エピローグ

 朝焼けの埠頭に救急車と国防隊の車両が集まっていた。岸壁にはタグボートに曳航されてきた客船が煙をなびかせていた。電動船が煙を上げるのはシュールな光景だ。バッテリーの暴走が収まっても、モーターの方が持たなかったらしい。


「人類の進歩に抵抗する卑劣なテロリズムに対して、我々は敢然と立ち向かい…………」


 それ以上の茶番シュールは波止場に作られた簡易舞台に立つ優男だ。堂々と同業者を非難しているのが傑作だ。


 紗耶香が教えてくれたのだが、葛城早馬はレセプションルームを出るとき参加者にテロリストと自分が交渉すると一席ぶったらしい。あのシーンでそこまで気が回ることにあきれる。


 自慢の白スーツを汚す右肩から腕にかけての赤黒い染みすら、主催者として参加者を守ろうとした証に見える。近寄れば高級ワインの匂いがするだろうに。


 まあ悪の反対が別の悪だっていうのは定番だ。むしろそうじゃないと困る。悪の反対が正義なら行きつく先は絶滅戦争だ。一般人にどれだけ被害が出るか。


 視線を救急車の方に移した。あの老研究者は救急車ではなく、国防隊に状況の説明をしている。毅然とした立ち姿に少しほっとした。あの研究の価値が証明されても、それを稀少疾患に使う人間は彼だけだ。


 もっとも俺達にとって意味を持つのは、彼の現在ではなく背負った過去の方かもしれないが……。


『球面半導体の発展初期の研究者としての彼の知識は貴重なものだよ』

(勝手に重要NPCを増やさないでくれ。ルル)

『おや、ヤスユキなら同じようなことを考えていたと思ったけど』

(…………やつが来る。念のため通信は控えてくれルル)


 ヒーローインタビューの演技ロールプレイを終えた白スーツが近づいてくる。俺はリンクを切った。


「ひどいシナリオだったな。特に後半が最悪だ」

「結果として君たちは貴重な教団の情報を得たわけだ。問題あるまい」

「大ありだ。情報を得たのは俺達だけじゃない。超過利潤はそちらじゃないか」


 隣に来た葛城早馬。俺は海に視線を固定したまま応じた。今すぐにでも帰りたい気持ちを抑え、残り僅かの気力ロールプレイを振り絞る。


「確かに船一つ沈んでも問題なかったくらいの情報は得た。ルルーシアのSIGINTは素晴らしい。一体どこでどうやっているのやら」


 悪びれずに言う早馬。船は沈んでないし、よしんば沈んでもお前の金じゃないだろう。


「改めて私と手を組まないか。今の組織を離れろとは言わない。あくまでフリーランスとして」

「飼い犬じゃなくて雇い主に話を通したらどうだ?」

「船の中で状況を支配していたのは君だよ。ルルーシアは君にリードをつけていない。つまり適切な相手と交渉しているつもりだが」

「現場責任者に権限を委譲するタイプの組織なんだろうな。フリーランス向きだ」

「どちらかといえば役割分担に徹したフラットなチームに見えるな。あの連携はトップダウンでは無理なスピードだ。察するに十人以下のチームだろう」


 残念、うちのメンバーは四人だ。だがこの洞察は危険だ。あの状況下でずいぶんとよく見ている。


「今回は共通の敵が強力だったから協力が成り立っただけだ」

「何を言っている、あのテロリストは教団にとって下級モデルに過ぎないぞ」


 思わず隣の男を見た。


「教団の真の実力は多数のモデルをAIの指揮で動かすことだ。世界で一番強力な組織だ。その程度は当然だろう」


 当たり前のように付け加える早馬。つまり今回のは最下級の一兵士で、本当はあれが一糸乱れぬ統率で部隊を作ると。ゲームバランスが壊れているどころの話じゃない。


 しかしそうなるとやはり解らない。


「そんなに強力な教団にちょっかいを出す。上司の目をくぐって俺たちと接触するよりも大きなリスクだろう」


 軍団に伝手を持っていたり、教団のことを探ったり、さらに俺達にまで個人的に食指を伸ばす。これは組織に対する忠誠心を持たない個人主義者ナルシストには似合いの行動だ。要するに他人を利用することしか考えていない。


