『Flower』

雪国匁

第1話

私の人生が暗転し始めたのは、丁度高校に入ったくらいだったと思う。

いじめられるようになった発端はなんだったかな? 生憎、もう忘れちゃったよ。

でも少なくとも原因の全てが私の所為だったことはないと思う。じゃあ、アイツらの所為だ。

主犯格が街の権力者の娘だったから先生も真面に取り合ってはくれなかったし、そんな私に好んで近づこうとする友達なんていない。挙句の果てには最近親も私に対して冷たくなってきている。

だから私は今日、この最悪の人生に最期の花火を上げるんだ。


学校の屋上。私はここで花火大会をする。嫌というほど、そして嫌になるほど通ってきた建物。

生きてることすら苦痛になった私にとって、最期を過ごすには最高の場所だ。

誰も使わなかった階段を上がる。閑散とした場所だったが、全てを終えるのにはいい風景だった。

そして靴を脱ぎ、フェンスを登って外側に出る。あとはこの足を一歩踏み出せば、数秒後に私は血を流して倒れていることだろう。想像したらなんだか笑えてきた。

その後に聞こえるであろう先生の叫び声、生徒の悲鳴、救急車の音。正直どうでもいい。

役立たずの神様は、私をどこに連れて行くかな?

「……死んでやる」

そう心の中で呟いて、祝福されるべき一歩目を踏み出そうとしたその時。


「やァどうも。どうしたの?」

と不意に横から声が聞こえてきた。

「はぁ?」

と返して声の主の方を向けば、黒いパーカーに大きい鎌を持った少女がフェンスの上に座っていた。

「あなた、誰?」

私は流石にそう聞いた。

「んー、ボク? 別に名乗るほどの名前は持ッてないよ。まぁ一応、『神様』の末端やらせてもらってはいるけどさぁ」

「神様!!?」

その少女から突然聞こえた『神様』の言葉に、私は反射的に強く反応した。

「え、なになにどうしたの!?」

「私になんの恨みがあるんだよっ!!」

そう叫んで、私はその神様の胸ぐらを掴んだ。

「アンタがちゃんと運命を考えてくれば、私はこんなことには……!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!! 確かにボクは神様だとは言ッたけど、運命決める系の担当の人はまた別の人だから、ね?」

まるで害意のなさそうなその顔を見て、私は罵倒をやめた。

「……それで、何の用?」

「いや、ちょっとね。ここでゆっくりさせてよ」

人が身を投げるところを間近で見て何が楽しいのか。

「あ、そ。じゃあそこで見てればいいよ」

「キミは今から落ちる気でしょ? この高さ、流石に人は死ンじゃうよ?」

「……別にいいでしょ。死にたいんだから」

「ふーん……。じゃあさ」

そう言って神様はにこやかに話しかけてきた。

「ボクの他愛もない話を聞いてくれない?」

「……はぁ?」

しっかりとイカれた神様だな、この人。

「10分くらいで終わるからさ? 少しくらい聞いてよ〜」

「……勝手にどうぞ」

私は折れて、一旦仕方なく話を聞く体勢に入った。

「あぁ、良かッた。じゃあ早速始めるよ……」

そう言って彼女は一度目を瞑った後、徐に口を開いた。


「キミの死ぬ理由って、イジメだよね?」

「なんで知ってるの」

「そりゃあ、腐っても一応神様だし。ボク」

ちょっと誇らしげに神様は言った。

「あとは友達からの無視、先生、親の冷遇……。酷い人生送ってるね」

懐から出してきたメモのような紙と私を見比べて、彼女はため息をついた。

「良い人生送ってたら世を儚もうなんて思わないね」

「それもそッか。じゃあまずイジメの概要からね」

『イジメの概要』? 何の話をするつもり?

一ページめくった神様は、ゆっくりその内容を読み始めた。

「……犯人グループのリーダーはクラスメイトの『ケーキ』、主犯格は彼女の取り巻きの

『プリン』と『クリーム』。まぁ主にはグループ全体としてイジメてる感じか。それで、ケーキの親が地域の権力者だから、先生も放ッておくしかない。そんなところだよね?」

「……それ、確認して何になるの。私としてはやめてほしいんだけど」

ヘドロで満たされたバケツを、丁寧に混ぜられている感覚だ。吐き気すらする。

「それはゴメンね。けどこれがなかッたら、これからの話ができないからさ」

軽く笑って、神様は私に弁明した。

「まず生徒間の問題だけど。ねぇ、ケーキに対してどんな印象?」

「……最低最悪の糞野郎だよ。私をイジメてる張本人」

できる限り、いや、完全に本音を言ったつもりだ。

「んーまぁそうだよね。でも、ケーキはキミに対してそう思ってないみたい」

「……はぁ?」

「むしろ逆。ケーキ自身は、キミと仲良くしたいらしい」

「……バカじゃないの? 私、イジメられてるんだよ?」

神様の一言で、完全に訳がわからなくなった。

「でもイジメてるのはプリンとクリームでしょ?」

「いや、それはそうだけど……」

「どうやら、入学したすぐの頃にケーキは興味があったキミのことを見てたらしいね。それをプリンとクリームは『ケーキはキミが気に食わない』と解釈して、イジメ始めたらしい」

「……そんなこと」

「ケーキは2人から嫌われてしまうかも、そんな恐怖で何も言えなかったらしい。無視する生徒は、話していたらプリンとクリームが怖いから。これが生徒間問題の全容」

味わったことない衝撃を味わった気分だ。

……彼女は、悪くない?

