもずっと過ごしやすい環境をできていて、努力してきて良かったって。


 何が言いたいんだと思います? そう言って私にどういう気持ちにさせたいんだと思います?

 二人とも安心したいんですよ。今の自分が間違っているんじゃないかって不安で仕方ないんです。本当、みっともない。自分で好きに生きている風で、実際のところビクビクしてるんですよ。人から羨まれて、尊敬されてないと安心できないんです。だから私にも「お父さんとお母さんみたいに成りたい!」って言われたくてしょうがないんです。笑っちゃいますよね。絶対にバレないように素晴らしい人っぽく振る舞って俗っぽい自分を必死に隠しているんですよ。バレバレなんですけどね。まぁ、私もいい子にしようとして、それに気づかないふりをしているんですけど。親子ってことですかね。


 それで、毎日習い事をやっていたんです。学校の勉強だけじゃなくて、それ以外の色々なことが教養になるからって私にあれこれやらしてね。「自分達ができなかったことを宮子には体験させたいんだ!」って言ってるけど、自分達がやりたかったことを私で復讐しているだけなんですよね。だって、父も母も私に何がやりたいかって一度も聞いたことありませんから。


 ほんと、滑稽。

 それでですね。私、退屈だったんです。

 退屈って、何もやることがない長い時間だけにあるわけじゃないんですよね。やることがあって、やらなくちゃいけないことがあって、それでもちっとも心が動いていない時に退屈って感じるんだと思うんです、私。


 私、退屈だったんです。ずっと色々やることがあったんですけど、やらなくちゃいけない、やりなさいって言われることしかなかったんですけど、それがずっと退屈だったんです。

 ええ、そうです。それがユキを殺した理由です。


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 私、やることなかったんですよね。いや、一応高校通ってましたけど、行く必要感じなかったんですよね。

 学校行くくらいならストレッチでもしてた方がマシっていうか。私もお母さんみたいに陰茎を入れて出してってやるかな? って思ったらそれをやりやすくしておく方がよくないですか? 柔らかくして入れやすくするっていうか。


 ちょっと、そんな顔しないでくださいよ? 普通の話ですよ? 普通。刑事さんもそういうところ行ったんじゃないですか? お母さんも良く言ってましたよ。教師とか、お巡りさんとか、そういう「ちゃんとしている人」が顔歪めて腰を振っているんだって。お金払ってるから許されてると思って気持ち悪いくらい楽しんでいるって。お前も、このお前ってのは私のことですよ? 時期にそうなるんだって、夢なんて見るなって。お母さんが凄い顔で言ってるんです。自分の顔だって大概ヤバイですよって、言いたくなって笑っちゃいそうでしたよ。実際何回か笑って蹴られましたけど。殴られはしませんでした。売り物になるんだから顔をやらないのに感謝しろ、親心だ〜って言ってました。爆笑ですよ。


 ああ、ごめんなさいごめんなさい。刑事さんがそうとは限りませんよね。でも、どっちにしてもそういう感じだったんですよ。刑事さんがそうじゃなくても私の行く末とは関係ないんですよね。そんで、遅かれ早かれそうなるんだったらさっさとそうなってほしかったんですけど、みんな、私が学校行ってるうちは遠慮しちゃうんですよね。そういう仕事に斡旋する人もそういうところは気にするんだ〜って面白かったです。


 だから私、暇で暇で。あ、でも制服は嫌いじゃなかったんですよ。持ってる服の中で一番マシでしたし、ある程度きた上で綺麗にしておけば卒業した時にお金に出来そうでしたし。刑事さん、買ってくれます? あはは。

 それでね、暇を持て余していたので、放課後に学校から出てくる人眺めていたんですよね。何だろう、必死に生きている人ってウケるな〜って思っちゃって。学校から出てくる人って「自分が世界の中心!」って感じの顔している人が多いんですよ。男だと楽なんですよね、スポーツ一筋!みたいな人は意外とどうにもならないんですけど、なんか一人でいるのにしょうもないプライド持ってそうな人に近づいて体くっつけたり手を触れてみたりすると勝手におかしくなっちゃうんです。ヤってないんですよ? そんで、しばらくしたら冷たくするとどんどん情緒不安定になって面白いな〜って感じでいい暇つぶしにはなってたんですよ。女の子でもちょっとやり方変えれば同じでしたね。グループでシカトされてそうな子とか最高! 深刻そうな顔してる人って、チョロいんですよね。深刻な顔していれば世界が自分に対して何かしてくれるって思い込んでいるんですよ。どうでもいい人が深刻そうな顔しても、どうでもいいままなのに。


