エクストラ 君のボケを離さないみつなさん


「冷静になって考えると……やはり君の返事は意外でした」


 今後のことを空き教室で話していた僕とみつなさん。廊下にはもうほとんど生徒は残っていない。帰ったか、部活に専念している時間帯だった。

 差し込む夕日が、みつなさんの頬を赤く染め上げている。そんな横顔が綺麗で――気のせいか、いつもより可愛らしく見えてドキッとする。


「あ、もちろんさっきのことですよ? 私の……こ、恋人になって、欲しいって。その返事です。

 ……わかってるって? 君はたまにとんでもない勘違いをするので、確認です」


 さすがにいまのさっきで変な勘違いはしない。

 でも意外に思われるような返事はしていないと思うんだけど。


「だって……君はこう返事をしたんですよ。

『ずっと、僕なんて相応しくないって考えてた。でもみつなさんの言葉を聞いて自信が出たんだ。言われてようやくなんて、本当は情けないけど。こんな僕で良ければ、恋人になってください』って」


 僕は驚いた。

 みつなさんは僕の返事を一語一句間違えずに覚えていて、声真似までして再現したのだ。


「うん? どうしました? ……なんでそんな完璧に覚えてるのか、ですか!? ――そんなんっ、当たり前やろ! 忘れられるわけないやん! 記憶に焼き付いたわっ! ――――っ、こっほん。失礼しました」


 つい素でツッコんでしまうみつなさん。キョロキョロと周りに誰もいないことを確認しながら慌てて咳払いをする。


「と、とにかくです。君はそうやって返事をしたのです。しかも平然とした顔でです。もう少し照れたり動揺したりしてください。なんでそんなに落ち着いているんですか」


 そう言われても……。これでも結構緊張したのだ。


「実は内心恥ずかしかった? うーん……確かに君はそういう動揺とかが顔に出ないのかもしれませんね。平然とボケ、平然とツッコミを受け入れてくれる。君はそういう人です」


 なんかそう言われるのもこそばゆい。そこまで褒められるなんて。

 顔に出ているかわからないけど照れてしまう。


「いまの、褒めたことになるんでしょうか? わからなくなってきました。

 でも私が意外に思ったのはそこじゃないんです。いえそこも驚きましたけど……それよりもです。

 君は、ずっとって、言いましたよね。ずっと考えていたって。ずっと私のことを考えてくれていたんだなって、驚いたんです。君は私のツッコミに付き合ってくれているだけだと思っていたんですよ」


 ……あ。

 確かにそうなのだ。二人で話すようになってから、僕はみつなさんのことを考え続けていた。想い続けていた。

 指摘されると、ずっと、という言葉が急に恥ずかしくなってきた。


「ふふ、顔、赤いですよ。ようやくちゃんと照れたところが見られました。少し仕返しできたみたいで嬉しいです。ふふっ」


 まぁ、みつなさんが嬉しそうに笑ってくれているし、恥ずかしくても言ってよかった。


「そういえば、もう一つ。これは前から少し不思議に思っていたことでもあるのですが……どうして相応しくないと感じていたのですか? 私と君はクラスメイト。ちょっぴりおかしな関係だったかもしれませんが、それでも相応しくないと思う要素はなかったと思うのです」


 ……え?

 もしかしてみつなさん、周りからの自分の評価に気付いていない?


「私が高嶺の花、ですか? ふふ、なにを言っているのですか。先ほども言いましたけど……私は関西弁でツッコミを入れてしまうような女の子ですよ? 高嶺の花だなんてとんでもない。少なくとも君は十分それを知っているはずです。それでも尚、相応しくないと考えていたのが本当に不思議です」


 なるほど、と少し納得する。

 みつなさんの中でツッコミと関西弁が自分の評価を下げているのだ。

 でも……。


「……え? ツッコミと関西弁が私の人気を下げることにならない?」


 ちょっと驚いた顔をして、みつなさんがススススッと静かに身体を寄せて僕の耳元に手を当てる。


「なに言ってんの~。そんなわけあらへんやろ。ていうかどうして私が人気あるみたいに言うん? 例えそうだとしても、こんな風にツッコんでたらガッカリするやろ。

 ――自分はガッカリしなかった? むしろ耳元でツッコんでくれるのが嬉しい? 関西弁がかわいい!? ……な、なに言うてん! ほんま君は、もう……もう~~~~!!」


 みつなさんは僕から離れて俯いてしまう。耳まで真っ赤なのは夕陽のせいではなさそうだ。

 ……でもそんな恥ずかしがるようなことを言っただろうか?

 みつなさんは俯いたままぼそぼそとなにか呟いている。


「私の関西弁、かわいいって言った? また平気な顔でしれっとそんなこと言って……なんなんもう。ちょっと前までこんなじゃなかったのにっ。私いつからこんなダメダメになってしもたんやろなぁ……」


 ふぅ、と一息ついてからみつなさんは顔を上げる。


「と、とにかくです。私と君は……こ、恋人っ、になりました。……これで、二人一緒にいても騒がれたり注目されたりしなくなりますよね」


 それはどうだろう。いずれはそうなるだろうけど、しばらくは注目されると思う。


「これだけ噂になってたらしばらく落ち着かない? つまり注目され続けるってことですか……うぅ、それもそうですね。仕方ありません。でも二人でいても変に思われなくなります。私はそれだけで当面安心ですよ」