「でも、そんな生活も今日で終わりだよ」

「え?」

急な神様の意外な言葉に、私は思わず聞き返す。

「ケーキが勇気を出して、先生にこの事件の全てを告白したらしい。『自分の所為で始まっちゃったんです』ッてね」

「そんな……」

この話を聞いてる限り、ケーキは悪くないのに。自分で罪を被ったの?

「……でも、先生に言っても無駄なんじゃ」

あの先生は何も動かなかったんだ。信用できない。

「じゃ、次は先生の話ね。あの先生はキミ達の前では無視をし続けた」

「……うん」

「けど、水面下では誰よりも一生懸命頑張ッてたンだよ」

「……、え、?」

あの先生が?

「ケーキの親はイジメなンて事件の中心にケーキがいるとなッたら評判とかが不都合だからね、学校側に事実を隠蔽させようとしてたンだよ。けどキミの先生はその圧力にも負けず、なんとか頑張り続けた」

「嘘、でしょ?」

「ホントだよ。そしてケーキの告白という、ダメ押しの証拠が明日入る。学校側にも事情を説明するらしいね。プリンとクリームはタダでは済まないそうだ」

「……」

もう、何も言えなかった。

自分の周りで、自分が知らないところで、そんなことが起こっていたなんて。

「しかもキミの親も先生に色々と協力していたらしいよ。キミを見て冷たい態度をとッていたのは、キミに対する罪悪感らしい」

「お母さんとお父さんも……!?」

「これで、この事件に関する話は以上だよ。質問はある?」

……私が憎んでいた人たちは、私の為を思って行動してくれてた人達だった。

そんな人たちを、私は―――

自然に、目から透明色の液体が溢れてきた。

「ところで、キミに直接は聞いてなかッたね」

そう言った神様は、フェンスから跳んで私の前をふわふわと浮いた。

「……なンで、ここにいるの?」

「私は……」

私、なんでこんなところにいるんだろう。


「頑張って過ごしてみるよ」

それが、私の本音だった。

「そッか……」

神様は、フッと笑った。







「じゃあ初めッから、『死にたい』なンて言わないでよ」

突然のキツイ口調に、私は思わずたじろいだ。

「え……?」

「ボクがここに来た理由を、詳しく話してなかッたね」

被っていたフードを外して、こっちを睨んできている神様。

「キミが『死にたい』なんて言ッたから、ボクはここに呼ばれたんだよ」

「どういう、こと……」

「ボクは『死神・自殺商』の『タナバタ』。自殺を願ッた人のとこに行ッて、『確実に』その願いを成就させるのが仕事なンだ」

神様、いや、タナバタは、抱えている大きい鎌の刃の部分を指でつつとなぞった。

途端に刃はギュルンと縄状に変形する。

「生憎だね。ボクも仕事だから、『自殺』を遂行させないといけないンだよ」

そう言って、タナバタは鎌の縄を私の足に絡み付けた。

「え、ねぇ、待って」

「恨むとしたらボクじゃない。『自殺商のボク』を創った神様か、『死んでやる』なんて安易に口にしたキミ自身を恨むことだね」

淡々と口で言いながら、段々と力を入れられる。

「もう、生きたいから!! 頑張って、全力で生きるから!! ねぇ、待って!!」

私は全力でタナバタに叫んだ。

でももうタナバタは何も言わずに、鎌を持つ手に力を込めることしかしない。

「みんなに謝らないといけないから!! せめて一言だけでも……」

「『祝福されるべき一歩目』なんでしょ?」

私は背筋が凍りついた。

さっき考えてたことと、全く同じことだ。

涙でぼやけた視界に映った、笑顔を浮かべないタナバタ。


「別にキミのことは嫌いじゃなかったよ。じゃ、サヨナラ」

そして私の足は宙を舞った。

体が徐々に落ちていく感覚。気分がいいと思っていたものは、最悪の間違いだった。

そして、全身に強い衝撃が走った。



「はぁ……。終わッたか」

ボクは屋上のフェンスから彼女を見下ろし、ため息をついた。

「『最期の花火』、かぁ。自分の死に様がなんで美しいと思うンだろうね」

空中を歩いて、屋上の床に足をつける。

「ドブを啜ッて生きてきた花が枯れるとこなンて、醜いものでしかないのに。いくら汚くても、咲いてたほうが絶対に綺麗でしょ」

落ちていた小石に気づいて、蹴り出して屋上から落とす。


ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。そう、あなたへの。

ボクは死神・自殺商のタナバタ。あなたが世を儚むお手伝いを致します。

呼ぶ方法は至極簡単。一言、『死にたい』とでも呟いていただければ結構です。

すぐに向かいますので。





「随分早かッたね。ちょっと前でしょ?」


「……そうですね。許可が出たので」


「じゃあ聞こうか。なンで、ここにいるの?」


「……花火を、撃ち堕としに」


「回答、上々。これからよろしくね。 キミ、名前は?」





「『Flower』、と言います」

黄色いパーカーを着た彼女は、にこやかにそう言った。

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『Flower』 雪国匁 @by-jojo8128

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