 だから私がその人にとっての世界の代弁するフリしてちょちょいと言葉をかけてやるとあっという間にズブズブですよ。


 でもミヤちゃんは違ったなぁ。一人が孤独って感じじゃなかったんですよね。一人でいるのが様になっていたんですよ。それで私も結構チャレンジスピリットっていうんですかね? 高校卒業も近かったし、卒業制作としてミヤちゃんを壊してみたいなって。壊れそうにないしっかりした人に挑んでみたかったんですよね。


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 求められていることをやるのって別に難しいと思ったことないんですよね。習い事にしても予備校にしても人付き合いにしても。全部一緒ですよ。相手が求める答えをやればいいってだけで。それでやたら深刻に悩む人もいるみたいですけど、よくわからないんですよね。準備していけば大抵うまく行くし、うまくいかなくてもその時の失敗踏まえてやればだいたい次はうまく行く。日常って一発勝負でできているわけじゃないんで、後で取り返せば大抵大丈夫ですね。あと涼しい顔してれば雰囲気で流せるんですよね。私、試しに適当に色々やった時があったんですよ。それでも涼しい顔していると周りが勝手に納得するんですよね。


 試験の手を抜いて点数低くしても、体育とかで手を抜いてうまくやらなくても、勝手に周りが納得する。「宮子さんはクラスの行事とか一生懸命やってくれたから」とか「最近試験とか忙しかったもんね」とか。みんな、私に完璧であってほしいんだなって思いました。負けていたいんでしょうね。自分より凄い人がいると安心するんですよ。だから自分は仕方ない。だから自分は頑張らないでいいって、自分が頑張らないでいい理由になるから。手を抜きたいんですよ、みんな。


 うん。それでですね。ユキが面白いなって思ったんです。

 すごいね〜とか私に声かけてきたんですけどちっとも私のこと凄いって思ってなさそうだったんですよ。全部の言葉が嘘っぽかった。ヘラヘラ笑って、でも瞳の奥が笑っていない感じで。

 ちょっと気になったんですよね。私が関わったことがないタイプの子が自分から私に向かってきたから。

 それで少し話して、この子、私を何かダメにしようとしているなって思ったんですよね。どういう方法かは分かってなかったんですけど。

 乗ってみようかなって。逆にこの子の狙いを台無しにしたらどんな顔するのかなって。私が思われる、イメージされる私じゃないことを全力でこの子にやったら、その時のこの子の瞳はどうなるんだろう。

 そう、思ったんです。


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 どうしたもんかなって思ったんですよね。ミヤちゃんに声かけたらすっごくあっさり私の誘いに乗っちゃって。予備校に行く前だったらしいのにサボって私についてきたんですよ、ミヤちゃん。頭おかしいなって思いましたよ。優等生ってこうなのかな?って。世間を疑うみたいなこと知らないのかな?って。


 でも話しているうちにそうでもないなって。私が試しているように、ミヤちゃんも私を試しているなってわかっちゃって。だから、一筋縄では行かないなって。単純に危ないところに連れて行って、放置するくらいじゃ全然平気な顔して帰っちゃうだろうな、この人って思ったんですよね。

 だから、しばらく一緒に過ごしてみようって思ったんですよ。ミヤちゃんって面白くて、「金持ちですけど私にとってそれは普通だし全く申し訳なくないですよ」って顔しているんですよ、自然に。


 なんだろう、私がからかった人たちにもお金持ちみたいな人って結構いるんですよ。高校レベルでも意外といるんですよ家にお金あるんだって自覚ある人。昔より自分がどういう人間なのかって把握しているようになっているらしいですよ、今の若い子って。私もですけど。

 んで、そういう人って私が身の上話すると面白いんですよ。どんどん肩身が狭そうな顔するんです。可哀想な人を見捨てている自分はなんて狡いんだって、申し訳ない、って顔。


 そう! さっきの刑事さんみたいな顔ですよ! 笑っちゃいますよね!