 そうだね。これからはみつなさん、好きな時にツッコミができるんだ。

 誰にも遠慮せずに、いつでも。


「いつでもツッコミができる……って、さすがにそういうわけにはいきません。何度も君の耳元で囁いていたらさすがにおかしく思われますよ」


 耳元で? 普通にツッコめばいいんじゃないだろうか。


「ん……? 恋人になったのだから、耳元じゃなくて普通にツッコめばいい? は…………?」


 みつなさんがぽかんとした顔になる。と思ったらすぐに顔をしかめて素早く僕の耳元に手を当てた。


「――なんっっっっでやねーーーーん! 君、やっぱり勘違いしてる! ていうか忘れたん? 私はツッコミ入れてるところ他人に見られたくないんよ?! 君と恋人になったからって、じゃあもういっかー、堂々とツッコんでやるわー、ってわけじゃないからね? これからもこうやって君の耳元で、こっそりツッコむんやからね?」


 あれ? そうなの? てっきり普通にツッコむようになるのかと。


「――ほぇ? 危うくみんなにツッコミのこと話すところだった!? あっ、あぶな~!! 勘弁してよもうっ。恋人になったことは言わんと意味ないから恥ずかしくても言うけど、ツッコミのことだけは言ったらあかんからね? もちろん関西弁のこともやで?

 はぁ~~~~~~~もう~~~~~~~。あかん、これはクラスのみんなに話す前に君としっかり内容すり合わせておかんと。大惨事になりそうや」


 もう大丈夫だと思うけど……。ツッコミと関西弁のことだけ秘密にすればいいんだよね。


「大丈夫って、君のそれはあんまり安心できんのよ……。どうやらまだ天然ボケの自覚が足りんらしいな。ほんま気ぃ付けてな」


 努力する。あ、でも一つ心配なことがあって。


「心配なことがある? なになに、もう全部言って。じゃないと不安で仕方ない。

 …………自分もたまに関西弁が出そうになる? 移りそう? って、うそやろ?! いや私が耳元でこんだけ話してたらそーなるか? なるんか? でも困ったな。ほんま気ぃ付けてとしか言えん。まさかそんな影響が出てまうなんて、想定外よ」


 仕方ないよ。だって僕は――。


「だって、なん? ……――す、好きだから、影響受けやすい? な、なに言うてんの! なに……言うてん……もうっ。……ていうかまた平然としてんな君! さっき内心恥ずかしいとか言ってたのやっぱ嘘やろ? もうちょい照れてよ!」


 うーん、だって本当のことだから……。でもそうやって指摘されるとだんだん恥ずかしくなってくる。

 だけどそんな僕の様子にはみつなさんは気付かず、身体を離して小さくため息をついた。


「はぁ……まったく。とにかく、突然そういうこと言うのは反則です。君、天然ボケなだけじゃなく、天然たらしなんですか? 私はこんなに恥ずかしい想いをしているのに、ちょっとずるいです」


 え、反則なんだ……。ちなみに他にどんなルールがあるんだろう。聞いておかないとまた間違えそうだ。


「はい? ルールを教えて欲しい? 失格になりたくない?

 あぁ――もうっ。ただズルイってこと言いたかっただけや! もしほんまにルールあったら君レッドカード何枚あっても足らんよ? 特にさっきから君は反則だらけなんやから! 失格どころやない――――ってまた普通にツッコんでしまったじゃないですかっ」


 みつなさんは耳元ではなく普通にがっつりツッコんでいた。しかも比較的大きな声で。人が来た気配はないけどもう一度辺りを見回し、誰もいないのを確認する。よかった。

 それにしても……。


「私が危うい? いつか教室でもそうやってツッコむんじゃないかって? あんなぁ……」


 今度はみつなさん、ちゃんと僕の耳元に手を当てて、いつものように囁く。


「誰のせいやねんっ。もうアンタとはやってられまへんわ!」


 そ……それは、まさか。別れるって、こと? まだ恋人になったばかりなのに……。


「ん? 別れる? ――――あ、ちゃ、ちゃうよ! そんなわけないやろ! 漫才でよくあるやつや! 落とすときに使うやつ! どこに? って……あほ~~! 話の! オチを付けるって意味! わかってよほんまにもう!

 はぁ……いい? この際はっきり言っとく。宣言しとく。君のこと……君のボケは、私が絶対に離さんからね。これからも君のボケにツッコむのは私や。誰にも譲らんから覚悟しとき? そしてこんな私を見せるのも君だけ。他の誰にも見せん。家族以外では君だけにツッコむんやからね。忘れんといて。……わかったらほら、返事。

 ――よし。ていうか私の恋人になったんだから、もっと漫才見て勉強せなあかんよ。さっきみたいにオチにボケかます人初めてみたわ。

 ま、もっとも……君はその天然ボケが最強やから、いまのままでええのかも。私は君のそういうところが好きなんよ」


 みつなさんは身体を離し、僕の横に並ぶ。


「う……大胆なこと言うたかも。でもここまで言うたらもう怖いもんあらへんな……――んん、こほんっ!

 ……あの。ツッコミとか関西弁のこととか、色々あるけど、せっかく恋人になったわけですし……らしいことも、ちゃんと……してみたい、ですよね」


 恋人らしいこと。それはもちろん、僕も望むところだった。

 でもらしいことって、例えばどんなことだろう。


「どんなこと? ……わからないですか? もう……仕方ないですね、君は」


 みつなさんは僕の耳元で、そっと囁く。

 でもそれはツッコミじゃない。関西弁でもない。そっと優しく、ちょっと照れた感じで。


「手……繋いで、帰りましょう?」



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ツッコミを入れる時は耳元で。込枝みつなさん 告井 凪 @nagi_schier

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