 財団には第一位の教団に媚を売る派がいて、そいつらにとって勝手な動きをする若手そうまが邪魔だというのは、三つに分かれたシンジケートの政治を考えれば納得がいく。


 つまり今回のシナリオで葛城早馬の置かれた立場とその方針は理解できた。


 だが一番肝心なことが解らない。この男がそこまでする目的だ。キャラクターにとって一番重要な要素はリスクを顧みることなく求める何かだ。動機こそがキャラクターシートの根源だ。


「不老不死が目的なんだろ。その前に死んだら困るだろうに」


 俺の言葉さぐりに、葛城早馬は肩をすくめた。


「不老不死? 人類最後のパーティーの後でテーブルに残った残飯を永遠に食い続ける権利のことか。君なら価値があると思うのかな」


 嘯くようなセリフに不意を突かれた。エリートの考えることは理解できない。いや、俺をけむに巻くためのたわごとか。


「聞くまでもないか。これまで愚かなリスクを取ってきたのは君だからな。不忍池でもXomeでも」

「…………請け負った仕事シナリオにベストを尽くすたちだ。日本人の悪しき習性だな」


 俺は平静を装った。


 マネージメントエリートのくせに人間観察がなってない。こっちは【ゲーム】に巻き込まれたくちだ。黒崎亨キャラクターはロールプレイ。プレイヤーである僕は今回みたいなセレブの祭典には無縁のはずの人間だ。


「フリーランスなら仕事先いのちづなは確保しておくべきだと思うが」

「フリーランスだからこそ、仕事先は選ぶ質なんだ」


 俺は緊張を隠していった。どう出る?


「今回のプロジェクトで君たちの情報は独占する価値があることを改めて確認できた。共通の敵が強力で幸運だったな。本来なら高峰君をこちらに引き渡せといってもいいくらいだぞ」


 早馬は芝居がかった台詞と共に、俺にワインの瓶を突き出した。そして背中を向けて去っていく。海風が白いスーツをはためかせた瞬間、赤さびの匂いがした気がした。


『今回の洋上オークションで君とサヤカの情報痕跡が消えている。葛城早馬の仕業だろうね』

(…………油断はできないぞ。次はまたどんな手を打ってくるか)


 早馬が離れるとすぐにルルが戻ってきた。俺は去っていく片腕を赤く染めた男を見ながら答えた。


『ソウマの次の計画は不明だけど、今から行くのは病院だろうね。コグニトームで予約が入っている』

(病院? 今回の被害者への見舞か?)

「…………多分治療のためです。あの腕の傷は……モデルが私たちを撃ってきた時の物です。私を庇って」


 紗耶香が複雑そうな顔で言った。会場を出る前はワインの染みは肩だけだったことを思い出した。だけどヒロインを庇うなんておおよそあの男には合わないロールプレイじゃないか。


「……「勘違いするな。ゲームの勝利のために必要な駒だからだ」だそうです」


 え、何そのツンデレロールプレイ? 余計似合わないんだけど。僕の中の早馬のキャラクターがますますぼやける。


 だが次の瞬間、そのぼやけた姿の向こうに、葛城早馬の本質が見えた気がした。もしその台詞が極限状態でとっさに漏れたあの男の本音だとしたら?


 あいつの言っていた「人類最後のパーティー」。


 その意味が現実という生身の人間同士のゲームのことだとしたら?

 そして奴にとってはそのゲームの勝利それ自体が目的だとしたら?


