エピローグ お出かけの後で
「ただいまー! いやあ大変有意義な時間でしたね!」
帰宅して早々話し出す佳奈美はとても活き活きとしている。あちこち巡ったのが嘘のようだ。
見慣れない外行きの服は紺色のベレー棒とブロンズの腕時計で彩られている。
本当に好きな物を夢中になって楽しむ。その姿はとても眩しい。
「あの映画のポイントなんですけど、主人公には無駄な動きが一切ないんですよ! 一見無駄に見える動きも実は……って、この話しましたっけ?」
三回目である。帰り道でも散々聞かされた。
まず座ろう、とリビングへ促す。外は薄暗い。いつもならもう帰る時間だが、彼女の話足りないというオーラに負けてしまった。
お茶を出すと、ごくごくと喉を鳴らして一気飲みする佳奈美。
「でも本当に良かったです。プラモも買えましたし……」
紙袋の中には先日作っていたのと全く同じ……ようで違うプラモデルが入っている。同じじゃないかと指摘したら、全然違いますよと怒られてしまった。
『この機体は主人公のライバルが一番最初に搭乗していた機体でいや厳密には外伝で訓練機を使っているのでそっちが先なんですけどまず最初の違いとして赤いカラーリングが――』
模型店のおじさんがうんうん、と腕を組んで聞いていた顔が思い浮かぶ。
「流石に腕時計は厳しかったですけど……」
ちらり、と佳奈美が送った視線の先には茶色の腕時計が付けられている。佳奈美のが選んでくれたものを購入した。クォーツの腕時計で、ベルトは革製。高級品ではないが、デザインがスタイリッシュだった。
「音、聞かせてもらっても?」
頷き、腕時計を外そうとするが、佳奈美は身体を傾かせて直接腕時計に耳を当てた。
「古いのも味があっていいんですけど、新品の音も好きです。私」
やはり少し疲れているのかもしれない。彼女の顔はとろんとしている。
「エアガンはまだ難しかったですね。たくさん種類もあって……。大人用の知識はまだあえて仕入れないようにしてるんです。その方が楽しみ、大きいですから……わふ……」
佳奈美があくびをする。そろそろ限界なのだろう。
「インスタント……カメラ……買って……公園での撮影、良かった……。現像するの、楽しみですね……。他にもわたし……いろいろ、やりたいの、あるの……こういうのも、だいすき、だけど、すいぞくかんとか、どうぶつえんとか、いきものみるの、すき……」
うつらうつら始める。どうするべきか、と思案していると。
「ぺんぎん、ぺんぎんみたい……ぺんぎん……しって……ますか? ぺんぎんさん……ほっきょくには、いないの……」
まだ語りたいことが山ほどあるらしい。
また大きなあくび。身体がゆっくりと倒れてきて、膝枕をする形となってしまった。
「わたしの、ともだち、は……ここまでつきあってくれない……でも、いまはさびしく、ないです。あなたいるし……。わたしにとって、あなたはいちばんたいせつな、ひとです。どうか、みすてないで……」
見捨てたりなどとんでもない。家族さんからもお願いされている。
「みすてない……ほんと?」
真実を、心赴くままに伝える。
「あなたにとっても、いちばんたいせつ……? やった……だいすき、ですよ……」
すーっ、という寝息が静かな部屋を満たし始める。
どうすればいいか少し悩んだが、しばらくこのままでいることにした。
「えへへ、そうです、このひとがわたしのこいびと、です」
妙な寝言が気にかかるが、佳奈美は笑ったまま寝ている。
それだけで、今は十分だった。
今のうちに、感謝の言葉を伝える。
「え? ありがとう……? うん、ありがとう……」
今はこれでいい。
この関係が、今はとても愛おしいのだ。
起きた後に一波乱ある予感がするが。
今は、この時間を堪能することにする。
「オタクで……良かった……」
心底喜びに満ちた寝顔だった。
放課後、暇だからと家に転がり込んでくるマニア女子の話 白銀悠一 @ShiroganeYuichi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます