第4話 照れながらツッコミを入れるみつなさん
次の日。当然、僕らは噂になっていた。
なるべくみつなさんとの接触は避けて、放課後まで耐える。
そして使っていない空き教室に潜り込み、今後のことを話し合うことにした。
「いまのところ、私の所に直接聞きに来た人はいません。どうやらハッキリ顔を見られたわけではないようです。背格好、髪型などから私ではないかと、推測の段階で留められています。
……不覚でした。雨で傘もあるからと油断し、周りへの警戒を緩めてしまいました。ツッコミのためとはいえ、君の傘に入ったのも……その、気を緩めた原因かもしれません。本当に、油断です」
ちなみに僕の顔はガッツリ見られていたようだけど、その子は僕が誰なのかわからなかったらしく特定に時間がかかっていた。
「最初、君は疑われていませんでしたね。女の子が教室に来て君の顔を見ても首を傾げていたのには……ツッコミを我慢するのが大変でした。でもこの二週間、やはり一緒にいるところを実は色んな人が見ていたようですね。君じゃないかって話になっていきました」
人目を避けて話していたけど、完全に誰にも見られずにというのは難しかったようだ。
「困りました。まさかあんなところを……。念のため確認したいのですが、見られましたよね? 私が君にツッコミを入れているところ、間違いなく確実に見られましたよね!?」
いや……そこは噂になっていなかったけど。
「ツッコミの噂は流れていない……? 私が君に関西弁ではしたなくツッコんでいたことが噂になっているんじゃないんですか? えぇ? ではいったい、私たちはなにを噂されているんですか??」
なにって、本気で言っているんだろうか。僕はいま流れている噂の内容を教える。
「…………………………え? 恋人、ですか? 私に、彼氏? 君が……私と君が!?」
よろよろとよろけるみつなさん。ようやく事の重大さに気が付いたようだ。
彼女は僕の耳元に手を当てて、
「そーゆーことは早く言ってよ! うそやろ? なんでそんな噂になってん!? えぇー……いやほんま早く言ってよ。
……噂の内容、私もわかってると思ってた? だ、だってそれは……誰も私に直接聞いてこないから、まさかそんなことになってるなんて……。あ、でもでもそれならツッコミのことはバレてないんよね?」
おそらく。耳元でなにか囁いているのは見られただろうけど、あの距離なら内容までは聞こえていないはず。
「あ、そっか。雨も降ってたし聞こえてるわけないやんね。そもそも聞こえないようにするために耳元で囁くようにツッコんでたんやから、聞こえてたら意味ないやん。ちょっと考えればわかることやった……見られたことに動揺して頭回らんかったわ。……はぁ。ちょっと安心した」
そう言って彼女は離れる。なんでそれで安心するんだろうか。
「はい? 安心した理由、ですか? だってそうでしょう。ツッコミはバレていないんです。だったら問題ありません。
……君と恋人だと思われるのはいいのかって? ………………――――よ、よく、ありません、ね」
間があって、みつなさんの目が驚愕に見開く。
彼女にとってはツッコミがバレることの方が大問題だったらしい。
「よく考えたら、このまま恋人の噂を放っておけば注目され続けることになります。今日みたいに話すのを控えなければならず……当然こんな風に話す機会も減ってしまいます。つまり、君にツッコミが入れられない……!」
そうなるね。少なくとも噂が落ち着くまで控えないといけないかも。
「っ――私にツッコミを控えろと言うのですか!? む、無理です。そんなの嫌です。だ、だいたい! 君には私のツッコミが必要なはずですよ。そうでしょう? そう思いませんか?」
うーん、どうなんだろう。でも、みつなさんと話していて楽しいのは確かだ。
僕には彼女のツッコミが必要なのかも知れない。
「ほらやっぱり。必要でしょう? だから控えるなんてできません。不可能なのです」
困ったね。
じゃあ、こうするのはどうだろう。僕はふと思いついたことを提案する。
「なにかいい案があるのですか? 少し不安ですが、いいでしょう。話して下さい。
………………え? 噂を本当にしてしまう? それって……つまり」
なんて、もちろん冗談だ。いつもは普通にしていてツッコミを入れられるけど、たまには自らボケてみる。案の定、みつなさんはいつものように僕の耳元に手を当てて、
「き、君はっ………ぁぅ…………」
……あれ? ツッコミがこない。黙ってしまった。息づかいだけが聞こえ、少しくすぐったい。
だけどしばらくして、
「……くぅ、私だめだ……うぅっ――――なにカッコつけてんの~君! そ、そんなん、似合わんからっ」
あれ、だめかな。やっぱりこんな冗談じゃツッコめないか。
「え? いまのは冗談? ……ぁ……そっか…………ってわかっとるよ!? で、でも、一応ほら、対応策としてな? その案も考えてみるべきやと思う。ど、どうなんやろな~噂を本当にする、か~、うーん」
無理して考えなくても……僕なんかじゃみつなさんの恋人に相応しくないよ。
「そんなこと言わんで。私はそんな遠くの人じゃない。それは君にもわかっとるやろ? 耳元で関西弁でツッコミを入れてしまうような女の子なんよ」
それは、確かに。言われてみたらそうかも。
でもさすがに――ツッコミのためだけに、恋人になるなんて。ダメなんじゃないだろうか。
「ん……そやね、ツッコミのためだけに恋人になるなんて、そんな動機……普通、ダメやろね。そんなおかしな理由で付き合うなんてありえへんよね。
でもその……だめ、じゃない。だめじゃないんよ。……むしろダメダメなのは私よ。本当はもう君のボケ無しじゃいられない。君ともっと、こうやって話したいんよ。君のボケに私がツッコむ。その関係がすごく心地よくて。昨日の雨もそう。相合傘して歩きながら耳元で話せるのが嬉しかった。もうほんと、私はダメダメなんよ。
――――だから、ね?」
みつなさんは一度身体を離して、僕のことをじっと見つめる。その頬は真っ赤だった。
「君の提案通り、噂を……本当に。君と……こ、こい、び…………うぅ、やっぱり正面から言うのは恥ずかしいです――!」
そう言ってみつなさんは再び耳元に手を当てる。
意を決するように息を吸い、だけど少し間を置いてから――
「っ――――……君、私の恋人になってくれん?」
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