 そんな究極の狂人ゲームプレイヤーが存在したとしたら、それは今回のシナリオでの葛城早馬のキャラクターと一致するのではないか。


 俺はリムジンに乗り込む葛城早馬を見た。病院に行くのに救急車じゃなくて高級車を選ぶのが嫌味なほど似合う背中だ。


「ふーん。そんなことあったんだ。高峰さん。もしかしてあの男のことちょっと見直したとか?」

「どういうことでしょうか? 今回私たちが危険にさらされたのはすべて葛城さんが原因ですが」


 いつの間にかこちらに来た舞奈がからかうように言った。紗耶香が不思議そうに首をかしげる。いつもの彼女の合理的で論理的な判断に、僕は不覚にも安心した。


「ふむふむ。よかったね白野さん。これなら安心かも」


 舞奈が俺を見た。にんまりとした顔が憎たらしい。国防隊のパパに叱ってもらいたい。まあ古城晃洋がしかりたいのは娘をこんなゲームに巻き込んだ俺達だろうけど。


「白野さんこそ、あの時葛城さんと協力することを決めたのはびっくりしました。直前までオークションで争っていたのに。…………もしかして気が合うのですか?」

「えっ、いやまさか。そんなわけないだろう。今回のことはあくまでやむなくであって」

「でも一瞬で決めましたよね。……葛城さんもおかしなことを言っていましたし。これまでの白野さんの行動を考えると頷けるところもあります」


 紗耶香はじっと僕を見た。葛城早馬は何を言ったんだ。奴と僕に共通点なんて一つもない。


「あー、いやそういうBLっぽい話じゃなくてさ……。なんていうかほら、あるでしょ男として危機感みたいなのとか、女の子の恋の駆け引きみたいなの」

「…………君こそもうちょっと別の危機感を感じてくれ」


 両手を頭の後ろに組んで不満そうな舞奈に言った。さっきまで命がけで戦っていたんだぞ。なんだよBLとかNTRとかBSSとか。いやBSS《ぼくがさきにすきだったのに》は関係ないか。何しろ葛城早馬の方が先に紗耶香に目をつけてたから。


「まあ確かにもうちょっと連携とか鍛えなおさないとだめだよね。そだ、今度事務所の合宿があるんだけど一緒にどう。VRアーツのプログラムを使えば模擬的なのくらいは出来るんじゃない」

「断る。TRPGプレイヤーがアスリートについていけるわけないだろ」

「でもあの白いお兄さん、そこそこ鍛えてたよ。細マッチョって女の子の理想だよ」

「だからどうしてこの状況でそっちに話を持っていけるんだって言ってるんだ」

『面白いアイデアかも知れないね。そろそろルールブックの大規模な改定をしたいところではあるよね』

「そうですね。大脳の研究者の視点から見ても、ルールブックにはいくつか改善の余地が、例えば自由エネルギー原理の……」


 ルルまで口をはさんできた。紗耶香は真面目な顔でフレーバーテキストを並べ始める。やっと終わったのに次のシナリオを作ろうとするな。


 なんで僕の周りには一人も一般人がいないのか。


 確かにTRPGのルールブック改定は心躍る出来事だが、その結果プレイ難易度が上がるって相場が決まってるんだ。


 僕は白野康之プレイヤーとしてそう考える。このペースで黒崎亨キャラクターをやっていたら持たない。どこかの白スーツと違って、僕は現実とゲームはしっかり分ける主義なんだ。








**************

2023年11月5日:

ここまで読んでいただきありがとうございます。

おかげさまで【旧版→新版】を越えて新セッションを書き上げることが出来ました。

ブックマークや評価、いいねなど応援感謝です。感想、レビューはとても励みになっています。また誤字脱字のご指摘は本当に助けていただいています。


セッション3は主人公と葛城早馬の対決から共闘という展開でした。異能バトル物の定番といえば定番なんですが、結果として作品コンセプトに一番忠実な形になったのではないかと思っています。


(別サイトのことになりますが、現在小説家になろうで開催中の『第11回ネット小説大賞』ですが、先日発表された一次審査を通過することが出来ました。応援ありがとうございます)


今後のことですが、申し訳ありませんが未定となります。現状、次のプロットが見えていません。セッション4は、これなら面白くなると思えるプロットが生まれたら、ということにさせてください。

作者として迷走を重ねて申し訳ないのですが、そういう形でどうかお願いします。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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【新版】深層世界のルールブック ~現実でTRPGは無理げーでは? のらふくろう @norafukurou

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