第2話


「っ!お前がどこかに隠したのではないのか!」


空の玉手箱を見せられ、噛み付く鹿然(ルラン)に対し、桃李(トウリ)は落ち着いて答える


「この男………道天王(タオテンワン)から聞くべき話がありそうだ。」


(我らは代々空の祠を守っていたというのか?

天界…月影(ユエイン)様はどの様なお考えで…)


「桃李…と言ったか。

そちらの小僧よりは幾許か聡明なご様子だ。」


「貴様…っ!「鹿然。道天王殿は宝がないと最初から確信していたご様子。霊力も長い鍛錬を終えた仙人の様だが、悪意もまるで感じぬ落ち着いた波動…剣で語り合うまでもなし、言葉を交わそうではないか」


緊張の色は残るものの桃李は落ち着いた声音で道天王の首元からゆっくりと剣を下ろす。そんな姿に鹿然も自然と肩の力が抜けていく


「では、なぜお前はここに宝がないと分かっていたのだ?」


顔を背けながらも目線はしっかりと道天王へ向けた鹿然が腕を組みながら問う


「ふふ、いかにも月影の考えそうなことだからだ。あやつは我が真っ先にここへ来るだろうと分かって…宝があろうがなかろうが、我がこの祠を壊すであろうと見越していたに違いないな」


「月影様とお知り合いであるご様子。

であれば、ここが天界より統治されし山、雰星雨(ファンシンユ)であるという事もご存じなのでは?」


雰星雨。

天界が直々に統治している山は一様にそう呼ばれ、山のどこであっても神の目から逃れることはできないとされる程、天界に最も近い場所なのである。



「天界より統治されし山…?

神々とやらは人々が住まう"下界"にまで己が手を広げているというのか」


「天界が人々へお慈悲をお恵みになられましたのはもう八百年も前からの事」


「そうだ。何を今更言い出すかと思いきや、赤子でも知っている様な常識を…」


と、またしても喧嘩腰な口調で話し始めた鹿然だったが、その言葉尻は道天王を視界に入れると、徐々に小さくなっていった


「八百年前…?ははは!どうりで!…我は……も……て……というのか…」


小さな声で自分自身に言い聞かせるかの様に何かを話している道天王の、先ほどまでとは打って変わった困惑している様子に桃李も鹿然も不審に思う。


暫く何やら囁いていたが、意を結したように二人の方へとゆったりと振り向く。


桃李は、そんな道天王の表情に何か良くないものを感じ先に言葉をつぐ



「…一度月影様に所存を尋ねるべきだな。

道天王殿、貴殿から悪意は感じられませんが、この様に暴れられては何のお咎めも無しというわけにもいきません。ご同行を。」


「その必要は無いだろう。月影はもうとっくに我に気づいておるだろうし、時期に向こうから勝手にやって来るだろう。ここで、ゆっくり、待つとしようじゃないか」


(確かにここは雰星雨であり、月影様はこの寺の主人。これほどの霊力を感じていないはずはない。)


「「……」」


納得したのか押し黙る二人に、道天王は口の端を少し引き上げて話し出す


「若造ども、さぞ不思議であろうな。なぜ月影様は空の祠をこんなにも大事に祀っておられたのか」


大層不思議でたまらないと言った口ぶりで大袈裟に話す道天王に、呆れた様に鹿然は答える


「何か尊大なお考えあっての事」


「あぁ、そうだよなぁ。

何か"尊大なお考え"が無くちゃあ、なぜ僕達はこんな役目を代々引き継いで来たのか。まさか、何の意味もなかったなんて事ありえないもんなぁ」


馬鹿にしたかの様な道天王の言葉に、流石の桃李も無礼だと不快になる


「どちらにせよ、月影様が来れば全てわかる事」


と、冷たく言い放ち、これ以上は話しても埒があかないと言外に伝える。


「ははは!月影様の手を煩わせる訳にはいかないなぁ。ここは一つ、我が"尊大なお考え"とやらを

教えて進ぜよう」


進んで聞くつもりはない二人だったが、最初から何か知っているかの様だった道天王の話を、わざわざ止めることも無かった。


「本来ここにある宝は、月影様の物では無い。








偉大なる月影様は泥棒なのさ。」

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慕情伝 @kyuukei

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