その猫型ロボットは、どら焼きの美味さを知らない

篤永ぎゃ丸

再現された、未来のどら焼き

「ゴ主人様 ボクに『どら焼き』の美味しさとやらを教えて頂けないでショウカ」


 白衣を着た眼鏡の女性にそう話しかけてきたのは、等身が高い猫型ロボットである。彼女は山の様に積まれた書類と、ゼリー飲料ゴミやサプリボトルが散乱する机を前に、後ろを振り返った。


「急にどうしたの?」


「イエ——昨日 古い電子書籍を目にしまして その中で青き猫型ロボットが 幸せそうにどら焼きを召し上がっていたのデス」


「へぇー。それってかなり昔の国民的漫画作品だよね。何十年と続いたけど、テレビ媒体が無くなったと同時に、認知度下がっていったような」


「ソノ作品の事よりも ロボットが食事をすると どの様な効果を与えるのか ボクは学習したいのデス」


 猫型ロボットは腹部に手を当てて言った。機械が食事を摂るという行為は、本来必要ない事。学習プログラムから来る発言であると自己解決した女性は、黒いデスクチェアに身体を預けて、気怠そうに言った。


「ふーん。どら焼き……かぁ。悪いけど、私は餡子大っ嫌いなんだよね」


「ソウなのでスカ」


「昔、母親がこし餡をよく作ってたけどさ。煮詰めるのに時間掛かるし、砂糖ぶち込み過ぎだし、口にまとわりつくし、マジで不味いんだよ。だから餡子と和菓子は無理なんだわ」


 女性は指折り数えて、不満点を次々に上げる。彼女の深刻な餡子嫌いは、幼少期の家庭環境から来ているようだ。一生物の傷だろう。


「ナルホド——日本人の大多数は 餡子に適応しているというのに ご主人様はお嫌いなのでスネ」


「そ。私は、少数派の一人ってワケ。そもそもあの漫画の猫型ロボットは、原子胃袋って奴で分解されて、何食ってもエネルギーになるって設定なんだよ。味覚とかの原理がどうなってるのかは、知らないけどさ」


「ボクには設定されてないのデスカ」


「フィクション作品のの話だってば。とにかく、飯食う機能なんて備わって無いんだから、学習しようとせんでよろしい!」


「シカシ——ボクとしては 不明点を放置しておけませんので——確かめるべく 実際にどら焼きを再現してみたデス」


 猫型ロボットは、近くのテーブルからアルミトレイを両手に持つと、それを差し出すように見せた。女性は眼鏡をかけ直してトレイの中心に注目するが、円盤状の生地に挟まれた餡が確認出来る。彼女の渋々納得する表情を見るに、これはどら焼きで間違いない。


「台所無いのに作ってきたんかーい! ……って、これ再現か」


「セレン モリブデン 三大栄養素の炭水化物 脂質 タンパク質を含んでいます 食物繊維は1.45グラム 質量63.4グラムなので 総カロリーは172デス」


「ああもう、それ一番聞きたくなかった。原材料はともかく、内容はどら焼きっての分かったわ」


「ボクはこれを どうしたら召し上がれるのデショウ」


「だから無理だって! ……栄養素を形にしちゃった以上、捨てたら重罪だし——私が消費してやるしかないか」


 女性はやれやれと肩をすくめると、トレイからどら焼きを両手で取って、目の前に持ってきた。芳ばしい生地の色、鮮やかな小豆色の餡、ふんわりとした弾力を示すそれに、はむっと食らいついた。


 猫型ロボットはデータを取る様にジッと観察する。女性は、どら焼きをゆっくり咀嚼してゴクンと飲み込むと、再びはむっと食らいつく。歯形が付いたどら焼きからは、しっとりとしたし餡が覗いている。


「ドウですか ご主人サマ」


 反応を待ち望む猫型ロボットに対して女性は黙々と、どら焼きを食べる。問題無く繰り返されるやわらかい咀嚼音と、落ち着いた嚥下音。そして遂にどら焼きは完食された。


「ふつう」


 特徴の無い一言を、彼女は口にした。全く情報が得られず、軽くフリーズしている猫型ロボットを思ってか、彼女は無理矢理どら焼きの味を、匂いを、食感を述べようとした——しかし。


「食べたらさ——昔の事、思い出した」


「ホウ。それはどら焼きを摂取した事による効果——望郷の念——というものでショウカ」


「……ううん。まだ私が三歳にもならない頃——母親の母親、つまり『おばあちゃん』は病院にいたんだよ。腕は点滴に繋がれて……お腹にも管が通ってた」


「オオ! 前時代的生命維持装置デスネ!」


「最期まで話せなかったけど、あの時はさ……私にもおばあちゃんがいる事自体が嬉しくて、長生きしてくれてありがとーッ、頑張れーって思ってた。純粋に」


「スバラシイ! 現在 適切な栄養摂取によって飛躍的に平均寿命は伸びています ご主人様も順調に行けば 病気にならず 二百歳マデ——」


「今、その時のおばあちゃんの気分なの」


 ギィ……と、女性は椅子の背もたれに体を預ける。彼女は、胃腸があると思われる部分を軽くさすった。そこには、確かに満足感がある。しかし、あまりにも味気ない。


「もう、美味いか不味いかも分からないや。今となってはそんな事、気にしてられないんだから」


「ゴ主人サマ?」


「……。あんたが再現したどら焼きさ、人の手で作ったの変わらないくらい——上出来だったよ」


「オオ! それは良い結果です——しかしボク自身がそれを学習できない事が 大きな欠陥デスネ」


「いつか——あの漫画に時代が追いついたら、あんたにもどら焼きの美味しさが、分かる時が来るよ」


 猫型ロボットがそれを達成する期待値や確率を述べる前で、女性は机に向かい、再び書類に目を通した。時刻は夕刻なのか、赤外線を遮断する高性能な窓からは夕日が差している。お腹が空く時間だ。


 しかし彼女の腹時計は——いつからか、全く機能しなくなっていた。

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その猫型ロボットは、どら焼きの美味さを知らない 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

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