慕情伝
@kyuukei
第1話
霧が濃く、来るもの去るもの惑わせる山奥にひっそりと佇む一つの寺。
その寺内の真ん中に置かれた祠の前で凛々しく立つ二人の男が居た。
白と金を基調とした着衣に、腰には主人と同じく白と金で整えられた聖剣を差す、いかにも真面目そうでそして誰もが振り向くであろう美丈夫が答える
「鹿然(ルラン)、そなたはまだ良いものであろう。次男とは、長男とはまた別の意味で常に周りからとやかく言われる立場。天からの命を全うするという名目は、非常に良い隠れ蓑ではないか」
美丈夫の左隣で同じく手を後ろに回し前をまっすぐ見つめながら答えるのは、黒と金で合わせられた着物と背中に同じく黒と金であしらえた剣をかつぎ、男子にしては少し物足りぬ身丈を差し引いても元より幼い顔立ちなのであろうと匂わせる美青年、鹿然である
「ん、桃李(トウリ)兄さん。それ本気で言ってる…?兄さんは長男として正式に命を受けたお立場。次男である俺は追いやられたに過ぎない」
2人は天界より命を受け背後の祠に眠っている様々な噂をもつ宝を守る、いわば護衛として遣わされた、由緒ある貴族のお家の代表者であった
「ふむ…お互い無い物ねだりというもの。
しかし、そなたのいう様に"長男として任された"名誉ある命を全うするとしようぞ」
その桃李の言葉は、これ以上任務中に無駄話するのはいけない、と真面目さが滲み出る物言いであった。そんな桃李の意を知ってか知らずか、鹿然は続ける
「無い物ねだり、か。
兄さん、実際この祠は空かもしれない…と思った事はない?俺は無いもののせいで日々満たされず、そんな事ばかり考えてしまうよ」
「鹿然、その様な考えは危険を招くぞ
……そなた、よもや好奇心に殺されようとしているのではなかろうな」
「んんん!ないない〜っとも…言い切れない…。
でも、兄さんも本当は興味がありそうだね」
と、桃李を兄さんと慕っておきながらその実、敬意などまるで無い様な目配せを送ってくる鹿然に厳しく言いつける
「これをお納めになられたは天界の偉大なる神々。……そして、この宝をその目で写したことのあるのはこの祠を建てたとされる月影(ユエイン)様ただ一人…。聞くに、空に浮かぶ全ての星の輝きを奪い己のものとしたその眩さは、見るものを狂わせる妖艶さと噂に名高い宝…」
鹿然の、興味があるんじゃないかという問いかけに賛同する様に応えてしまった己を空咳で誤魔化し、言葉を続ける
「護衛を任されている者としては気にならない訳でもないが、それほどの噂をたてる邪悪な力、見ても碌なことは起きぬだろう」
そうして次こそは会話を止めようと目線を左から前へ戻す。
「ただ1人しか見たことがないだって?
そんな訳なかろう。こんな誰も足を運ばぬ様な山奥に、邪悪な宝が勝手に眠っていたとでも?」
桃李が目線を前に戻したその瞬間、突然正門に誰かが立っているのが見えた。月明かりに背中を照らされ二人の方へ長く濃い影を落とすその人物は、警戒心を引き出すには十分なほど怪しかった
「「!!!」」
二人はすぐに剣を抜き、戦闘の意を示す
「どうどう、落ち着け若造ども。
我は忘れ物をとりに来た………
いや、盗みに入られた哀れなただの男前だ」
(顔は正確に目視できぬが背格好、声質からして男か…それにここからでも分かる圧迫感…七尺はあるんじゃ…)
などと桃李が冷静に分析していると、横から飛び出す影があった
「っ!なにを訳のわからぬ事を!」
「鹿然!相手が何者かも分からぬのに不用意に近づくな!」
鹿然につられる様に前へと数歩進み、止めようとする桃李の出した掛け声は動き出した鹿然を止めることはできなかった
無意識の瞬きをして目を開けたときには、
鹿然は気を失っている様で、突然現れた何者かも分からぬ侵入者に横抱き…いわゆるお姫様抱っこされていた。
鹿然が揚々と侵入者に向かって突き出したはずの剣は、背後の正門へと真っ直ぐに刺さっていた。
(なんだ!?動きが全くなかった…そして少し近づいただけで改めて感じる強大な霊力…抑えてはいるがこの距離からでも十分だ…)
「………その者を、離してやってくれぬか」
「ふふふ、なに、いきなり襲い掛かかってきた野良猫を可愛がってやろうと思ってな。
別に悪い様にする気はない」
そう言い、侵入者は自然な素振りで横を向くと、
あやす様に腕を左右に振り、突然鹿然を真っ直ぐに、勢いのまま祠に向かって投げた。
「!?」
突然の事に対処しきれなかった桃李の横を風切り音を十分に鹿然が通る。
不幸中の幸いか、祠にぶつかった衝撃で一瞬にして気を持ち直した鹿然が、すぐに現状を把握し桃李の横へと飛び、剣を手に呼び戻す。
「…そなた先ほど盗みに入られた哀れなおと………男だと言ったな。しかしこれでは我らが盗みに入られた側だ。如何様な用件であるか」
「坊ちゃんたち、ちょうど先ほど話していたではないか。宝が本当にあるのかどうかすら怪しい、と」
話していたとはいえ、警戒は怠っていなかった。
であるにも関わらず、目の前の男が今存分に放っている気配の全てを操り抑え、静かに会話を聞いていたという事実に足元を冷やしながら、鹿然が答える
「なっ!怪しいとまでは決めつけていない!
ただ、この目で見た事がないというだけだ」
「あぁ、そうだったな。"偉大なる月影様"しか知らぬ宝であったな。して、お前が先ほど壊した祠だが、どうやら空のようだ」
「「!?」」
常ならばこの様な怪しい男の戯言など信じぬ二人であったが、つい先程までの話題が話題だっために、まさかと思い振り返る。
鹿然の投げられた先にあった祠の扉は今やただの木屑と化し、その中にある黒く光を放つ玉手箱が
まるで大男が癇癪を起こし暴れた後の様に横に薙ぎ倒され、蓋は祠内の隅の方まで飛んでいってしまっているではないか。
そんな風に二人が現状を目に入れると
いつの間に歩いてきていたのか、男は祠の中に堂々と入っていく。
桃李はすかさず、通り過ぎていった男の首元に背後から剣を添える。
「そなた、何者か知らぬが、我らはこの祠を守る様にと天界より命を受けし者。今すぐここから立ち去れ」
(こんな男に脅しが効くかどうか計り知れぬところではあるが、堂々と踏み入られては剣を交えるしかない)
「道天王」
「?」
「道天王(タオテンワン)、それが我の名だ」
そういうと、中がよく見える様に足元にあった黒い箱を蹴る。
…その箱は、確かに空であった。
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