 あ、ごめんなさい。不愉快にさせちゃいましたね。でも、こんな感じです。そうやって同情してきたところにこうやって嫌な思いさせるとすっごくわかりやすく効くんですよそういう人って。「せっかく同情してやったのに」って顔全体に浮かび上がるんですよ。

 だけどミヤちゃんは違うんです。私の話を淡々と聞いて、私の瞳をじっと見てくるんです。とても高い化粧水とか、乳液とか使ってそうな、傷もアザもシミもない整った顔で。

「私は何も申し訳なくなんて思わないけど」ってあっさり言うんです。

 それが面白くて、おかしくて、嬉しくて。


 絶対、この人を殺してあげようって思ったんです。


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 ユキが私を連れて行ったのは学校から離れたショッピングモールのフードコートでした。「ここなら学校の人もあんまいないんだよね」と言っていて、そこなら夕飯を買うだけで閉店時間まで居座れるからいいんだって言ってました。

 そうして二人で向かい合って座って、ユキは机に教科書やノートを広げて宿題をやっていました。私ですか? 学校にいるうちに終わらせていたので、ユキを見ていました。


 そうですね。そこまで口数は多くはなかったですよ。ユキはユキで予定が狂ったことを自覚していたみたいで、場当たり的にフードコートに私を連れてきたって感じでしたね。本当はもっと変な場所に連れて行くつもりだったんでしょうね。繁華街とかクラブとか。そういう私のイメージと違う場所。


 でも、フードコートに連れてこられて拍子抜けってわけではありませんでした。むしろ私がそういうところに連れていかれるんだろうなって思ったことをユキが気づいていたってことでしたから。そういうめざといところ、面白いなって思ったんです。私を台無しにしようということに対して、適当にやっていなくて好感が持てましたよ。みんな、都合のいいことばかり考えてそういうことに気づいてない人に辟易していたところだったので。


 それで、たまに宿題についてユキが質問をしてくるので答えて、いくらか勉強を教えていました。ユキは特別もの覚えが良いわけではなかったけれど、馬鹿ってわけじゃありませんでした。私が教えたことに対して、わかったこととわからないことをしっかりと切り分けが出来て、その上で悩むことが出来た。1を聞いて10を知ることは出来ませんでしたが、教えられたこと、自分の知っていること、自分のわからないこと、を区別して考えることが出来た。それでいて、瞳の奥では私の何かを壊そうという意志を保ち続けていた。うん、心地よい時間でしたよ。


 ユキはそれで少しずつ、勉強の合間についでに話すみたいにですね、家の話をしていました。親からの愛情と言えるものはお金なんだって。お金持ちでもないのに、お金しかそういうものがないって、それって何もないと同じじゃない? みたいなことを笑いながら言っていました。


 私は……そうですね、人が何をして欲しいかってわかるので。ユキが求めていることも手に取るようにわかったんですよ。ああ、ただ聞かれたいんだなって。自分の中の普通を受け入れて欲しくてしょうがないんだなって。誰に話しても《普通》として聞いてくれないから、苦しくて仕方ないんだって。

 ヘラヘラ話しながら、私の中を見ようとしていました。媚びるみたいな笑顔だけど、私を見定めようとする瞳。私という人間を軽蔑したい、ガッカリさせられたい、そんな瞳。そんな、試す瞳。

 だから、私は会話の流れも飛ばして言いました。


「あなたは可哀想なんかじゃない」「あなたが誰に何を言われようと、あなたが思わないのなら、あなたは不幸じゃない」「あなたは、惨めなんかじゃない」


 ユキが欲しがっていた、誰かに言って欲しかった言葉はわかっていました。そこに前フリなんて必要なかった。ただ、ユキだけがわかればよかった。他の人に、伝わる、伝えてやる必要もない。わかられて、たまるか。

 そんな、言葉。


 そうして私が言い終わった後、ユキは泣いていました。フードコートで、人目も気にせずに。私はユキの隣に椅子を持って行って座って、ユキをもたれかけさせました。

 ただ、時間が過ぎて行きました。その時間が愛おしいと思って。


 この子を、ユキを殺そうと思いました。


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 ミヤちゃんとはそれから何回も一緒に過ごしました。タイミングが難しかったんです。私も人を殺すのは初めてだったから心の準備も必要だし、実際にどうやって殺すかも考えるのが大変でした。

