1日目(裏)

「どうぞ……」


 あくびが出るくらいなんの問題もなく侵入成功っと。


 さて……


「じゃあ、順聖じゅんせいくん、さっそくで悪いけど、学校の教科書と問題集、あと、直近のテスト結果も出してくれるかな?」


「いきなり勉強するんですか? 最初はその、コミュニケーションとか……」


「う~ん、それはやりながらだね。入試までは時間がいくらあっても足りないってのが現実なんだ。いまふうに言えばタムパってやつ? 俺なら効率を最適化できるから、そこのところは安心してよ」


「なんでもかんでも効率って、果たしてどうなんでしょうか?」


「君も社会に出ればわかるはずだけど、世の中はそんなに甘くないのだよ。早いうちからそこの部分をきたえておくに越したことはないってわけさ」


「なんだかなあ、大人の理屈? って言うんですか? 夢ないなあ……」


「ぶつくさ言わない。そんなこと考えてて、あとあと後悔するタイプは山ほどいるんだよ? さあさあ、準備準備。パフォーマンスは大事ですぜ?」


「ふうん、そういうもんですかね……」


 バカとガキをだますのは簡単だな。


 よしよし。


 さて、このすきに


 え~と……


 お、あそこだな。


「先生、これで全部ですけど……って、ちょっと! なにしてんですか!?」


「うん? 君の弱みを探してるんだよ?」


「なにを言って……ああ、そこ、ダメだって!」


「おお、あったあった。ああ、ちなみに、俺は勘だけに頼るようなバカじゃないからね? もちろん長年の経験値もあるけど、大学は医学部首席で、精神科の臨床研修も受けてるんだ。赤門ってわかる? 東京大学のことだね」


「……」


「ほうほう、なるほどね。性的嗜好っていうのもね、統計データが存在するんだよ? なんのこっちゃわからないでしょ?」


「だ、誰か……」


「叫ぶかい? その瞬間に君の頸椎は横にずれるけど、それでもいい?」


「……格闘技の試合を見るのが趣味だって」


「習うほうはやってないって誰が言った? 空手は茶帯だし、柔道は段位持ち、そして――」


「うわっ!?」


「柔術もいいところまで来ているのだよ。こういうふうにね、身動きを取れなくできたりするんだ。ま、解剖学の知識も役に立つけどね」


「いたたた……!」


「さあ、どうする? これじゃあ警察も呼べないよねえ?」


「うっ、訴えてやる……!」


「どっちで? 刑事? 民事? それすらもわからないでしょ? これも勉強だけど、刑事裁判は検察でなければ起こせないんだよ? ドラマとかでよくある間違いだけど、弁護士が刑事告訴とか、法律上無理ゲーなのさ」


「う、放せ……!」


「しかも君は未成年者だから、民事で訴訟を起こすとしても、保護者の介入が必要になるね。それでも、やる?」


「父さんは会社の社長なんだぞ!? おまえなんかすぐにでもつぶせるんだからな!?」


「ああ出た、親マウント。君みたいな子はうんざりするほど見てきてるんだ。ま、金になるからいいんだけどね。調べてないと思うのかい? ITベンチャーとしてはいいとこいってる企業だけど、最近ハブられた従業員が労基に駆けこんでヤバいみたいじゃん? 日本では珍しいパターンだけど、お父さんも相当テンパってる様子だねえ。これもちなみに、俺の同期には、箱ものに務めてる知り合いもたくさんいたりするんだよ~?」


「さっきからなにわけのわからないこと……」


「いや、そうじゃない。君がバカなだけなんだよ? 子どもだから許されるとでも思った? そうじゃないんだ。この国ではね、バカはひたすら搾取され、地獄を見る。それが現実なんだよ? それがいやなら、強くなることだね。こんなふうに――」


「わっ――」


「あはは、ベッドがあって助かったね。どうする? 君をズタボロにしてから口を封じることもできるけど? まあ、俺は紳士だから、そんな野蛮な真似はしないけどねえ」


「た、助けて……」


「話がだいぶそれちゃったね。本題はこれなわけで……」


「あっ……」


「お姉さんがこ~んなことしてる写真を、なんで君が持ってるのかなあ?」


「そ、それは……」


「この部屋にプリンターはない。あるのは机の上のスマホだけ。おそらく、友達にくわしい子がいるんでしょ? 端末で撮影したものをクラウドで共有して、その友達にプリントアウトしてもらう。どう? 俺の推理、当たってるかな?」


「……」


「図星のようだね。そしてこれもおそらく、動画も存在するでしょ?」


「う……」


「ふふっ、いつの時代も、男の考えることなんて変わらないねえ」


「きょ、キョウハク、するの?」


「さあ、君次第かな。なぜなら、俺がやりたいことの本質は、そこではないからなのだよ」


「ど、どういうこと……?」


「むしろ逆さ。俺は最大限、君を楽しませるつもりだ。その意味は次回の指導のときにわかるよ。あ、当たり前だけど、勉強もちゃんと教えるから。志望校へ合格してもらうことだけはマジで考えてるから、そこは安心して。そうでなきゃ、お金にならないからね。それに、俺のフリーカテキョとしてのキャリアに傷もつく」


「楽しませるって……」


「ふふっ、また明日、俺が来たときに、だね」


「あんた、いったい……」


「ただの家庭教師だよ。今日はあいさつってことにして、すぐに帰って作業に取りかかるから」


「……テストとか、出したのに」


「君の注意をそらすためでしょ? ここにきてまだ理解できないの? お姉さんのいうとおり、バカだね、順聖くん?」


「くっ……」


「ま、これからそのお姉さんを使って、たっぷりと楽しいことをするわけだけどねえ。まだ意味、わからないでしょ? なんせ、バカだから」


「う、うるさい! バカって言うな! それに、姉ちゃんに手え出したりしたら……」


「君、お姉さんのこと、好きでしょ?」


「……」


「ああ、大丈夫。児童心理学的に見てもたいして問題のないことだから。普通だよ。愛の対象をオカズに使うことも含めてね?」


「ん……」


「おやおや、ジャージが」


「あっ――」


「やっぱりね。お姉さんがメチャクチャにされるとことか、想像してやってるんでしょ? くどいけど、ごくごく平凡な衝動だから。まあ、実行したら話は別だけどね」


「ヘンタイ……」


「君に言われたくないなあ。なんならこのスマホの中にあるデータ、ぜ~んぶクラウド上で公開設定にしちゃおうか?」


「バカ、やめろっ!」


「冗談に決まってるでしょ? こんなとこでカード切ってどうすんのさ? それに、バカは君のほうだっつってんだろ、あ?」


「ひ……」


「ま、いいや。大人は簡単には怒ったりしないのだよ。中にはいい歳して中身が子どものやからもいるけどねえ」


「あ、う……」


「じゃ、また明日この時間にお邪魔するね」


「まっ、待てよ。これからいったい何をする気――」


「ああ、順聖くん!」


「ひっ――」


「お客が来るときは、クズかごのかたづけくらいしておこうね? すごいにおいだよ?」


「……」


「ま、ひるがえせば健康だってことで、それはいいことなんだけどね、はは」


「……明日も来るんですか?」


「はっ、やっぱ、バカだよね? ああそうだ、課題をひとつ出しておこう。学校でいま習っているところ、どの教科でもいいし、できるところまででいい。君が可能なかぎり、予習をしておくこと。明日、そのテストをするから」


「どこでも、どれだけでも、いいの?」


「そうだ。つまり、試験はすでに始まっているというわけだね。試練と言ったほうが近いかもしれないけど。さあ、順聖くん、君はどう、動くのかな?」


「……」


「楽しみだねえ」


 肉体的刑罰は20世紀で終わりを告げ、時代は精神的刑罰へ。


 哲学や社会学の知識を借りるまでもなく、他者の精神を支配する者が、すなわち万事を制する。


 現代社会の本質はまさにそれだ。


 そして順聖くん、耐えられるかな?


 これに向き合えばあるいは、君ののち人生は、ふふっ、バラ色の未来となるんだよ?


 楽しみだね、次にあうときが。

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俺の先生は、今日も 朽木桜斎 @Ohsai_Kuchiki

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