 首を絞めるのも考えたんですけど、ミヤちゃんの方が私よりも背が高くって、振り払われたら返り討ちに遭うかもしれないなって思ってやめました。次に道路に突き飛ばすとかも考えたんですけど、現実的じゃないなって。ドラマとかだと体を押し出すとそのまま道路に飛び込むけど、私、そんなに力持ちじゃないし、ただ背中を叩いただけで終わっちゃいそうだなって。


 だから、結局包丁で突き刺すのが一番だなって思いました。


 ミヤちゃんを家に呼んだんです。お母さんのお店の時間を私は把握していたから簡単でした。

 私の家にきたミヤちゃんは全く私の家と調和していませんでした。それがとても嬉しいなって思ったんです。私の家、家っていってもアパートなんで部屋ですけど、物がギチギチなんですよね。まったく使われないキッチンの床にはゴキブリホイホイが二個ぐらい並んで置かれているんです。古いやつと新しいやつ。お母さん、こんな汚い部屋に住んでいるのに「ゴキブリホイホイは汚いから触りたくない」とか言うんですよ? それを放置していても部屋が汚いだけなのにね。それでどんどん部屋が汚くなっているんです。綺麗なのはお母さんの仕事に行く時の服と化粧箱と私の制服だけ。

 多分ミヤちゃんからしてみれば嫌な空間だったんじゃないかな。臭かっただろうし。でもミヤちゃんはいつもと変わらない様子で、自然体で、それがかえって私の家では不自然で面白かったんですよね。


 しばらくして、ミヤちゃんが少しだけ眠ったんです。

 今だって思ったんです。キッチンまで包丁を取りに行く必要なんてなかったんです。ずっとカバンに入れてましたからね。

 ミヤちゃんの寝息は静かでした。お母さんは呼吸が浅くて、いびきをずっとかいていて人間が寝るのってなんて醜いんだろう、私もそんな風に醜い眠り方をしているんだろうなって思っていたんですけど、そうじゃないんですね。みんながみんな、そういうわけじゃないんだって、思ったんです。


 ミヤちゃんの上にまたがるみたいのなって、包丁を持って頭上に掲げました。起きるかなって思ったけど、ちっとも起きませんでした。とても、リラックスして眠っていました。

 だから、このままやらないと。今やらないとって思いました。


 そうして、私は包丁を振り下ろしました。


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 ユキとは何回も会いました。二回目は私から声をかけました。想定外だったのかもしれませんね。学校から抜け出そうとしていたユキの手を掴んで一緒に出かけた時、彼女はとっても面白い表情をしていました。嬉しそうな感情と、自己嫌悪が滲む顔。


 人から自分のイメージを規定されるのが嫌で、それで私のことを見定めて、嘲笑おうと思ったはずなのに、私に対して色眼鏡があったことを自覚する瞬間のユキの顔。

 私は夢中でした。私の一挙一同でここまで感情が動く子は初めてだったから。みんな、気づかないんですよ。私が何をしても、私がイメージと違うことをしても、気づくことなんてない。わかることなんてない。理解なんて、できやしない。

 でも、ユキはわかる。面白いぐらいにその意図に気づいて、瞳にその感情の色が滲む。

 それはユキが色々な人の心に気づいてしまう証拠でした。ユキが自らに向けられる偏見にめざとい証拠でした。ユキが人々に知らず知らずのうちに傷つけられてきたという証でした。

 私はそれを弄び、ユキの心の内側に潜り込んでいきました。ユキの予想を超えた私の行動に、ユキは戸惑い、時に傷つき、そして、喜んでいました。


「今日は私の家にこない?」


 そう、私がユキに言うと彼女は少し怯えた様子でした。私の両親に出会うのが怖かったようです。彼女は髪を染めていて、外見的な印象で言うのならば私の友人とは思われないような格好でしたから。だから、父と母が不在ということを教えたら安心したようですぐに私に家へとやってきました。


 フードコートの日から、ユキは私に対して随分と素直になりました。自分の内なる偏見に気づくことには怯えていましたが、私の提案で何かをすることに抵抗はなくなっていました。

 私の部屋でユキを寝かせて、その服を脱がすととても細身のその体がわかりました。彼女の肌に舌を這わすと、ユキは小さく悲鳴を上げました。それでも私にはわかっていました。彼女の考えていること、彼女の不安、彼女の期待、彼女がして欲しいこと。


 私が人のしてほしいことを理解する性質は、この時のためにあったのだと理解していました。


 彼女は私の腕の中で喘ぎ、泣き、そして眠りました。

 眠る彼女の頬に手をやると、私の手に伝うように涙が落ちました。

 だから、私は今殺さないといけないと思いました。凶器なんて必要ありませんでした。彼女の体は華奢だったから。私が首を全力で絞めれば、すぐだと感覚的にわかりました。

 それに、こうするのがユキも嬉しいのだと私にはわかりました。


 そうして、私は首を絞めました。


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 そうして、殺したはずだったんですけどね。


 ミヤちゃんを、刺して、刺して、刺して、刺して、真っ赤になって、グズグズになって、あんなに綺麗だったミヤちゃんの体も顔もビチャビチャになったんです。

 顔にも返り血がついちゃって、目に入りそうだったんでキッチンの流しで水を出して顔を洗って、そうして顔が濡れたままでミヤちゃんの死体があるはずの場所へ視線を向けました。


 誰もいませんでした。

 何もありませんでした。


 私が殺したはずのミヤちゃんの死体はありませんでした。あんなに散ったはずの血も、肉片も、何もありませんでした。


 ▼▼▼


 そうして、殺したはずでした。


 ユキの息が止まるまで、そんなに時間はかかりませんでした。ユキの体がびくっ、びくっと動いていたけど抵抗というよりも体の反射で、両目は閉じられたままでした。

 私は力を緩めませんでした。こうすることが一番良いことだと確信があったから。

 ユキの呼吸が止まって、それからもしばらく首を絞め続けて、そうして私は手を外しました。


 さて、どうしようかと思いました。

 口が乾いていた気がしました。だから、キッチンへ行って水を飲み、部屋へ戻りました。


 そこにユキの死体はありませんでした。

 そこにユキの痕跡はありませんでした。

 

 それどころか、さっきまで使っていたはずのベッドは誰もそこにいなかったかのように朝に整えた時と同じ状態でした。

 何も、ありませんでした。


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 まぁまぁ、刑事さん、刑事さん。そんなに怒らないでくださいよ。これまでの話は別に全部が嘘だってわけじゃないんですよ。嘘って難しいんですよ。初めから全部が嘘だと、嘘は嘘として機能しないんです。尤もらしくだけじゃ足りない。本当のことだってしっかり話さないと嘘は嘘として成立しない。


 だから、ちゃんと話していましたよ。ミヤちゃんも話したんじゃないかな? しっかりと、丁寧に。でもわかんないかな? 知りたいこと、信じたいことしか見えないですもんね、そういう風に話を聞きたいんですもんね。ねえ?


 刑事さん、刑事さん。


 ううん、難しいな。話をしたいんだけどな。どうしてそんなに狼狽えているんですか、ちゃんと聞いてくれないと。


 ねえ、刑事さん。刑事さん。


 私もミヤちゃんも話しているんですよ、大切なことを。それに比べたら私の首がおかしいことぐらい、大したことじゃないんじゃないですか?


 ▼▼▼


 刑事さん、どうしてそんなに怯えているんですか? 私もユキも話したいんですよ?


 この話が刑事さんを安心させる話ではなかったかもしれませんけど。でも人の話を聞くのってそんなに安全で、気楽に出来ることだって本当に思いますか? 私とユキが何を思って、何を考えて、何をしたか、安全圏で穏やかに、そんな風に聞けて理解できることだと思っていましたか? ビクビクするのとは無縁で、心地よい話だけを聞けると思っていましたか? 私たちが、全部丁寧に私たちの心に決めたことを説明すると思いましたか?


 ねえ刑事さん。


 話を続けたいんですけどね。

 刑事さん。


 扉は開きませんよ。誰もきませんよ。

 私もユキも話をしたいんですよ。大切なことを。それに比べたら私の体が穴だらけなことなんて、大したことじゃないじゃないですか。


 ▼▼▼



 どうしてこんな話をしたのかって? 

 そうですね、退屈だったからですよ。

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私たちの供述 吉野奈津希(えのき) @enokiki003

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